開催
「――皆さん、待ちに待ったことでしょう。長い前置きはいりません。王立ヴェルム騎士学校、学園祭――開催です!」
その、ヴェルムの宣言をもって。
ついに、ユウシア達の修学旅行を賭けた学園祭が、開催された。
続々と学園内へ入ってくる人々。この王都のみならず、国中から、更には世界中から集まってきている。それだけ、この大国の騎士学校というのは注目されているのだ。
それに合わせて、開会式のため集められていた生徒達もまた、各々の配置につき、自分達の店を開いていく。
「皆、準備はいいな!」
それはもちろん、ユウシア達も例外ではない。
ユウシアが上げた声に、全員が頷きを返す。
「よーし……それじゃあ、メイド&執事喫茶『シュガー』、開店だ!」
「「「おーっ!!」」」
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「――人が来ない!」
それから数分。誰一人として客が来ないこの状況に、思わずアヤが叫ぶ。
「まぁ、お客さんからすれば得体の知れない店だしなぁ。まだ始まったばかりだし、もうしばらく待ってもいいけど……そうだな、多少宣伝もするべきか」
アヤの言葉にユウシアはそう考え、続いて辺りをぐるりと見回すと、
「んー……ラインハルト、ニーナ、GO」
その二人を順に指差し、その指をそのまま外へ向ける。
「任せてよ。お客さんで一杯になっても文句は言わないでね」
と、自信満々に返すラインハルトに対し、
「ふぇえっ? わ、わたしですかぁっ?」
ニーナが狼狽える。
「うん。やっぱりイケメン首席さんとクラスのマスコットが――あぁそうだ、マスコットってことならハクも付けようか」
「ぴ?」
フードがないので仕方なくユウシアの頭に乗っかっていたハクが首を傾げる。なんとなんと、今日は彼も執事服着用だ。
「ハク、やってくれるな?」
「ぴぃっ!」
任せろ、とばかりに胸を張るハクに、ユウシアは苦笑する。
「さすがハク、頼もしい。……ニーナ、駄目かな?」
「うぅ……分かりました、ハクちゃんが一緒なら……」
何気にハクと仲のいいニーナ。ハクが一緒にいるなら、と頷く。
「ありがとう。店番が減っちゃうけど……まぁ、大した問題じゃないよな」
「当然だ。一人や二人減ったところでどうにかなるものでもない」
「おっ、フィル、言うねぇ。あたしも頑張らなきゃ!」
「うぅ……き、緊張するわ……」
ユウシアの言葉に答えるように、フィル、アヤ、リリアナが口を開く。……リリアナは、少々不安そうだが。
この店番、当然ずっと同じメンバーがやる訳でもなく交代制なのだが、最初の時間帯にはクラスの中でも中心となるメンバーが揃っている。ユウシア、アヤ、フィル、リリアナ、更にはラインハルトにニーナ、厨房にはリル。言ってしまえば、先にアヤが例として挙げた、「見た目のいい人」のほとんどが揃っている訳だ。その中で今いないのは、ゼルトとシェリアだけである。とりあえず掴みに力を入れようという魂胆だ。
「それじゃあ行ってくるよ」
「が、頑張りますぅ!」
「ぴっ!!」
そう言って、ラインハルトとハクを抱えたニーナが教室を出る。
「さて……あの二人が客引きをするなら、多分結構すぐにお客さんは来るだろうから……皆、ミスには気をつけて、落ち着いて接客しよう。特にリリアナ」
「わ、分かってるわよ!」
ユウシアのジト目に、あまり大丈夫ではなさそうな表情で声を上げるリリアナ。なんというか、汗だくだし、手のひらに何かを書いては口に――これ、「人」だ。共通語で「人」と書いては飲みこんでいる。ユウシアの位置からでも手の動きでそれが分かった。
(このおまじない、ジルタにも――っていうか、ファナリアにもあったんだ。じゃない)
「リリアナ、本当に落ち着こう」
「おおお落ち着いてるわよぉっ!」
「声裏返ってる裏返ってる。ほら、落ち着いて接客すれば大丈夫。リリアナになら出来るよ」
「そ、そうかしら……?」
「間違いなく。普段と同じように――は、接客にあまり向いてないか……? いや、個性はあった方がいいよな。うん、行ける行ける」
「なんか微妙に不安になるんだけど……」
「キノセイダヨ」
「片言!?」
もちろんわざとである。
と、そこへ、店の出入り口とは別の扉を開けてリルが顔を覗かせる。
「あれ、リル? どうしたの?」
「いえ、その……お客様は……まだいらっしゃいませんか?」
「あぁ、それなら今ラインハルトとニーナが客引きに行ってくれてる。もうそろそろ来ると思うよ」
「そうですか……中々注文が入らないものですから不安で……」
「そっか……なら、作り置き出来るものは作り置き」
「もうしてしまいましたわ。百人前程」
「……え、この短時間で……?」
開会前に作り置きするのは、仕込み等以外では禁じられている上に、まだ開会から三十分も経っていない。だというのにもう百人前作ったと。
「リル、化け物……?」
アヤがボソリと呟く。
「アヤ! それは私も常々思っているが、言っていいことと悪いことというものが――」
「フィル、そういうのが一番刺さったりするんだよ。ほら、リルを見てみ」
ユウシアの言葉に、フィルは一瞬硬直し、ギギギ、と音がしそうな動きでリルの方に顔を――向ける、直前。
ガチャッ。
リルが出てきたのとは違う、店としての扉から音が。
「いらっしゃ――」
いませ、と言いかけたユウシアの動きが、笑顔を作ったままに停止する。
何故なら、店に入ってきたのが、
「ほう……ここがリルとフィルの店か」
「……リリアナは大丈夫でしょうか……あの子昔から、こういうことは苦手でして……」
「「お、お父様っ!?」」
「父上、何故ここにっ!」
リリアナの父であるラムル、そして、リルとフィルの父にしてジルタ国王であるガイルだったのだから。
「……ふむ、さすが我が妹達。使用人の格好をしてもよく似合っているな」
ハイドもいた。
久しぶりにハイドさん出してみたら、何故か“隠れ”シスコンが隠密行動をやめ始めていた。




