反省
今回でこの章終わりにするつもりだったのに、終わらなかった。
――黒い、ドロドロとしたモノが、消えていく。
切り刻まれ、再生の限界に達した化け物が、溶けて、跡形もなく。
「終わっ、た……」
それを見届けたユウシアは、息を吐き出すように言うと、力尽きたように仰向けに寝転がる。
「あー……もうダメだ、動きたくなーい!」
グッ! と腕を伸ばして叫ぶユウシア。既に体力は限界。動けない訳ではないが、動きたくはなかった。
「……あーでも。早く帰らなきゃ、リルに怒られるかな……ただでさえ怪我しちゃったのに」
小さく苦笑すると、「よいしょ」などと声を上げながら立ち上がる。
「さて……帰りますか」
――あんな気持ち悪いのと戦った後だし、とりあえずリルの顔が見たいな、なんて、バカップル丸出しの思考をしながら、ユウシアは帰路につくのだった。
++++++++++
「本当にもう、ユウシア様は……少しでも目を離すとすぐに怪我をして来て」
「いや、だから悪かったって……痛っ」
「ユウシア様には少し強いくらいが丁度いいですわ。反省しないのですもの」
「反省は……してる、つもりなんだけどなぁ」
「でしたら、きちんと言われた通り無事で帰って来てください。心配しかさせないのですから」
「いや、うーん……ごめん」
いまいち言い返せないユウシア。強めに包帯を巻かれた右腕を擦りながら若干引き攣った笑いを浮かべる。
「……ていうか、リル、治癒魔法は得意だって言って――」
「約束を破った罰です」
「やっぱり言い返せない……」
尻に敷かれるタイプ――では、別に、ないのだが。弱いときくらいあるのだ。
だがまぁ、何はともあれ。
「色々あった夏休みだけど、これでやっと平和に過ごせるなぁ」
ソファの背もたれに体を預け、寛ぎながらユウシアが呟き、
「……えぇ、そうですね。やっと、ですわ」
小さく笑いながら、隣に座るリルがそう返す。
二人の間では、手が重なっている。
突如……という訳でもないが。
いつものように作り出された二人だけの空間に、ついに最後まで残っていたアヤが逃げ出した。
まぁ、そんなこと、この二人が気付くはずもないのだが。
ただ、この後数時間に渡ってリビングを占領してしまったことは、ちゃんと謝った。
++++++++++
(……右、と……後ろか)
ユウシアは閉じていた目を開ける。写るのは鬱蒼とした森。しかし彼の感覚には、慎重に動く二つの気配。
あれから一ヶ月程が経ち、明日には王都に帰る。
ユウシアは、フィルとシオンの修行の成果を見るべく、魔の森北部一帯をフィールドとした、広大な模擬戦を行っていた。
ルールが少し特異で、まず、二人はユウシアを見つけ出さなければならない。
ユウシアを視界に確実に捉えたと判断したら、見つけた方は「見つけた」と自己申告する。ズルをするような人ではないという、ユウシアの信頼だ。
そして、見つけ次第戦闘開始。ユウシアは最初は逃げに徹し、逃げ切られればまた探すところからやり直し。一度でも攻撃を当てられれば、ユウシアも反撃に出る上、どちらかが逃げた場合、今度はユウシアからも仕掛けることとなる。
地形を把握していなければユウシアを見つけ出すのは困難。反撃を考えず、ただ逃げ続ける彼に攻撃を当てるのもまた然り。よしんば当てられたとして、今度は攻撃だけでなく防御も考える必要が出てくる上、一度離れてしまえば奇襲を警戒する必要もある。
どうしてもこういった障害物の多い環境を考慮した訓練になってしまうのは、相手がユウシアである以上仕方のないことだ。フィルは苦手を克服し、シオンは得意を伸ばす。逆をやりたければ、誰か別の人に教えを請え、と、ユウシアは最初に伝えていた。
とまれ、この模擬戦の攻略法は、素早く見つけ出し、絶対にユウシアを逃さないことだろう。小さな痕跡ですらも見逃さず、常に周囲を警戒し続ける。言うだけなら簡単だが、どちらもとても神経をすり減らすのだ。
そして。
開始して一時間、二人はまだ、一度たりともユウシアを見つけられていなかった。
(右……は、フィルだな。方向が違うから、放置しておいても大丈夫か。問題は後ろ、先輩だな……微妙に逸れてはいるけど、大体の方向は捉えられてるか)
ユウシアは、最初だけは、見つかるまでその場を動かないことに決めていた。が――
(邪魔をしないとは言っていないのでね)
別に、動かないと伝えた訳ではない。利用できるのなら、そんなことでも利用する。
ユウシアは自分に重なるように【偽装】で気配を生み出すと、自身の気配を極限まで薄くし、気配の分身をゆっくりと別の方向に移動させる。後ろにあったシオンの気配は――
(よし、つられてる)
分身に気が付いたのか、少し方向を変え、そちらへと向かっていく。
ホッと一息吐くと同時に、別の場所に意識を向ける。
(さて、フィルの方は――)
「見つけました」
太めの木の枝に座っていたユウシアの後ろから、そんな声がかけられた。
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