日本語
序盤の二重鍵カッコは日本語を表します。前書きだと若干のネタバレですけど、まぁ、サブタイに出ちゃってますし、注意は最初にしとかないと。
それからおよそ一時間。
ユウシアは、横たえた少女にとりあえず寝袋(毛布などはなかった)をかけ、座って一人考えこんでいた。
「一体何で、綾奈がここに……ただ似てるだけ? いや、それにしてもそっくりすぎるし……」
呟きながらユウシアは、隣で目を閉じている少女の顔を改めて見る。やはり、彼の記憶にある幼馴染と寸分違わぬ顔をしている。
「もし綾奈だったとして、綾奈も転生したのか……? でも、“あの事故”があったのは今から考えるともう二十年以上も前だし……あー! わっかんない!」
諦めてその場に身を投げ出すユウシア。途端視界に入り込んでくる日差しに顔を顰め、すぐさま手で目を隠す。
「全く……まだセリドまで半分近くあるっていうのに、前途多難だなぁ……」
隣をちらっと見たユウシアは、思わずそうボヤく。
と、その直後。
「んっ……うぅ……」
小さく呻いた少女が、ゆっくりと瞼を上げる。
ユウシアはそれを見てガバッと起き上がり、すぐさまそちらに近付く。
「大丈夫? どこか具合の悪いところとかない?」
起き上がろうとする少女を支えつつ、なるべく穏やかな口調で問いかけるユウシア。しかし少女は、ユウシアの言葉に首を傾げると、
『ここはどこ……? 私、何でこんなところに……』
「……え?」
少女の口から漏れた言葉に、ユウシアは目を丸くする。
間違いない、これは、
「日本語……」
当然、といってはなんだが、この国、この世界で使われている言語は日本語ではない。最もポピュラーなのは共通語、この世界のほとんどの地域で通じる言語だが、それ以外にも多種多様な言語が存在する。ユウシアが扱えるのは共通語と、若干片言ではあるが、神の眷属である精霊が扱う、共通語とは反対にとてもマイナーな精霊言語。
そして、この世界には日本語はおろか、それに近い発音の言語すら存在しない、とラウラは言っていた。
それなのに、今目の前の少女は、元日本人であるユウシアが違和感すら覚えない、完璧な日本語を使ってみせた。
彼女の瞳も黒色だった。いや、うっすらと茶色がかっているか。だが、日本人として見ればその瞳はごくありふれた色である。
日本人じみた容姿に、現地のものとしか思えない日本語。いよいよユウシアには、この少女が日本人にしか見えなくなってきた。
『あなたは……外国の人……? 言葉、通じるかな……え、えっと、はろー?』
少女は、戸惑ったようにユウシアに声をかける。その様子に、普通はこんな訳の分からない状況で知らない男が目の前にいたら逃げるんじゃなかろうか、と思わず苦笑してしまう。
『あぁ、大丈夫、分かるよ。気分はどう?』
ユウシアの口から飛び出した流暢な日本語に、今度は少女が目を丸くする。そりゃあ、明らかに日本人ではない相手が日本人としか思えない日本語を使ったら驚くだろう。しかし、例え十五年もの間日本語に触れてこなくても、それ以前に散々使っていた言語だ、忘れるはずがない。
『日本語喋れるんだ……よかった……あ、えっと、だ、大丈夫、です』
安心したように息を吐く少女に、ユウシアは軽く手を振る。
『いいよ、敬語とか。歳変わらないだろうし。……それで、今の状況とか、分かる? 何で自分がここにいるのか、とか』
ユウシアの質問に、少女は申し訳なさそうに答える。
『それが……ごめんなさい、何も思い出せないの……言葉とかは分かるんだけど、自分が誰なのかとかは全然分かんない……』
「記憶喪失か……」
すっかり慣れ親しんだ共通語で呟きながら、ユウシアは頭をかく。面倒なことになってるな、と。
『私、何でこんなところにいるの……? あの、知っていることがあったら、少しでも教えてほしい……』
『それは全然構わないよ。まぁ、知っていることっていってもほとんどないんだけど――』
++++++++++
「私、空から落ちてきたの……? え、ラ○ュタ?」
「その辺の知識はあるんだな。でも、違うから。俺もちょっと思ったけど、絶対違うから」
少女が驚きながら口にした言葉を、ユウシアが全力で否定する。
「あ、そんなこと言ってる場合じゃなかったや。助けてくれてありがとう、えっと……」
「ユウシアだよ。親しい人には、ユウ、って呼ばれてる」
(といっても、ラウラとフィーちゃんぐらいだけどね)
ユウシアは、自己紹介しながらそんなことを考える。
「それじゃあ、ユウ君だね! ありがとう、ユウ君!」
手を叩いて、無邪気に笑いながらそう言う少女。ユウシアの目には、そんな姿がますます前世の幼馴染と重なってしまう。あの子も、綾奈もこんな風に笑う子だったな、と。
「……うん、どういたしまして」
どこかやるせない気持ちになりながらそう返すユウシア。
「……ユウ君? どうしたの?」
「ん? あ、いや、なんでもないよ。大丈夫」
心配そうに顔を覗き込んでくる少女に、ユウシアは慌てて首を振る。
「そっか。それならいいんだけど……それにしても、異世界かぁ……ホントにあったんだねぇ」
ユウシアは、少女に落ちてきた事実を説明する際、ここが地球のある世界、ソナリアではないことも説明していた。初めは中々信じていなかったものの、たまたま襲ってきた魔獣をユウシアが撃退する姿を見て、やっと信じたようだ。
「ね、ね。ユウ君は、この世界で旅をしてるんでしょ? 私も付いてっちゃダメかな?」
「え、何で急に……」
目をキラキラさせながらにじり寄ってくる少女に、ユウシアは思わず頬を引き攣らせる。何故だろう、少し怖い。
「……だって私、このままいたって行くアテもないし、そもそも他の人には言葉も通じないだろうし……」
しょんぼりしながら呟く少女。
ユウシアは、思わず顎に手を当てて考える。
「言葉かぁ……そっか、言葉が分からないとどうしようもないもんなぁ……教えてもいいんだけど、時間かかっちゃうだろうし……」
「正直、新しく言葉覚えろって言われても、自信無いです……」
「「……うーん」」
顔を見合わせ、首をひねる二人。これは相当難しい問題である……はずだったのだが。
『そういうときは私にお任せあれです、ユウさん!』
「うわぁっ!?」
我らが女神様のご登場である。
困った時の女神様。早速再登場です。
……そうそう。ユウシアの言う事故についてですが、その内ちゃんと出てくると思いますよ。上手く繋げられればですけど。