心配
その日、魔の森南部の調査に向かうユウシアと、北部の探索を再開するフィル達を見送ったリルは、同じく家に残っていたアヤと二人話していた。
「ふふっ……そうですわね、それで――あら?」
アヤの言葉に小さく笑い、話を続けようとしたリルは、何かが聞こえた気がして外に目を向ける。
「リル? どうしたの?」
不思議そうな目を向けるアヤ。
「いえ、外から音が聞こえたような……」
「音? そんなの聞こえた?」
「空耳かもしれませんが……少し気になるので、見て来ますわ」
「うん。あんまり森の方行っちゃダメだよ」
「えぇ。すぐそこまでですから」
手を振るアヤに背を向けながらそう告げたリルは、扉を開けて外へ出る。
(確か、こちらの方から……)
外へ出て家を南側へ回り込んだリルは、それを目にした。
「えっ……!」
誰かが倒れている。顔は見えないが、その水色の髪は、濃紺のマントは、とても見慣れたもの。
「――ユウシア様ッ!!」
リルは声を上げると、倒れるユウシアのもとへ駆け寄る。うつ伏せなっている彼を仰向けにして、頭を軽く持ち上げて揺する。
「ユウシア様! ユウシア様ッ! しっかりして下さい、ユウシア様ッ!!」
目の端に涙を浮かべ、必死の形相で呼びかけるリル。焦るあまり、明らかに顔色の悪い彼を揺することが逆効果になるかもしれないということにすら思い至らない。
ユウシアは顔面を蒼白にし、汗をビッショリとかいている。苦痛に顔を歪め、「うぅっ……」と小さく呻く。
「ユウシア様ッ……そうだ、とりあえず家へ!」
何が起きたのかは分からないが、少なくとも外傷はこれといって見当たらない。まずは家へ運び込み安静にさせようと考えるリル。
「く、ぅっ……!」
リルは、小さく声を漏らしながらユウシアを立ち上がらせ、肩を組む。細く華奢な少女だ。力もそれ相応しか無く、少年を――こちらの世界では既に成人している男性を持ち上げるというのは、相当に厳しいことなのだ。
「ユウシア様、すぐに落ち着ける場所へ連れて行って差し上げますから……! んっ……」
左側にユウシアの体重を感じながら歩き出すリル。彼の体重の分一歩が重い。家までの距離が遠く感じる。
と、そこへ、
「リル、何かあった――って、ユウ君!?」
少し見てくるだけの割には戻りが遅く気になったのだろう。ひょっこりと顔を出したアヤは、リルに肩を組まれているユウシアを見て目を丸くする。
「ちょっ、リル、ど、どうしたのっ!?」
「分かりません。ここに来たら倒れていて……それよりもアヤさん、ユウシア様を運ぶのを手伝って頂いてもよろしいでしょうか……」
「も、もちろんだよ!」
強く頷いたアヤは、リルの反対側、ユウシアの左側に行き、リルと同じように肩を組む。
「ユウシア様、私が付いていますから……!」
リルは囁くように言うと、アヤと共に歩き出した。
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「ぅ……」
ユウシアは、小さく声を上げて目を覚ます。
(ここ……俺の部屋……? いつの間に……)
少し朦朧とする頭で、ボンヤリとそんなことを考えるユウシア。
「ユウシア様!」
そこへ、リルが飛びかからんばかりの勢いで抱き着いてくる。
「うぐっ!」
「あ、も、申し訳ございません、ユウシア様……」
「あぁ、いや、大丈夫……もしかして、リルがここまで?」
「あ、はい……家にいたら物音がしたので外に出たら、ユウシア様が倒れていて……本当に、本当に心配しましたわ……もうっ……!」
リルは、ユウシアの胸に額を押し付けて嗚咽を漏らす。ユウシアはそんな彼女の頭を小さく笑いながら優しく撫でてやる。
「……ごめん、心配かけて。気を付けるよ。……なんだかんだで、心配かけてばかりだから」
「本当ですよ……心臓に悪いことこの上ありません」
「あはは……」
何も言い返せないユウシア。笑って誤魔化す。
「それはさておき……俺、どれくらい気を失ってた?」
窓の外を見ながらユウシアが問いかける。最初に家を出たのは昼を回ってからだったはずだが、現在太陽は中天に差し掛かろうとしている。どうやら一晩気を失っていたらしい。
と、思っていたのだが。
「三日程」
あっけらかんと言い放つリル。
「……ごめん、もう一回聞くよ? 俺、どれくらい気を失ってた?」
「ですから、三日程ですわ。今日がフィル達の試験日ですよ?」
「えっと……本当に?」
若干頬を引き攣らせながら聞くユウシアに、リルはゆっくり、しかししっかりと頷いた。
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