異形
「……ふぅっ」
虫のような魔獣を地に沈め、ユウシアはホッと息を吐く。
「ユウシア様、これで……」
「うん。最後のはずだ」
リルの言葉に、ユウシアは頷く。魔の森南部をローラーのように虱潰しに探し、今のが見つけた最後の群れだったのだ。これで、南部の魔獣は全て倒した。そのはずだ。
「さて。しばらくすればまた集まってくるだろうけど、とりあえず魔獣の駆除は終わった訳だし、リルは先に帰ってて」
「え? ユウシア様は?」
「俺はほら、原因の調査をしないと。同種ならまだしも、違う魔獣が群れを作って、更に縄張りを抜け出すなんて異質過ぎる」
「でしたら私も……」
「調査ぐらい一人でも平気だって。それにリル、相当疲れてるでしょ? 魔力も切れてるだろうし。今なら魔の森最奥地といえど安全だろうから」
何せ、魔獣を片っ端から倒して回ったのだ。もし残っていたとしても、非好戦的な魔獣だけで、危険はないだろう。
「……分かりましたわ。そこまで言うのなら……それに、私がいては出来ないこともあるのでしょうし」
「……あはは……」
小さく笑うユウシア。察しのいいものだ。
「では、ユウシア様。私はこれで。必ず、必ず無事で帰って来て下さいね?」
「もちろん。リルこそ帰り気をつけて。安全だとは思うけど、何があるか分からないからさ。もし何かあったら思いっきり叫んでくれれば、必ずすぐに向かうから」
「ふふっ、それは安心出来ますわ。……ユウシア様。本当に、怪我でもして帰ってきたら、怒りますわよ」
「……それは尚更、無理は出来ないな」
苦笑するユウシアにリルは満足気に微笑むと、踵を返し歩き始める。
彼女の姿が見えなくなるまで見送ったユウシアは、どこかため息混じりの息を吐くとひとりごちる。
「見透かされてる気がするなぁ……バレバレだよ絶対。……でも、こればっかりは」
そこで言葉を切り、ユウシアは後ろを――そのずっと先を見る。
魔獣の群れは、確かになくなった。だが、倒すべき魔獣を全て倒したとは言っていない。
「あいつは、絶対に。誰にも会わせられない」
ユウシアはそう呟いて、奥へと走り始めた。
++++++++++
魔獣が、獣が縄張りを離れる理由。
住める環境ではなくなった。それもあるだろう。だが、他にも理由となり得るものはある。そう、それは、北部に出現したロックべアと同じ――
「……やっぱり」
いた。魔獣達から住処を奪ったものが。
それは、言葉では表せないような、なんとも形容し難いものだった。
色は黒――いや、少し違う。が、黒に近いだろう。
スライムの如く不定形で、本来生物としてあるべきパーツが存在しない。手足はもちろんのこと、目や口、鼻、耳などもないのだ。その代わりに、無数の触手らしきものが蠢いている。
「得体の知れないって、こいつのためにある言葉だよな……」
正直、倒せるかどうかが分からない。倒さねばならない相手なのは分かるが、急所がどこなのか、そもそも死ぬのか。一撃で仕留めるのが基本なユウシアにとっては、最も苦手とする部類だろう。
「でもまぁ、そんなことは言ってられないか」
ユウシアはスッと目を細めると、全てのスキルを発動する。【第六感】【五感強化】で知覚能力を最大まで強化し、【隠密】で気配を完全に消し去る。【偽装】で無数の気配を生み出し撹乱。効くかは分からないが、【毒生成】で最も強力な毒を生み出す。【完全予測】でアレの動きを予測するとともに、【武神】の補正も全開。戦闘の準備も整えておく。そして、一気に近付くために【集中強化】をまずは脚力に全振り。
(これでよし……)
ユウシアは、気配を完全に断ったたま一気に駆け出す。無理な強化で一歩目でトップスピードに到達し、まだ百メートル近くあった距離を一瞬にして詰める。更には、全く同じ速度でバラバラの位置に【偽装】により生み出した気配を移動させる。
(意識が逸れてるかが分からないな……でも)
ユウシアの本気の隠行だ。気取られるはずがない、と、ユウシアは目の前の化け物に向かって短剣を突き出す。
――が。
「なっ……!」
驚きの声を上げるユウシア。
突き出した短剣、それを持つ手が、触手に絡み取られ、止められていた。
かなりの力だ。振りほどこうにも腕が動かない。
そして、離れられないユウシア目掛け、別の触手が振りかぶられた。
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