キャラ崩壊
ズズゥ……ン。
大きな音を立てて倒れるサイ型の魔獣。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……ふぅ」
それを見て、残心を取っていたシオンは、大きく息を吐いて大太刀をしまい、汗を拭う。
「まさか、刃が全く通らないとは……」
この魔獣――バーサークライノは、非常に高い破壊力と、魔の森最硬のジャイアントタートルに次ぐ硬さを持つ、魔の森南部でも上位に位置する強さの魔獣だ。ついこの間シオン達が戦ったロックべアよりも余程強い。見た目を抜きにすれば、ユウシアが小馬鹿にした知能や反応速度、ついでに速度そのものにおいても、ロックべアの完全上位互換である。凶暴という割には、結構冷静なサイさんである。
正直、これが平常時で、ここに立つのがユウシアであれば、「やってられるか」とさっさと逃げていた。無駄な戦いはしない派だ。
とはいえ、今はそういう訳にもいかない。ここは魔の森で最も人里に近い北部で、しかも確認出来る限りは北部に侵入した南部の魔獣はこいつでラストだったのだ。倒すしかない、と、自身を奮わせて戦ったシオン達だ。
「防御に専念して、それでも捌き切れなかった……こんなのを小さい頃から相手にしていたのか、ユウシアは……」
バーサークライノが倒れたことで気が抜け、仰向けに寝転がるフィルが、息を整えながら呟く。
「先生に言われたから大分手加減したとはいえ、構築とか全速でやった〔エーテル・マギ〕だったのに……直撃を避けられるなんて思わなかったよ、あたし」
うつ伏せにぐでぇっと、フィルよりも余程酷い状況のアヤ。疲労もあるが、これまでの戦いによる度重なる魔法の行使に重ねて、縮小版ではあるが、超高位のオリジナル魔法の行使。更に、詠唱から発動までのインターバルを極限まで削るため、魔力を必要以上に注いでいた。魔導具の魔力はとっくに空っぽ。それに加えてほんの少ししかない自身の魔力まで見事に使いきったのだ。最早、指一本動かない。
シオンが、近くの木に寄りかかるようにして地面に座り込みながら口を開く。
「私も、アヤさんの魔法が掠って傷がついたところでないと刃が通りませんでした……恐らくですが、ロックべアよりも全然硬いですね、この魔獣……倒せてよかった」
「あっはは……ユウ君でもこれなら褒めてくれるかな」
「ユウシアは、出来るようなら更に上の難題を押し付けてくることがあるからな……さすがに認めてくれるだろう。それよりも……これでは、西部など到底無理だな、甘かった……」
「そうですね……正直、動きたくありません」
「あたし動きたいとか以前に動かないです」
「私も……これは、数日は筋肉痛を覚悟すべきか……」
アヤに倣って、と言っていいのか。フィルやシオンまで、脱力してぐでぇっ。
「……そういえば、こんな気抜いてていいのかなぁ……魔獣自体はいる訳だし……」
アヤが芯のない声で言う。それにハッと気が付いたシオンが周囲を探るが、
「あれ……魔獣の気配が全くありません……どうして」
と、目を丸くする彼女の目の前に。
「ぴっ!」
「ひゃっ!?」
いきなり現れたその白い影に、シオンが可愛らしい声を漏らす。
「……シオン先輩でも……」
「こんな声を出すことがあるのだな……」
と、顔を見合わせる二人は睨みつけて黙らせておいて。
「ハク、ちゃん……?」
ちゃん。そう、シオンが、あのシオンがハク“ちゃん”と。
まぁ、簡単に言えば、フェルトリバークラスの生徒同様サラッと絆されたのだが。その溺愛っぷりは、中々に半端ないものがある。実はこの怜悧で美人な副会長は、可愛いものが好きなのかもしれない。
「ぴぃぴぃっ!」
ハクは、そんな彼女の胸元に飛び込むと、何かを訴えるようにぴぃぴぃ鳴き始める。
「……そういえば、竜であるハクがいれば、そこらの魔獣は近付いてこれないってユウ君が言ってた気がする」
と、ハクを見て思い出したアヤが。
「ハクちゃん……それで、一緒に来てくれたの? ユウシアさんに言われて?」
「ぴぃっ!」
その通り! とでも言うように一際高く鳴くハク。シオンの口調に関しては、ツッコんではいけないのだろう。
「さすがユウシア、抜け目ないな……」
「ハクがいなかったら、今頃抵抗も出来ずに魔獣のお腹の中だもんね……」
「自分達の力だけでなんとかしたかったですが……今はそれよりも、ハクちゃんの気配に気付けなかったことの方がショックです」
「ぴ」
えっへん、と胸を張るハク。シオンが無意識のうちに抱きしめた。
「ぴ!?」
その中々に豊満な胸に包まれ、驚きの声を上げるハク――が。
「ぴぃ……」
なんと、竜にすら有効なその幸せな感触。ハクは段々と力を抜き――
「すぅ……すぅ……」
――寝始めた。
「ふふっ……寝顔も可愛い」
デレッデレのシオン。
「早く! 早く動け、あたしの体! これ以上シオン先輩のキャラが壊れる前に、帰らせて!」
アヤは、少しだけ動くようになってきた体をバタバタと暴れさせるのだった。
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