異常
あの後は、ユウシアとリルがよりベッタリとし始めた以外は特に何事も無く。
翌日ユウシアは、予定通り魔の森南部を探索していた。
北部に関しては、とりあえずラウラが簡単に確認した感じ、異常は見られなかったらしい。あのロックべアが唯一の異常だったのだろう。
南部についても、ラウラがデストラクションブルと戦った中域までは、一度彼女が踏み込んでいるので異常が発生している可能性は低いと考えている。なので、前半は軽く見て回る程度でも問題無い。
「――と、思ってたんだけど……これはさすがにおかしいよな」
ユウシアは、気配を消し、木の上でそんなことを呟く。
下を覗き込むようにするその視線の先には、明らかにもっと奥に生息しているはずの魔獣達が、普段ならあり得ない数集まっていたのだ。
「さすがに放置は出来ないか……このままだともっと北に、森の外まで出て行ってしまうかもしれないな。……あまり殲滅戦は得意じゃないんだけど……」
幸いにも、と言うべきか、彼自身は一対一の戦闘が得意でも、今までに手に入れた二つの水晶武装は一対多に向いている。こういった場面には持ってこいだろう。
(ただ……)
ユウシアは音を全く立てずに、自然な動作で木から飛び降りる。
「……一匹」
直後落ちる、魔獣の首。
ユウシアは暗殺者だ。正々堂々戦うのを良しとせず、闇に紛れ、人知れず敵を殺す職業。
もちろん、周囲の魔獣が何者かに殺されていると知れば、他の魔獣達も異変に気が付くだろう。そうなれば、どれも強力な魔獣だ、奇襲し、暗殺するのも難しくなる。
だからそれまで、発覚を遅らせるため、知能の高く、更により奇襲を有効的なものにするため強力な魔獣から殺していく。
「五……六、七……十」
急所を一突きにし、短剣の一振りで纏めて二つの首を落とし、投げたナイフで同時に三体の魔獣に致死毒を喰らわせる。
そうして、魔獣を半分も削った頃、さすがに減りすぎた味方に気が付いたのか一体の魔獣が耳障りな声を上げる。
それは周囲の魔獣にも伝播し、魔獣達が警戒を始める。
(さすがにもう無理か……となれば)
「〔殲滅ノ大剣〕」
ユウシアは大剣を取り出すと、まだ自分に気付いていない魔獣達のど真ん中に飛び降り、思い切り大剣を振るう。
それだけで絶命する魔獣達。残った数は、更にその半分。
やっとユウシアの存在に気が付いた魔獣達が距離を取る。こう離れられてしまうと、いくらこの大剣と言えど掃討には逆に時間がかかってしまうだろう。
「なら――」
ユウシアは大剣をしまう。
「〔蹂躙ノ光刃〕」
代わりに出現した光刃は、ユウシアを離れたところで取り囲む魔獣達の方へ向かい、斬り、穿つ。
そうして、一分も経たない内に、そこは魔獣の死体でいっぱいになっていた。
「……もしこんなのが他にもあったらと考えると少し億劫だけど……放っておけないな」
ユウシアはそうひとりごちると、目的の何割かを調査から魔獣の殲滅にシフトさせ、再び森の探索を始めた。
++++++++++
それからは、特に目立ったことも無く、発見した群れを奇襲で減らし、大剣と光刃で殲滅するというのを繰り返していた。
しかしここで、
「――クァァァアアアアアッ!!」
「っ!!」
群れを発見した直後、鳥のような鳴き声が響く。
(マズい、索敵特化の魔獣か! 【隠密】も使っていたのに……!)
冷汗を流すユウシアにはお構い無く、魔獣達が彼にしかに襲いかかる。
「さすがにこの数は悠長に相手してられないか……!〔蹂躙ノ光刃〕」
ユウシアは光刃を出すと、迫り来る魔獣と自分の間に並べ、壁を作る。大剣は少し大振りになってしまうので、今回のようにすぐに攻撃したい時には向かないのだ。
「奔れ」
起句に従い、光刃は蹂躙を始める。
数の暴力に晒され、ミンチになる魔獣達。無事ないくらかの魔獣も、ユウシアから距離を取る。
その間に、ユウシアは残る魔獣を一気に倒すため、大剣を取り出し――
「〔殲滅ノ大け――ぇ?」
そう、取り出そうとしたその瞬間だった。
視界が歪み、体中から力が抜ける。頭には酷い鈍痛が走り、意識も朦朧とし始める。当然光刃の制御もままならず、これまで破竹の勢いで魔獣を倒していた光刃も、制御を失い落下し、そこまで行かずとも動きが酷く衰える。
「ぁ……がッ……!」
ここで意識を手放してはならない。それを許してしまえばその瞬間、死が確定する。
そうは分かっていても、体が上手く動いてくれない。離脱するなら魔獣が怯んでいる今しか無いのに、その場を離れることが出来ない。
「クッ、ソ……こん、な、ところで、死ねる、か……!」
だが、死ぬことは出来ない。そんなことは許されない。やらなければならないことがまだ残っているのだ。それに何より――
「リルを残して逝くなんて……出来る訳がないッ!」
ユウシアはそう叫ぶと、力を振り絞って走り出す。この魔獣の群れはまた後で排除すればいい。全ては命あってこそなのだ。前世でも失敗と見れば即離脱するよう教えられ、それを実行してきたユウシアの動きは体に異常を来していることを考えると大分スムーズなものだった。動きを止めた光刃はユウシアが解除すれば勝手に戻ってくる。魔獣が数体動き出していたが、このタイミングなら追い付かれずに済む。
――なんて、そんなことを考える余裕も無く、ユウシアは走り続けた。
最初の群れを倒した後、魔獣の殲滅を目的にしたのが功を奏したのだろう。ユウシアがいた場所は南部でも比較的浅い場所だったため、彼の体力が残っている間に、家に戻ることが出来た。
だがしかし、安心感からなのか、ユウシアは家を視界に捉えた直後、意識を手放していた。
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