転生
新シリーズ開始!
遅くなりましたが、2018/8/14、ご要望にありました行間開けの作業を開始しました。同時に、誤字・脱字の修正や簡単な改稿も行う予定です。(この文は作業が終わり次第削除します)
――目が覚めるとそこは、何もない、真っ白な空間だった。
「……え?」
彼はゆっくり起き上がると、自分の体を見て、首をひねる。
「傷が、ない……?」
つい先程まで、自分は大怪我を負っていなかっただろうか。そして、そのまま――
「死ん、だ?」
そうだ、確かに死んだはず。
それを自覚した彼は、改めてその空間を眺める。何も、塵も汚れも何一つない空間。死後の世界だと言われれば、なるほど、納得も出来よう。
「俺は、確か……」
思い出す。死ぬ直前の光景を、生前の自分自身を。
彼は死ぬ寸前まで、いや、死ぬその時まで、暗殺者だった。彼は日本人だ。日本ではあり得ない職。どことも知れぬ国の、彼自身よく分かってはいなかった組織の暗殺者だった。とある悲劇で精神を病んでいた彼はそこに拾われ、その状態により感情を表に出さなかった、出せなかったことに目を付けられて、暗殺者として育てられたのだ。
結果彼は、その組織に数多くいる暗殺者達の中でも、頭一つ抜けた存在となった。過酷な訓練にも泣き言を言わず、技術を吸収する妨げとなる余計な感情がないおかげで、よく成長したのだ。その当時十五歳という、成長期であることも功を奏したのだろう。瞬く間に、暗殺者としてのトップまで上り詰めた。以来十年間彼は、コードネームと称して、“序列一位”と記号じみた呼び名で呼ばれ、いつしか、自分の本当の名前すらも忘れてしまった――。
「……そうだ。それで、任務で失敗して、死んで……あれ? 何で失敗したんだったかな……」
あれは、大して難易度も高くない任務だったはずだ、と彼は考え、すぐに思い出す。
「流れ弾が、子供に飛んでいったんだっけ……」
その子を守ろうとして身代わりになり、被弾したそれが運悪く致命傷になったのだ。
それを思い出して彼は、俺はそんなお人好しだったっけな、と苦笑して、ふと気付く。
自分が、ごく自然に笑えていることに。感情を、表に出せていることに。
「……まぁ、死ねばそういうこともあるのかな……って、うわっ!?」
その言葉と同時に、いつの間にか俯いていた顔を上げた彼は、目の前に女性が立っていることに気付き、驚く。
つい先程までは確実にいなかったはずだ。だが、彼が驚いたのはそこではない。曲がりなりにも、そこそこ大きな組織の、ナンバーワンの暗殺者だった自分に気付かれず立っていたことに驚いたのだ。
「あら、驚かせてしまいましたね。申し訳ございません」
くすりと笑って謝罪する女性。
煌めくような金髪に、整った目鼻立ち。そして、何故か頭上に輝く光輪と、背中に広がる翼。
「……天使?」
まさにそれを彷彿とさせる姿だ。
しかし女性は、それに首を振る。
「惜しいですが、違います。私は女神。貴方の住んでいた地球がある『ソナリア』と、対を成す『ファナリア』の二つの世界を繋ぐ、女神ラウラです」
「ソナリア……ファナリア……女神、ラウラ……」
「はい」
彼の呟きに微笑みを返す女神ラウラ。その美しい表情に、こんな訳の分からない状況だというのに、彼は照れたように顔を赤くする。
「えっと……これ、どういう状況なんですか? 俺……死にました、よね?」
誤魔化すように質問をすると、ラウラは真面目な表情になって口を開く。
「はい。貴方は、確かに亡くなりました。ですが貴方は今から、ファナリアに転生します」
「……転生?」
耳慣れない単語だ。もしも彼が、暗殺者などという道に進まずに生きてきたのであれば分かったかもしれないが、暗殺者になってからはそういったフィクションに全く触れてこなかったのだ。
「はい。転生です。記憶等はそのままに、ファナリアの方で生まれ変わります」
「何で、俺が?」
「分かりません」
「は?」
即答され、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「誰が転生するか、何故転生するかは、世界が決めること。私の役目は、転生者を導くことです」
「世界が……?」
「ですが」
ラウラは、そう前置きして続ける。
「目的だけは定められています」
「それは?」
「貴方の目的は、世界に散らばる七つのオーブを全て集めるこ
と。私も、それを補佐します」
七つのオーブとは、よくありそうな目標だ。もっとも、彼はそういう思考にすら至らないが。
「さて、貴方はこれから、ファナリアの中心に位置するジルタ王国の、辺境にある森に転生し、私の分身体によって育てられることとなります。最終的な決定権は貴方自身にありますが、ファナリアでの成人、十五歳になったら、オーブを集めるべく旅に出てほしい、というのが世界の意思です」
それを聞いた彼は、少し考える。
ラウラの分身体が転生した自分を育てる、というのは、彼女が言った、補佐のことだろう。
そして、彼の役目であるオーブ集め。わざわざ他の世界から転生させてまで集めなければならないということは、それは相当に難しいことなのだろうか。
しかし、転生して、十五歳からの、彼が地球で普通には過ごせなかった人生をやり直させてくれるというのなら、例えそれは目的でもなんでもなかったとしても、自身の役目を果たすのも吝かではない。
だから、
「分かりました。出来るかどうかは分かりませんが、やってみます、女神様」
立ち上がり、頭を下げる。
それを見たラウラは嬉しそうに笑う。
「ふふっ。自分のペースで構いません。頑張って下さい。――それでは、転生先へと送ります。私の分身体と、仲良くしてあげて下さいね」
その言葉と、ラウラの心奪われるような笑顔を最後に、彼の視界はこの空間をも超える白に包まれた。
次回予告︰めっちゃ時間飛ぶ。