負けてない
『――なんということでしょう! 勝者、ユウシア! 最強の男に勝利だぁ!!』
観客達が、これまでにない程大きな歓声を上げる。
「ふー……アラン先輩、大丈夫かな」
深く息を吐いたユウシアは、瓦礫に埋もれてしまったアランの状態を確かめるため、そちらへと向かう。
(……我ながら、中々壊したな……)
苦笑いしつつ、瓦礫を軽くどけるユウシア。アランはすぐに見つかった。
「あ、アラン先輩、大丈夫――」
「――だ」
「え?」
「負け? 負けた? この僕が? 嘘だ。あり得ない。あり得ていいはずがない。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
アランはそう、暗い瞳で呟いていた。
「アラン先輩、どうし――」
その声に、アランはユウシアの方を向く。
「……お前のせいだ」
「っ!」
「お前が、お前さえいなければ。そうだ、僕は悪くない。僕はまだ――負けてない」
ユウシアの頬を、血が伝う。
「……何の真似ですか」
「負けてない。僕は負けてない。まだ終わりじゃない。僕は勝たなきゃいけない。だからまだ負けてない」
「何を言って――っ!」
今度は、反応出来る。
ユウシアを襲う、アランの飛剣に。
しかし、今いるのはユウシアの攻撃により破壊され足場の不安定な場所。急な動きで体勢が崩れてしまう。
もちろん、その程度なら立て直すことも簡単だ。だが今目の前にいるのは、それを許してくれるような相手ではなかった。
「ぐっ!」
飛び出してきたアランに首を掴まれ、そのまま押し倒される。
「お前さえいなければ……そうだ、殺す。殺してやる。お前がいなければいいんだ」
「ぐ、うっ……!」
首を絞められ、呻き声が漏れる。
「こん、のっ!」
「ぐはっ!」
ユウシアに思いきり蹴られ、アランが吹き飛ばされる。
「ゲホッ、ゲホッ! ……本気で、殺すつもりか……」
「……許さない。許さない。許さない許さない許さない許さナイユルサナイ」
アランの声が、はっきりと分かる程変化する。――しかし、ユウシアの注目はそちらには向かなかった。
「それ、は……」
アランの白銀の髪は、いつの間にか黄金に染まっていた。
髪色の変化。ユウシアの知る限り、その要因となるのは――
「オーブ……こんなところに……!」
『間違いありません。この反応、「黄のオーブ」です』
「おうっ!?」
『……お久しぶりですね、ユウさん』
頭の中に響く声。間違えるはずもない、ラウラのものだ。明らかに不機嫌そうだが。
(……えっと。この辺って教会とかあった?)
『あれ、言ってませんでしたっけ。活性化したオーブは神気を発するんですよ? というか、前もそれを使って会話したような……』
(あー……確かに、なんであのとき疑問に思わなかったんだろう……)
前にセリックと戦ったとき、彼を殺しそうになったユウシアを止めてくれたのは彼女だった。
(でも、そんな大事なことを予め教えてくれないのもどうかと思う)
『うっ、それは……ごめんなさい。でも、あれですよ。ユウさんがもっとオーブを……そうですね、多分半分くらい集めれば、いつでも話せるようになりますよ。全部集めてくれれば、もしかしたら肉体も作れるかも……』
(……そんな大事なことも教えてくれなかったのはどうかと)
ラウラが縮こまっているのを感じるユウシア。まぁいいや、と息を吐くと、こちらを殺しそうな勢いで睨みつけるアランを見る。
(つまり、アラン先輩が凄い目をしてるのは、オーブのせいってことでいいんだよな?)
『その通りです。さ、ユウさん、ちゃちゃっとやっちゃってください! ちゃちゃっと!』
「簡単に言ってくれる……」
諦めたように、「やるしかないんだけど」と続けたユウシアは、周りを見て顔を顰める。
『ユウさん、どうしました? 人目が気になりますか?』
(……いや、それもそうなんだけど。剣全部破壊したと思うんだけど、俺の気のせいだった?)
ユウシアの周りに浮遊する剣。確かに全て破壊したはずなのだが、金色に輝く剣となって、元の数倍もの本数が彼を取り囲んでいた。
『“黄色”の水晶武装ですね。宿主の得意武器を模したのでしょう。ほらほら、ユウさん、黄のオーブを取り込めばあの便利そうな武器が手に入りますよ! モチベーション上がりません?』
(いや、確かに便利だろうけどさ……どっちにしてもやるしかないんだし)
『冷めてますねー』
「……うるさい」
口を尖らせて呟くユウシア。
『……まぁいいです。とりあえず、人目も気になるって言ってたので、シャットしておきましょう』
ラウラがそう言った直後、ユウシア達と観客を隔てるように黒い壁が生まれる。
「……なんだ、これは」
ユウシアから目を離さなかったアランも、さすがに目を丸くしてそれを見る。
(……ラウラの仕業?)
『女神を舐めないでください。力が弱まってたって、このくらいは朝飯前です』
「ふぅん……まぁ、ありがとう」
ユウシアは小さく笑いながら言うと、ラウラも笑う気配を感じつつ、改めて大剣を構える。
「滅す」
もう一度起句を口にするユウシア。
殲滅ノ大剣、というくらいだ。この状況には丁度いい。
「その程度で……これを抜けられるかッ!!」
黒い壁を見ていたアランも、戦闘態勢に入ったユウシアを目にすると、憎悪をむき出しにして叫ぶ。その直後ユウシアを襲う無数の剣。しかし。
「甘い。――らぁっ!」
大剣を振りながら回転するユウシア。それだけで、オーブの力で生まれた光剣の半分近くが消え去る。
「クソ、クソクソクソ! なんでだ! なんで当たらないんだッ!!」
「当たりませんよ。感情任せの攻撃なんて。――齎せ」
それは、「滅す」という言葉に続く起句。〔殲滅ノ大剣〕の更なる力を引き出すための言葉。髪だけでなく、瞳も真紅に染まる。
ユウシアが突き立てた大剣から、嵐が巻き起こる。破滅を齎す嵐が。
「そんな……ものォォォオオオッ!!」
アランが叫んで残った全ての光剣をその嵐に向けて飛ばす。先程のユウシアの攻撃を遥かに超える破壊力の嵐だ。当然、光剣は意味をなさずに消し飛ばされる。
「まだだッ!!」
しかし、アランはまたも光剣を生み出し、嵐へと飛ばす。消える。また生み出して、飛ばし、消える。何度も何度も、それを繰り返す。
「――ッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……いつまで隠れているつもりだ! 出てこい!!」
息を切らしたアランが嵐に向かって声を上げる。その返事は、
「とっくに、出てますよ」
アランの後ろから。
「ッ!?」
「ふっ!」
アランが振り向く間もなく。
ユウシアの短剣が閃く。
「か、はっ……」
アランは、何も出来ず、血を吐いて倒れ伏した。
「ふーっ……ラウラ、頼む」
試合終了時よりも更に深く息を吐いたユウシアは、気を失って倒れたアランに触れながら呟く。
『お任せください。では……!』
迸る黄色の光。収まったときには、ユウシアの手には黄のオーブが。
『ユウさん』
「分かってる」
ラウラに短く返すと、ユウシアはオーブを額に当てる。赤のオーブのときと同様、取り込まれる黄のオーブ。
『これで、あの光剣が使えるようになりましたね。……では、オーブが取り込まれてしまったので私はそろそろ……』
「……そうか。ありがとう、ラウラ。今度帰るつもりだから。俺達の家に」
『ふふっ、そちらでなら会えますね。楽しみにしています。……それでは今度こそ、さようなら』
「また」
ユウシアがそう返した直後、ラウラの気配が消え去る。そしてそれと同時に、ラウラが発生させた黒い壁も。
「――ユウシア様っ!」
「おっ、と……」
ずっと待っていたのだろう。壁が消えた直後、リルがユウシアに抱き着く。
「急に見えなくなって……心配しましたわ、ユウシア様……無事でよかった……」
「……ごめん。俺は大丈夫だよ」
ユウシアは、謝りながらリルを強く抱きしめた。
決勝戦の内容が薄い? だってもう一戦あるもん。
あ、目の色が変わるのもいいですよね。




