意地悪
〜言い訳タイム〜
いやね、一昨日夢の国に行っていたんですよ。まぁ当然のように疲れて帰ってきて、そのまま夢の世界へ。一晩寝ても疲れが抜けなくて。
つまり、疲れてたんで書けませんでした。マジさーせん。
風呂に入り、改めて森へとダッシュして行ったシオンを見届けたユウシアは、残りの丸太を素早く割ってから、汗を流そうと風呂へ向かう。
「……あの様な短い期間で、よろしかったのですか?」
その途中で、そう声をかけてきたのはリルだ。
ユウシアは、それに答えるでも、彼女に見られていたことに驚くでもなく、ただ問い返す。
「なんで今まで黙ってたの? もっと早く声かけてくれればよかったのに」
その質問にリルは若干目を逸らしながら、
「……その、お忙しいようでしたので……」
「本当は?」
「…………」
そっぽを向いて黙りこくるリル。しかしユウシアは更に詰め寄る。
「リル?」
「……あの、ええと……し、真剣な顔で汗を流すユウシア様に、その……見惚れておりました……」
「…………」
今度はユウシアが黙り込んでしまう。
その理由に驚いた……のもあるが、一番の理由は、
(可愛い……)
照れたように頬を染めながら、モジモジと、自分に見惚れていたと言ってくれる恋人。もちろんそんなことを言われて少し恥ずかしい気持ちもあるが、それ以上に可愛いのだ。
「……ユ、ユウシア様……?」
何も言わないユウシアの名前を少し不安そうにしながら呼ぶリル。
「あ、あぁいや、なんでもないよ。えぇと……何だっけ」
もちろんなんの話題だったか覚えてはいる。しかし、リルの言葉に答えるのはさすがに恥ずかしくて、確認の言葉をかけるユウシア。
その誤魔化したい意図に気がついたのか、あるいは本人が誤魔化したかっただけなのか、リルもそれに便乗。
「その、何故あのように期間を短くしたのか、と思いまして……」
「そ、そうだったそうだった」
ユウシアはそう言うと、気を取り直すように一つ咳払いをしてから話し始める。
「正直、達成出来るとは最初から思ってないんだ。少し意地は悪いけどな」
「達成出来ると思っていない、ですか?」
「うん。今回試すのは、一週間で指定された場所の地形を把握しきれるか、じゃなく、どれだけ把握出来るか。もちろんこの“どれだけ”というのには、広さだけでなく詳細さも含まれてる」
「ですが、ユウシア様はスピード重視で、と……」
「確かにそうは言った。でも、本来なら詳細に把握するのは当然のことなんだ。言葉に惑わされず、その“当然”をしっかり実行出来るか。これも試験項目の一つだよ。もちろん、あぁ言った以上一番は把握出来た広さなんだけどな」
「……本当に、意地の悪い試験ですわ」
苦笑しながら言うリルに、ユウシアは肩を竦めて答える。
「まぁ、あの二人なら多分すぐその意図に気付くよ。二人とも優秀だからな」
そう言い残すと、改めて風呂へと向かうユウシアであった。
「……武闘大会で優勝されたユウシア様が優秀と言っても、皮肉にしか……いえ、やめておきましょう」
リルはそう呟くと、ユウシアに着替えでも用意しようと家の中に戻って行った。
++++++++++
「む……ここは、木の根が邪魔になりそうだな」
“魔の森”北部。ジルタ王国の中心地に近く、魔獣も比較的弱いここが、ユウシアに指定された場所だった。
足元を見て呟いたフィルに、どこからともなく現れたシオンが答える。
「えぇ。フィル様はここでの戦闘は避けるべきでしょう。私は……枝伝いに空中を移動すれば平気でしょうか」
「うおっ!? シ、シオン先輩……急に現れるのはやめて頂けますか……?」
「む……ユウシアさんにもよく言われますが、そこまで驚きますか……一応、改善するよう注意はしているのですが、体に染み付いた癖というのは中々……」
「共感してしまう自分がいる……え、えぇと、頑張ってください、でいいのでしょうか」
「はい、頑張ります。ですが今はそれよりも、周りを見なければ」
「そうですね。……あれ? この木……」
頷いて、ふと上を向いたフィル。すぐ近くの木に何かを見つける。
「これは……幹に傷がありますね。明らかに何者かによってつけられたものです」
「ユウシアでしょうか?」
「いえ、恐らく違うでしょう。ユウシアさんがやったにしては、場所も高いし、傷も大きい。何か巨大な魔獣の仕業と考えるのが自然です」
そう言われたフィルは、改めて傷を見上げる。
それがあるのは、地面からおよそ三mの場所。確かに高い。ユウシアでは……いや、出来ないこともないのかもしれないが、わざわざやる理由もない。それに、あの傷はナイフとかではなく、爪で付けられたもののようにも見える。
「となると、マーキングの可能性が高そうですね」
「そうですね。つまりここは何かしらの魔獣の縄張り……」
シオンは言葉を切り、少し考えるようにする。
「……少し、マズいかもしれません」
「?」
首を傾げるフィル。シオンは彼女に説明するように続ける。
「安全の為ということで、この森に生息する魔獣の説明だけされたのは覚えていますよね?」
その言葉に、フィルは頷く。
シオンが風呂から戻って来たあと、ユウシアは、安全の為必要最低限の魔獣の情報を二人に伝えていた。その魔獣達の生息域を調べるのは二人の仕事だが、命にも関わることだ。危険な魔獣については特に念入りに教えてられていた。だが――
「この北部に生息する魔獣の中に、ここまで大きなものはいません。いえ、いないはずなんです」
「……確かに。ユウシアに教えられた中にここまで大きな魔獣はいなかった……」
つまり、今ここに巨大魔獣のマーキングがあるというのは、とてもイレギュラーなことなのだ。ただでさえ強力な、魔の森の魔獣達。ここ、比較的弱い北部の魔獣ですら彼女達からすれば十分な脅威だ。それが他の区域の魔獣となると、無事で済むかどうかも怪しい。
「……離れましょう。私達では荷が重いかもしれません」
「しかし、まだこの辺りはあまり……」
「地形の把握は明日でも出来ます。帰ったらユウシアさんにこのことを伝えましょう。試験と関係のない場所の魔獣であれば、彼は駆除してくれるはずです。今はそれよりも、縄張りから抜け出さなければ――ッ!」
シオンは、慌てたように後ろを振り向く。
何故そんなことをしたのか。彼女の前にいたフィルには、その理由がシオンよりも前から見えていた。
――熊だ。
四m近い巨体に、鋭い爪。その肌は、岩のような見た目をしていた。
ロックべア。それがこの魔獣の名前だ。その名と見た目の通り岩のように硬い肌を持っている。巨体に見合った力と、それに見合わぬ速度。かつてのユウシアが苦戦させられた、魔の森東部の主とされる魔獣だ。
それが今、フィルとシオンを敵意剥き出しの目で見下ろしていた。