朝礼
梨花の行き先は個人病院だ。そこで、臨床検査技師として働く事になる。
臨床検査技師とは、名称が小難しい職業であるが、要するに病院で検査を行う人だと思って差し支えない。ちなみに、国家資格である。
そんな国家資格所有者である梨花であったが、初出勤日に遅刻をした。平謝りしながら朝礼の場に出る。朝礼はナースステーションで行われる。
既に集まっていた看護師たちの視線が辛い。あるものは心配そうに梨花を見つめ、ある者は敵意をむき出しにしている。梨花はひたすら謝っていた。自己嫌悪に陥りそうである。
しかし、世の中には更なる強者がいた。
梨花より明らかに遅く来ておいて、笑顔で手を振りながら歩いてくる美男子がいた。見覚えのある顔だ。
「ああ、君はぶどうパンの人! 同じ職場だったんだ」
角を曲がる所でぶつかった、爽やか美男子であった。梨花の心臓は飛び出そうだ。しかし、実際に心臓が飛び出るはずはないと自分に言い聞かせ、呼吸を整える。
「よろしくお願いします」
「よろしく! 僕は橘光輝。脳外科医を目指す研修医だ」
看護師たちからどよめきが上がる。梨花も、ここは脳神経外科だったのを思い出した。
「頑張って!」
「病院を盛り立てて!」
看護師が尊敬の眼差しで迫るのを、光輝はニコニコ笑顔で応じた。期待の星だと梨花は思った。
ガタイのいい白衣の男性が豪快に笑う。名札には、院長と書かれている。
「跡継ぎがいるのは頼もしいな! だが、まだまだ私は現役だ」
「よっ院長!」
看護師がはやしたてると、院長は鷹揚に頷いた。
「せっくだから新人の二人にも自己紹介をしてもらおう。まずは長谷川君!」
「は、はい!」
緊張した面持ちで、梨花と同年代の男子が返事をする。肌の色が黒いのが印象的だ。
「長谷川樹です。臨床検査技師です。検査を通じて病気の早期発見を行い、みんなの健康を守りたいと思います。よろしくお願い致します」
「固い固い! もっと緩くていーよー」
看護師の合いの手で笑いが起こる。
その笑いの中で、梨花は表情をこわばらせていた。
樹君、私も同じ事を言おうと思っていたのに……。