嘘だ
昨日話した通り、フィル、シオン、そして付き添いにラウラの三人は、魔の森北部の探索。リルとアヤは、二人で留守番をしていた。
そして、ユウシアはというと、魔の森全域の調査――ではなく、森の外を走っていた。
元より、この帰省中に必ず一度は行くつもりだったのだ。
(スキルの扱いにも慣れたし、前よりもっと早く着くと思うんだけど……)
半年ぶりに顔を見せたかった、というのもある。だが一番は――
「っ……嘘だ……」
森の一番近くにあり、ユウシアがよく訪れていた、名も無き村。
見えてきたそこは、
前までの面影などどこにも無い、
廃村と、化していた。
「嘘だ。そんなの嘘だ。何かの見間違いに決まって――っ」
しかし、何度見直そうとも、いくら目を擦ろうとも、それは変わらない。
小さく少なく、質素ながらも暖かさを感じさせてくれた家々は崩れ、潰れ、そして所々が黒く炭化している。
村の中央にあり、人々の憩いの場と、そして子供達の遊び場となっていた、かつて旅に出るユウシアの見送りのため宴の開かれた広場は、抉れ、削れ、焼け焦げ、無事な場所を探すほうが難しい。
――もしかしたら、とは、思っていたのだ。
――しかし、それと同時に、まさかそんな偶然が、とも。
旅立ってすぐ、本当に間も無いの頃だった。
セリドの街でフィルに取り調べを受けていた時、街を襲った黒竜。
それを伝えに来た衛兵は、南からやって来たと言っていた。
だから、まさか、もしかしたら、と。南方にあるこの村が、襲われたのではないか、と。そう考えた。
だが、その後も色々なことがあり、気になってはいたのに、ついぞ確認に来ることは出来なかった。
リルに聞けばよかったのかもしれない。小さな村とはいえ、国内にある集落だ。報告は届けられていたはず。
しかしユウシアは、どうしても自分の目で確かめたかった。きっと、悪い知らせが届いても信じられなかっただろうから。良い知らせだったとしても疑ってしまっただろうから。
だからユウシアは、この帰省でやっと安心出来ると、そう思っていた。行きでは少し道が逸れていて見ることは出来なかったが、きっと大丈夫だろう、と。
でも。
なのに。
なんで。
ユウシアの目の前に広がる光景は、ユウシアの大好きな人達がいた、ユウシアの大好きだった村が壊滅したことを、
ハッキリと、ユウシアに伝えていた。
信じられない、信じたくない。そう思いながらも村に近づき、それを再確認したユウシアは、その場に頽れる。俯いたその顔は、絶望と、そして涙に濡れていた。
「嘘だ、そんなの……嘘だって、言ってくれよ……」
ユウシアの口から、震えた声が漏れる。
小さく嗚咽を漏らしていたユウシアだったが、やがて何かに気が付いたように顔を上げる。
「……そうだ。まだ、皆いないと決まった訳じゃない。上手く逃げられて、無事かもしれない」
突如黒竜が襲ってきたのだとしたら、希望的観測にしか過ぎないのだろう。
だが、そんな希望にでも縋らなければ、ユウシアの心は、折れる、とまでは行かないものの、深く癒せない傷を負ってしまうだろう。
と、そこへ。
「――ユウシア君?」
「っ!」
後ろから、聞き覚えのある声がかかる。
振り返るユウシア。空耳なんじゃないかと、夢なんじゃないかと、そう思ってしまう自分を否定するために、すぐにでも現実を確認したかった。
果たして、そこには。
「カンナ、ちゃん……」
「ユウシア君……まさかいるなんて思わなかったよ……えへへ、久しぶ――っ!?」
ユウシアは、立ち上がると少し離れたところにいたカンナに駆け寄り、思いきり抱きしめる。
「よかった……戻ってきたら村が壊れてて……皆、皆死んじゃったんじゃないかって……」
「ユウシア君……」
驚いたように目を見開いていたカンナではあったが、ユウシアのその言葉に微笑むと、頬を染めながらもユウシアを抱き返し、自分よりも高い位置にある彼の頭を安心させるように撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ……誰も死んでない。皆無事だから……」
「うっ……うっ、あ、あぁぁ……」
そう聞いて、今度は安心感から涙が溢れてしまう。ユウシアはそのまま、カンナの腕の中で少しの間泣き続けていた。
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「……ごめん、みっともないところを見せて」
「ううん、いいの。それよりも、私達のことを思って泣いてくれたなら凄く嬉しい」
座れる場所も無く、二人は仕方なく地面に座り込んでいる。
「そっか……ねぇ、カンナちゃん。なんでここに?」
「それはこっちも聞きたいことなんだけど……それよりも、ユウシア君。前から言ってたことだけど、せっかくだからまた言わせてもらうね」
首を傾げるユウシアを見て、カンナは至って真剣な口調で。
「ユウシア君、いつまでちゃん付けなの? 呼び捨てでいいっていつも言ってるのに」
「あ、それ言うんだ」
「言うよー。ずっと気になってたんだもん」
「いや、まぁ、うーん……」
女の子に呼び捨てっていうのもなぁ、と、今まで避けていたユウシアだったが、アヤ、リル、フィル、リリアナと、呼び捨てになる人も増え、なんだかんだで慣れてきた――というか、それが普通になっている。
「……分かった。カンナ、でいい?」
ユウシアが頷いてそう言うと、カンナは嬉しそうに笑う。それを見てユウシアも思わず笑顔を浮かべる。
「あはは。……それで、結局なんでここに?」
「あ、えっと……それよりもユウシア君、何があったかは聞かないんだね」
「え? あぁ、まぁ、それは大体察しが付くから。俺の方でも色々あってね。……あ、でも、今皆がどこにいるのかは気になるな」
「色々……って、皆がどこにいるのかだっけ。えっとね、今は領主様の街で保護してもらってるの。村の立て直しも手伝ってくれるって」
「へぇ、良い人なんだね」
ここまでの惨事となると、立て直しにどれだけかかるかなど検討もつかない。その上大した利益も生まないようなこの村の立て直しに手を貸すというのだ。こんな村一つに打算も陰謀も何も無いので、単純に良心からなのだろう。小さな村とはいえ立て直しとなれば相応に金もかかる。良心からだけで大金を出せるということは、領地経営も上手く行っている証拠に他ならない。
(……って、あれ? この領の領主の街ってことは、セリドの街になるのか? 一応行ったんだけど……まぁ、狭い街って訳でも無いし、村人もそんなにいなかったし、会わないことだってあるか)
それに加え、あまり色々なところに行った訳でも無いし、と納得するユウシア。
「それで、大人の皆は忙しいから、今日は暇だった私が立て直しに何が必要か調べに来たの。これでも頭は良い方だからね!」
「へぇ、そうなんだ」
いくら大人が忙しいとはいえ、そんなことを任されるということは本当に頭が良いのだろう。
「それで、ユウシア君はなんで?」
「ん? あぁ、うん、大した理由じゃないんだけど――」
ユウシアは、カンナにここに来るまでの経緯を簡単に話した。
やっと出せました。フィーネちゃんはまた今度です。結構後です。その予定です。