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ある戦士の善意

作者: 富良野義正

バーチャルにおける文学ってこんな感じなんですかね

 コミカルなアバターの戦士は、単調な構成の荒野に現れる駱駝型のモンスターを淡々と切り殺していた。彼を操るプレイヤーは、今日中にレベルを1ほど上げたかったので、機会になったように経験値を集めていたのである。この精神はひたすらに拳を木へと打ち込む格闘家に似ていたことだろう。鍛えられた拳の代わりに、終わりがけには側頭部に痛みを覚えるところまでがそっくりであった。

 一ヶ月前からほぼ毎日同じ場所で、決まった時間に狩りをしていたので、彼はこの荒野で手に入るドロップ品は全て手に入れていたし、どれもあまりに価値の無いものだったので放置することもあった。ゲームの中なので、一定の時間の後に地面へ落とされたアイテムは消滅してしまうので、データさえ残っていないのだが、もしも消えることなく残っていたとするなら、砂に埋もれたくだらないガラクタで一財産築けるほどであったのだろう。

 その日、日中の仕事は普段よりも楽であり、帰宅した後に体力に余裕があったので、普段よりも気合をいれて彼は駱駝を狩った。不思議なもので、ただ単調な作業であるというのに調子の良い日の方が効率は高いのである。予定より早くレベルは上がり、そのまま町に戻ろうと彼は帰路を歩き出した。

 先に、また別の戦士がいるではないか。別の戦士は低いダメージ受けながらその場に立っている。反応が無いのはそのプレイヤーが離席しているからだろうか。攻撃的なモンスターだらけのフィールドで放置とは、うかつだろう。もしや電話に出ているのかもしれない。ゲームよりも現実が優先されるので、デスペナルティも仕方ないのかもしれない。

 デスペナルティの重さを彼も知らぬわけではない。ついに彼は放置された戦士を囲ったモンスターへ切りかかり、あっという間に倒してしまった。


『あ』


 彼の助けた戦士は事の終わった直後にチャットへと文字を写した。そして怒りのエモーションを出し、続けて文字を流した。


『死に戻るところだったんだよ。せっかく体力減らしたのに、また減らし直しだ。糞が』


 戦士は自動的に体力が回復するが、ダメージを受けてしばらくは回復しない。どうやら業とやられることで街へと戻りたかったようだ。


「退席しているのかと思った。すまない」


 彼は謝罪のエフェクトを出す。しかし、それでも戦士の気は治まらないらしい。


『殴る前に一言話しかけろよ。死に戻り狙いってわかんなかったのかよ。はあ、お前低脳だな。横殴りで掲示板に曝してやろうか』

「謝ったのだからいいでしょう。それよりまたモンスターを探したほうが効率いいんじゃないんですか」

『は? うるせえよ。てめえ、ぶっ殺すぞ』


 彼の言葉は更にこの戦士の逆燐へと触れたらしい。しかし既に彼にはこの暴言にはうんざりしていた。ついに彼は装備を対人用の刀へと持ち帰ると、ペナルティへの警告に同意をして、チャットを打った。


「そんなに死に戻りたいのなら、お手伝いしましょう」


 途端に彼は切りかかった。まさか前科の無いプレイヤーにPKをされると思わなかったのか、少し逃げる素振りを見せた別の戦士は、そのまま彼に切り殺され、プレイヤーに倒されたときにのみアイテムを失うので、一部の装備を地面に巻きながら荒野へと転がった。


『てめえ、おい! ぶっ殺してやる!』


 こうなれば既に倒れた者の言葉は虚栄である。彼は遺体の落とした武器を戦勝品として拾うと、暴言を吐く遺体へチャットを打った。


「助けたのは善意だが、あんたの為じゃない。善意は俺の為にあるものだ。善意が利益になるとは限らないが、黙って受け取るべきだったのだ。これは有り難く貰っていくぞ」


 まだ暴言を吐く遺体をチャットのブラックリストに入れ、静かになった荒野を彼は一人去っていった。

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