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ピンチ

「次は勝河さんの自己紹介だ!」

 院長に名指しされて、梨花はヒッと小さく悲鳴をあげた。言いたい事を先に言われて、テンパっていた。ピンチである

 しかし、何か言わないといけない。梨花は必死で言葉を探した。

「あ、あの……その……」

 しどろもどろになる。

 目眩を覚えた。頭から血の気が引いて倒れそうになる。いっそこのまま倒れる事ができれば、どれほど楽か。病院内であるから手厚い看護を受けられるだろう。

 しかし、健康な肉体が簡単に倒れる事はない。

 梨花は意を決して言葉を発する。


「えっと、私もみんなの健康を守れるように頑張ります」


 あまりにも拙い言い回しになった。医療従事者でなくても言えるセリフだろう。

 辺りが静まり返る。その場にいる全員が反応に困っている。

 そんな時に、一人の看護師が梨花の前に歩み出てきた。名札には五十嵐夕月と書かれている。ほどよくウェーブがかった茶髪と、整ったスタイルが魅力的な美人看護師だ。

 何もなければ見惚れてしまいそうなほど綺麗な顔立ちだ。

 しかし、切れ長の瞳から鋭い光を感じる。怒りに両目を釣り上げている。


「あなた、ふざけてるの?」


 威圧的な声に、梨花は震えた。かろうじて首を横に振るのが精一杯だ。

 夕月の叱責は続く。

「そもそも初出勤に遅刻してくるなんて、どういうつもり? 医療の、特に脳外の世界では僅かな遅れが命取りになる。あなたは患者様を殺したいの?」

「ち、違います!」

 梨花は思わず声を出す。

 夕月は鼻で笑った。

「誠意を感じられない。自己紹介だって樹君のマネだし、あなたは医療従事者をやめた方がいいんじゃないかしら」

「そ、そんな……」

 梨花の目に涙が浮かぶ。臨床検査技師になるために一生懸命勉強をした。決して楽な道のりではなかった。金銭面で両親に迷惑を掛けた。

 しかし、夕月の言葉に反論ができない。このままでは両親に顔向けができない。

「お願いです、明日はちゃんと来ますから」

「明日? それでいいと本気で思ってるの?」

 夕月の目付きが鋭い。口調がきつい。

 梨花の声は震える。

「やめるわけにはいかないんです。私は他の人の役に立ちたくて勉強してきました。その時間を無駄にするわけにはいきません!」

「そうだそうだ、時間の無駄はダメだ!」

 ひょうきんに合いの手を入れたのは、美男子研修医こと光輝だ。

「梨花は反省してるし、怒るのも怒られるのも時間の無駄だ!」

「あなたは私に何を怒られたか分かってる? そのふざけた態度を改めなさい!」

 梨花が来る前に、光輝は怒られていたらしい。

「僕は真剣だ。ふざけていると言っている方がふざけている」

 光輝は急に真面目な口調になる。

 しかし、夕月の剣幕は変わらない。

「ギリギリに朝礼に来たかと思えばトイレに行って。みんなが待っていたのに謝罪もない。信じられない体たらく。あなたが医師国家試験に合格したのは、まぐれでしょ」

「あなたの無礼こそ、謝罪の必要がある」

 二人の視線は火花を散らしていた。

 看護師達が戦々恐々とする中で、院長が火花の間に割って入る。

「まあまあ二人とも。仲良くやろう! 新人の二人は早く検査室に行ってやってくれ。技師長一人で仕事を回すのはすごく大変だから」

「はい!」

 樹が返事をして足早に階段に向かう。看護師達が持ち場に散る。朝礼は自然解散したようだ。

 梨花は慌てて樹を追いかける。この時、ふと梨花は思い出した。

 

 光輝君、私を早くも呼び捨てにしてくれたなぁ。

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