お菓子
コンビニは人が多かった。近隣の住民も利用しているのだろう。
値段は少し高いが、品揃えが豊富で、家と服以外は生活必需品がそろえられそうだ。
そんな中で、ひときわ梨花の目を引くコーナーがあった。
お菓子だ。
何を隠そう、梨花は甘い物が大好きだ。抹茶ティラミス、チョコレート味のシュークリーム、ココナッツをまぶした餅などなんでもござれ!
私は何も拒まない!
梨花はそう思って手を伸ばす。
しかし、ここで問題に気づく。
一つ一つが三百円近くするのだ。サイズが大きいとはいえ、高い。
値段が梨花を拒んでいた。
「どうしよう……」
梨花は手元の千円札を見た。技師長から預かったものだ。これでご飯を買って来いと言われた。
迷っているうちに、お菓子はどんどん他の人が手に入れる。残りは少なくなってくる。
そして、最後の一つに手が延ばされた。
梨花は思わず叫ぶ。
「やめてーー!」
「どうした!?」
最後の一つに手を伸ばしていたのは、光輝だった。抹茶ティラミスを握りながら、ビクッと肩を震わせていた。
梨花はしどろもどろになる。
「あの、その……」
お菓子は欲しい。しかし、先に手に入れた人に対して寄越せと言うのはためらわれる。それも、想い人が相手だ。マイナスな行動は避けたい。
しかし、ぐきゅるるーと腹が鳴る。情けない音だった。
「あげるよ」
光輝が梨花の手に、抹茶ティラミスを押し付ける。この時、光輝の手が温かくて意外と筋肉質なのを知る。
「ああああ、ありがとうううう」
梨花はなんとかお礼を言った。
顔に熱がこもるのは、きっといつの間にか風邪をひいたからだろう。
光輝は笑顔で頷いた。
「どういたしまして。早く買って食べて、仕事に戻ろう」
「そうだった!」
梨花はハッとした。
仕事中に特別に抜け出させてもらったのだ。技師長は昼ご飯も食べずに仕事をしている。
「早く戻らなくちゃ!」
梨花は大慌てでレジに並び、支払いをすませ、お釣りとスプーンをもらって走る。
「光輝君、いろいろありがとう!」
「うん、これからも一緒に頑張ろう!」
光輝の微笑みは優しい。心が洗われるようだ。
一人前の臨床検査技師になる道筋はきっと明るい。そう思えた。
梨花は急いで操作室に戻る。機械音が絶えない部屋だ。そこで、技師長は一人で画面に向かって座っていた。
梨花は頭を下げる。
「すみません、お待たせしました!」
「ああ、本当に待った」
技師長の口調はぶっきらぼうだった。
「昼飯は食えたか?」
「これからです!」
そう言って、梨花は抹茶ティラミスとスプーンをテーブルの上に置く。
技師長は両目を丸くした。
「これだけしかないのか!?」
「充分です。技師長も買ってきてください!」
梨花はお釣りを渡した。
技師長の表情がこわばる。
「梨花さん……もしかして、そのお菓子を俺のおごりと思っていないか?」
「え……」
「その返事が全てを物語っているな」
技師長は溜め息を吐いた。
「千円も渡せば俺の昼飯も買ってくれると思ったが……仕方ない」
「あの、お金は明日に返します!」
「そうかそうか、俺は結局飯抜きか」
「抹茶ティラミスをどうぞ!」
「抹茶は苦手だ」
梨花は完全に言葉を失った。同時に、頭の中で一人前の臨床検査技師になる道筋が木っ端みじんに崩れ落ちた。
技師長は立ち上がって、弱々しい声で命令する。
「もうすぐ樹が帰ってくる。午前中のMRIの患者さんはこれで最後だ。俺はカテーテル検査に出なければならないが、まあのんびりと次の仕事の事を考えていろ」
「すみませんでしたああぁぁ!」
梨花の魂の絶叫は、病院内に響き渡ったが彼女は全く気にしていなかった。