到着
翌日ユウシア達は、宿の前で、ミラとミーナの二人に見送りを受けていた。
「またこの街へ来た際は、是非ここを利用してください」
「はい、また来ます」
何故かどこか申し訳なさそうに笑いながら言うミラに、ユウシアは苦笑しながらそう返す。
ユウシアの後ろには、げんなりした様子のアヤ、フィル、シオンの姿が。そしてミラの隣のミーナは若干涙目。……大部屋の方で、また何かやらかしたのだろう。ボールとかボールとか。
首を傾げているのは、そんな少女の性癖(?)を知らないリルだけ。知らぬが仏だ。
「ところで皆さんは、この後どこへ?」
国の中心である王都から割と辺境であるここまで来て、この後行くところなどあるのだろうか、と問いかけるミラ。
「南へ」
それに簡潔に答えるユウシア。といっても、この街が既に南端の街だ。当然ミラは首を傾げる。
「南、ですか……? ここより南など何もなかったはずですが……あ、もしかして別の国へ?」
「いえ、そういう訳では。実はここから南にしばらく行ったところに、俺の実家があるんですよ」
「実家……どこかの村かしら……あ、あまり詮索するのもよくないですよね。南の方は魔獣も多くなりますから、お気をつけて」
「はい。お世話になりました」
帰郷、再開だ。
++++++++++
それから数日。
「とうちゃーく!」
元気に声を上げながら馬車から降りるアヤ。それに続いて、他の皆も続々と馬車から降りてくる。
ついに、ユウシアの住んでいたログハウスのある“魔の森”へと到着したのだ。
「それでは私は、一月後迎えに来ます」
「はい。お願いします」
御者のミハイルは、そう一声かけると馬車を走らせその場から去っていく。彼の言う通り、滞在期間である一ヶ月が経つ頃にまた迎えに来ることになっている。
「さ、それじゃあ、ここから家に向かう訳だけど……折角だし、フィル、先輩、早速特訓開始しますか? まぁ、初日だし着くまで軽く、って程度だけど」
「やる!」
「やります!」
ユウシアの言葉に反応し、顔を近づけるフィルとシオン。凄い意欲だ。
そんな二人に若干引きつつもユウシアは指示を出す。
「そ、それじゃあ、俺が先頭を歩くから、フィルは殿、先輩は周囲の偵察をお願いします」
「「了解!」」
元気に返事をした二人は、指示通り動き始める。フィルは集団の最後尾につき、シオンは気配を消して単身先に中へ。
待つこと少し。
「右前方五十メートルの位置に魔獣発見! 六つ足の虎型魔獣です!」
どこからともなく現れたシオンが、敬礼しつつそんなことを。
「いや、キャラ……じゃない。えっと、ありがとうございます。六つ足か……インセクトタイガー、かな……」
「インセクトタイガー……昆虫虎? 六つ足だからって、安直なネーミングだね」
ユウシアの呟きに、アヤが茶化しを入れる。が、
「いや、意外とそうでもなくて。動きも虫みたいだし、個体によっては飛んだりするし、結構気持ち悪っ……虫に近いやつなんだ。繁殖も卵だし」
「うわぁ……」
「でもって、地味に強い。という訳で、ちょっと左から回ろうか。先輩は引き続き警戒をお願いします」
「はい」
(あ、キャラ戻った……)
少なくともユウシアからすれば、そんなどうでもいいことを考える程度の余裕はある相手だったが。
++++++++++
「ユウくーん、まだー?」
それからしばらく。結構な距離を歩かされて痺れを切らしたのか、アヤがそんなことを問いかける。
「仕方ないだろ、安全第一で少し遠回りしてるんだから」
「えー、ユウ君がいれば大丈夫だよー。最短ルートで行こうよー」
「さすがにここにいるの全員を守る余裕はありません。言っておくけど、この森、いつだかの黒竜並の強さの魔獣だってたまにいるからな?」
「え、嘘」
「本当。危ない目に会いたくなかったら大人しくしてなさい」
「はーい……」
まったく、とでも言いたげに息を吐くユウシア。そんな彼の右手が、突如霞む。
ドスッ!
その直後に聞こえたのは、地面に何かが突き刺さるような音。
その音の発生源は、アヤの後ろにいたフィルの足元。そこには、頭をナイフで貫かれたドス黒いカメレオンのような魔獣の死体があった。
「なっ……!」
それを見て思わず絶句するフィル。
それもそのはず。ユウシアが攻撃するまで、このカメレオンの存在に全く気がつかなかったのだ。仮にも騎士であるフィルが。
「インビジブルカメレオン。姿を消すだけじゃなく、音や、果ては臭いまで消す隠密性能最高の魔獣だよ」
「……ユウシアさん。そんな魔獣に、何故気がついたのです?」
隠密性能最高、と聞いて、暗殺者の端くれとして黙っていられないのだろう。シオンが真剣な表情で問いかける。
「見えず、聞こえず、臭わないとは言っても、何も存在自体がなくなっている訳ではありませんから。感じ取るんです。空気の流れの僅かな変化を。地面に出来るその小さな体の僅かな足跡を。木の上にいたのなら、その軽い体が齎す僅かな枝の撓みを」
「……つまり勘と」
「経験と、勘です」
「難しいですね……いえ、このくらい察知出来るようにならなければ」
「それじゃあ、その訓練もしましょうか。……っと、着きましたよ」
ユウシア達の前、木々の開けたそこには、立派なログハウスが建っていた。そして――
「おかえりなさい、ユウさん」
その中から出てきたのは、煌めくような金髪の美女――ラウラだった。




