笑顔の圧力
「……ただいま。リル、いる?」
帰って来たユウシアは、開口一番、リルを呼び出す。
「はい、私はここに」
それに、座っていたソファから立ち上がったリル。そのままユウシアの方へ。と、
「――ひゃっ!?」
ガバッ! と、ユウシアがいきなり彼女を抱きしめる。
「ユっ、ユウシア様っ!? き、きき急にどうされましたっ!?」
「うーん……なんだろう。愛おしくて、かな」
「いとっ……は、はい、私も、ユウシア様が愛おしい、ですわ」
「リル……」
「ユウシア様……」
見つめ合う二人。その顔は少しずつ近付いて行き――
「……あの、玄関先でイチャイチャするのやめてもらっていっすか? 存在忘れないでもらっても? ねぇ、リル、ついさっきまであたしと話してたよね? ね? ホント末永く爆発して下さい」
暗い瞳で見つめてくるアヤ。ユウシア達は一瞬そちらを向き、すぐに目を逸らして再び見つめ合い、頷いて、そーっと階段へ。
「あっれ無視された? 無視されたの? ね、ね、そんなこっそりする意味無いからね? 何? ユウ君の部屋行って何するつもりなの? ナニするの?」
「なに」の言葉に込められた微妙なニュアンスの違いに反応したのは、ユウシアではなくリル。
「そっ、そんなっ、け、けけけ結婚してからでないとっ!」
「ふーん……あたし『なに』としか言ってないんだけどなぁ。何を想像しちゃったのかなぁ。エッチなお姫様だなぁ」
「あの、アヤさん? キャラ変わってますよ? 大丈夫かって俺達のせいかそうなのか」
赤面するリルに、ニヤニヤと笑うアヤ、頬を引き攣らせるユウシア。
三者三葉の表情を見せる中、玄関からラウラが入ってくる。
「ただいま戻りました。あら、ユウさん帰ってたんですね」
「あ、うん、おかえり。フィルと先輩は?」
そのユウシアの問いかけに、ラウラは困ったように笑って後ろを見る。
そこには、
「はぁっ、はぁっ……だ、大丈夫ですか、シオン先輩……」
「フィル様こそ……ま、まさか、ラウラさんのシゴキがあそこまで……ウプッ」
肩を抱き合い、息も絶え絶えといった様子でゆっくりと入ってくる二人の姿が。特にシオンなど、結構危険な方向で顔色が悪い。
「ちょ、先輩、大丈夫ですか!? ごめんリル、先輩をどこか落ち着ける場所に!」
「は、はいっ!」
「アヤはフィルに水を!」
「う、うん! ……えっと、ユウ君は?」
「俺は――」
と、ユウシアは、頬に汗を滴らせながら目を逸らすラウラに据わった目を向ける。
「ちょっと、ラウラを問い詰めなきゃならないみたいだから」
「お、お手柔らかに、お願いします、ね?」
汗の量を増やす彼女に、ユウシアはニッコリと笑って。
「それはラウラ次第かな」
++++++++++
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
今度は何故か、ラウラが息を切らせている。
「えっと……ユウ君、何したの?」
あの後ユウシアの部屋で二人きりで話をしていたので、何があったのかは分からないが、何かがあったらしいことを考えるまでもなく察した皆。代表してアヤが問う。
「問い詰めて、お説教?」
笑いながら首を傾げてそんなことを言うユウシア。彼を怒らせてはならないと、皆の意思が固まった。
「まぁ、詳しいことは言えないけど、大体ラウラの暴走だから。あ、罰として、今日は特に精のつく料理を作ってもらうからな、ラウラ」
「せ、精のつく、ですか?」
「うん。誰かさんのせいで疲れきった二人のために、材料の調達から自分で。そうだなぁ、レバニラ炒めとかいいんじゃないかなぁ」
「え……あの、ユウさん、私の記憶が正しければ、この森にレバー系の食材って……」
「デストラクションブル。いやぁ、破壊力がべらぼうに高くて大変だったなぁ。でも肉美味しかったよなぁ」
「……私の気のせいで無ければ、その魔獣の生息域って……」
「南部中域のボス級だな。スキルが無かったっていうのもあるけど、罠フル活用して割とギリギリだったなぁ。拘束用の罠を尽く引きちぎっていっちゃったもんなぁ」
「その時ってユウさん、家に帰ってきませんでしたよね……?」
「そうそう。生命力も無駄に高くて丸一日以上かかっちゃったんだよなぁ。体も無駄に大きかったし。いやぁ、懐かしい懐かしい」
「今って……」
「夕飯の用意ならそろそろ始めてないといけない時間だなぁ。まぁ、メイン以外はリルがやってくれるし、気にせず獲りに行ってきなよ。うん」
肩に手をポンッ。
「えっ、とぉ……さすがに辛いかなぁ、と……」
「ん?」
有無を言わさない笑み。
「……はい。行ってきます。頑張ります。間に合ったら褒めてください」
「美味しいレバニラ炒めを期待してるよ」
「うわぁぁあーん!」
ラウラは走り出した!
「……何故でしょう。ユウシアさんの恐ろしさの片鱗を垣間見た気がします」
「あれは、私でも逆らえない……笑顔の圧力とは恐ろしいものだな……」
「き、きっと私にはあの様なことは……婚約者ですから、えぇ。……えぇ……」
「リル、ユウ君が笑ってるよ。笑ってこっちを見てるよ。あたしには分かるよ、『そうだといいな』って言ってるのが」
念の為言っておくと、フィル達に何があったのかというと、「強いのなら修行を見てほしい」と言い出した二人に、ラウラが日頃の神様業(?)で溜まった鬱憤をぶつけてしまったらしい。その結果、人がするような修行とは明らかに違うことをやらせてしまったとか。そんなものを乗り切った二人を褒めるべきか、公私混同したラウラを叱るべきか……。迂闊に神がどうのとは話せないユウシアは、後者を選択したが。
それと、なんだかんだでラウラは夕飯に間に合った。後日ユウシアが戦闘があったと思しき場所を見に行ったところ、天変地異でも起きたのかという有様だったらしいが、それはまた別の話。ユウシアはただ、「ゴリ押したよあの女神様」とだけ思った。それ以外は考えないようにした。
女神様特製レバニラ炒めはとても美味しく、更に疲れは完全に吹き飛んだ、と付け加えておこう。
とは言いますが、私はレバーそんな好きじゃないです。
それと今回は、女神と作者の暴走の結果です。
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