解体
「……また凄いものを持ってきましたね、ユウシア君」
「そうですね、俺もそう思います」
なんとなく微妙な顔をするヴェルムに、ユウシアはあっけらかんとそう返す。
「これ、本当に魔獣じゃないんですかね」
「いえ……魔獣、では、ないかと」
「そもそも、魔獣と普通の動物の違いってなんなんですか?」
二人の様子を見ていたアヤが話に入ってくる。
「……アヤさん、それについては大分始めの頃に授業でやったはずですが?」
「あれ、そうでしたっけ? えへへ、忘れちゃった」
「アヤ……」
呆れたような声を出すユウシアが持つのは、どこかで見覚えのあるハチマキ。
「ちょぉっと待ったユウ君。それは、ダメなやつ。落ち着こう」
「いやでも、アヤはこれくらいしないと覚えないだろうし」
「覚えるから! 何がなんでも覚えるから! だからそれだけは許してまた倒れる!」
「ユウシア様、私からもお願いしますわ」
「リル……!」
「……分かった、リルがそう言うなら」
リルの協力により、勉強地獄ルートは回避されたらしい。ホッと息を吐くアヤ。
ハチマキの意味を知らないヴェルムが、首を傾げつつ口を開く。
「……ええと、それで、説明はしましょうか?」
「あ、お願いします」
素直に頼むアヤ。
「分かりました。――こほん。まず端的に言うと、魔獣かそうでないかの違いは、魔力を持っているか否か、という点にあります」
「魔力ですか?」
「はい。そこに、魔法、もしくはそれに準じた能力を使えるかということは入りません。今回ユウシア君が獲ってきた鹿――鹿、ですよね? ……鹿にしておきましょう。それも、見た目は完全に魔獣の部類に入ってもおかしくないですが、まだ死後それ程経っていないはずなのに魔力が残滓すら感じ取れないでしょう? ですから、“魔獣”とは判断しなかった訳です。おそらくこの鹿は、この過酷な環境に適応すべく進化したのでしょう。単純に、大きくなると消費するエネルギーも増えますが、それ以上に蓄えられるエネルギーの量も増えるでしょうから」
「ほへー、なるほど……」
「ちなみに極端な話をすると、私やリルさんはもちろん、魔法の適正こそないようですが莫大な魔力を持つユウシア君は魔獣に近い存在、魔法適正はずば抜けているものの魔力を全く持ち合わせていないアヤさんは普通の動物ということになりますね。そもそも、人間に対して“魔獣”という言葉は使ったりしませんが」
「はー……えっと、思ったよりシンプルでしたね!」
「そうですね、とてもシンプルなことです。……それだけに、何故アヤさんがこの程度を覚えていなかったのか、私は理解に苦しみますが……」
「珍しく意見が合いましたね、先生。……チッ」
「んん? ユウシア君、今舌打ちしました? あっれぇ?」
「気のせいじゃないですか? いくら先生がそういうキャラで定着してきてるからって……」
「そういうキャラってなんですか、そういうキャラって! 分かってます? 私、教師なんですよ? 生徒を導く立場なんです! なんでそんなにバカにされてるんですか!?」
「……反面教師ですか?」
「ちっがーう!!」
「先生うるさい」
「誰のせいだと!?」
耳元で叫ばれ、耳を塞ぐユウシアに、ヴェルムは声と息を荒らげる。諦めろ、そう簡単に認識が変わるものではない。
「リル」
「はい?」
ヴェルムを完全に無視し、リルに声をかけるユウシア。ヴェルム、諦めたのかその場にいじけたように踞る。目の橋に光るものが見えた気がしたのは、気のせいか。
まぁ、そんなことはどうでもいいユウシア。そのまま話を続ける。
「この鹿、捌ける?」
「そうですね……鹿を調理するのは初めてですし、その上この巨体なので、正直あまり自信が……」
「うーん……まぁ、そうだよなぁ。手順さえ分かれば、解体くらいなら俺でも出来るだろうけど。えっと、一応血抜きはしてきたんだけど、後は内蔵を取り出して、肉を切り分けて……部位とか全く分からないんだけど大丈夫かな」
「私なら、見ればおおよそは分かると思いますが……」
「こいつがもうちょっと小さければ指示受けながら出来たんだろうけど、この大きさだと上に乗って作業することになっちゃうと思うんだよな。流石に背負いながらっていうのは少し無理があるし……うーん」
食べるにしても、そもそも解体が出来なければ話にならない。折角狩ったというのに、無駄になってしまう。
「……あーでも、別に売り物になるとかそういう訳じゃないんだし、大体分かれてれば料理する分には問題ないのか?」
「そうですわね……ユウシア様、この鹿をもう少し小さく切り分けることは出来ますか? 部位や内蔵などは気にしなくて構いませんわ」
「それなら任せて」
ユウシアは言うと、手を前に突きだし、〔殲滅ノ大剣〕を生み出す。
「結構制御難しいし、慎重に……っと」
とは言いつつも、鼻歌混じりに切り分けていくユウシア。血抜きの成果かそこまで周囲を汚すこともなく、それは数分で終わり。
「こんな感じかな? 気付いた内蔵は取っておいたけど」
そうリルに告げるユウシアの後ろには、五十センチ角程度に切り分けられたブロック肉の山が。
「……あ、ありがとうございます……」
陽気に鹿を切り分ける恋人の姿に、流石に頬を引き攣らせずにはいられないリルであった。