命名
さて、何に命名するんでしょうね?
――それから。
森を出た二人は、改めてセリドへと向かっていた。
「そういえばさ」
「?」
一時間程歩いたところで、ふいに口を開くユウシア。少女は、首を傾げて彼を見る。
「すっごい今更なんだけど、俺って君のことなんて呼べばいいんだろう。名前、覚えてないんでしょ?」
「ホントに今更だね」
ユウシアの質問に、少女が呆れたように返す。
少女は、んー、と少し悩むと、小さく「ま、いっか」と呟いてから(今度はユウシアにも聞こえた)ユウシアに言う。
「ユウ君、私に名前付けてよ」
「丸投げですか……」
少女の呟きに含まれていた面倒そうな声音を明確に察知していたユウシアは、ほぼ予想通りの発言にこちらも面倒そうに返す。
「……しかし、名前……名前、かぁ。……うーん、あんまネーミングセンスには自信がないんだけどなぁ」
「大丈夫大丈夫。あまりにも変だったら私が拒否するから」
「ですよねー」
適当な返事をしながら、ユウシアは少女の名前を考え始める。
(この子、顔がまるっきり日本人だから、日本人っぽい名前じゃないと付ける気になれないんだよなぁ……)
だからといって、候補が絞れるという訳でもなく。
(……やっぱり、この子を見ても、綾奈しか思い浮かばない……)
少女がユウシアの知る綾奈だったにしろただの他人の空似だったにしろ、ユウシアにはその名前しか浮かんでこない。
と、いう訳で。
(綾奈をもじって……)
「アヤ、でどう?」
とても安直である。
「アヤ……? この世界でそんな名前、おかしくない?」
「うーん……多分、平気だと思うけど。そんなこと言ったら、俺の名前だって相当珍しいだろうし」
「えっと、ユウシア、だっけ。……確かに、あんまりなさそうな名前だよね。勇者みたい」
「名前だけはな。それで、どう?」
あの名前でいいか、と、ユウシアは改めて確認する。それに少女は少し考えるようにしてから、
「ま、いっか。それじゃあ、今から私の名前はアヤだ! 改めてよろしくね、ユウ君!」
歩くユウシアの前に出た少女――アヤは、振り返って握手を求めるように右手を差し出す。
「――うん。これからよろしく、アヤ」
微笑んで、アヤの手を握るユウシア。
アヤも嬉しそうに笑って、ユウシアの手を握り返す。
「……あ、そういえば」
ユウシアの手を握ったまま、思い出したように声を上げるアヤ。
「どうしたの?」
「いや、私も今更なんだけどさ。この旅の目的、聞いてなかったなーって思って」
「あー……まだ話してなかったか。歩きながら話すよ。行こう」
「りょーかい」
ユウシアはこの世界に来た目的を話しながら、歩き出す。
――何故か、手は繋いだままだった。
++++++++++
「ふんふん。七つのオーブを集めるための旅、ですか」
「そういうことです」
説明を終えて(すぐ終わった)確認してくるアヤに頷きを返すユウシア。手は離れている。
「ちなみにユウ君。そのオーブのある場所、目星はついてるの?」
「いや、全く」
「へ?」
間髪入れずに入ってくるユウシアの否定の言葉に、アヤが思わず間の抜けた声を上げる。
「でも、ラウラ曰く、既に発見されてるものもあるし、大体がそれっぽい遺跡とかに眠ってるから、意外と分かりやすいんじゃないかって。あぁ、近付けばなんとなく分かる、とも言ってたな」
額の紋章に触れながらそう説明するユウシア。
最初の村に行く途中、休憩しているときにたまたま川を覗き込んでやっと気付いたこの紋章だが、先程のラウラとのやり取りの感覚や、アヤに共通語を使えるようにしたときに額を合わせることを求めたこともあり、ユウシアは、この辺りにラウラが宿っているのではないか、と予想しているのだ。
ちなみに、ラウラについてもアヤには既に話してある。
「まぁ、オーブを見つけるのが目的とはいえ、“世界の意思”は強制するつもりはないみたいだからな。この世界を、この人生を楽しみながら、のんびり探していくとするさ」
「人生を楽しむ……って、なんかおじさんみたいなこと言うね」
自分の方針を説明したら、おじさんみたいだと言われたユウシア。「グフッ」などと漏らして蹲り、薄く草の生えた地面に八の字を描いている。
「そうだよ……どうせ、どうせ俺なんて、精神年齢四十歳のおっさんだよ……」
とてもいじけている。
「……えっと、あの、ごめんね? そんなつもりじゃなくって……」
「……いや、いいよ。うん。半分ぐらいはわざとだから」
「残りの半分は?」
「…………」
無言でそっぽを向くユウシア。
「えっ……は、半分は本気だったの!? ご、ごめん! ホントに!!」
と、狼狽えるアヤだが、実はユウシア、アヤには見えないように笑っている。何せ、先程の行動、実は百%わざとなのだ。
確かに前世から通算で四十年程生きているユウシアだが、前世の記憶は、「これは自分の記憶だ」という確信はあるのだが、それでもどこか他人事のようにも感じてしまうのだ。前世の記憶はあるが、経験の実感は全く沸かない。もちろん、前世の経験も蓄積されているのだが……ユウシアにとっても、とても不思議な感覚である。
「……ユウ君?」
いつまで経ってもそっぽを向いたままのユウシアに、アヤが不審そうに声をかける。
そして気付いてしまった。
ユウシアの肩が、プルプルと震えていることに。
「……ユウ君」
先程とは違う、冷たい声。
注意深く観察しなければ分からない程小さく震えていたユウシアの肩が、ピタリ、と動きを止める。
「ユウ君、こっちを向いて?」
「……はい」
振り向いたユウシアは、完全な無表情。職業柄、ポーカーフェイスは大得意である。
「からかったでしょ?」
ユウシアの頬を汗がつたる。隠せていない。十五年のブランクは大きいようだ。
「か、からかうなんて、そんな……」
「からかったよね?」
「……はい、すみませんでした」
最終的に諦めて、素直に謝るユウシア。
アヤはそんなユウシアを見て軽くため息を吐いて、
「……全くもう。ほら、早く行こう?」
先程と同じように手を差し出してくる。
「……そうだな、行こうか」
ユウシアもまた、先程と同じようにその手を取るのだった。
……何故だろう、ユウシアとアヤ、このまま進むとバカップルになってしまうような……。
いや、そんなことはない、よね? うん、ないはずだ。