フォレストサークルの日常 ― 陽狐と氷水使い冷華 ―
忙しい…また改稿するかもしれません。
「…ふぅ、とりあえずは侵入成功ね。」
明くる日の放課後。私はまたB棟へと足を踏み入れていた。と言っても今は校舎の入り口付近で死角に成りやすい所に潜んでいるのだけれど。今回も猫型機械の足 は使っている。実は足音が出ないことに加え、校舎までの落ち葉や木の枝とかも踏まない、割と使い勝手がよい魔法。作り出した甲斐があったわね。
(…っと、いけない、声なんて出したら姉様に見つかるどころか、他の人にだって見つかっちゃうかもしれないね。)
…さすがにまだ姉様は帰ってないと信じて、放課後になってとるもとりあえず来たけれど、それにしては余り姉様の魔力の残滓は感じなかった。索敵範囲を広げようにも結構つらいかもしれないわね。僅かに残った残滓を救い上げるように索敵をする…。きれいに肩まである金のショートヘアを触って私の索敵する時に必ずやる仕草だった。ある意味思い入れのある髪と仕草だったりはする。っとと、話が逸れた。
「…これは…厄介ね。」
思わず口からボヤキが出ちゃった。恐らく…だけど、レクリエーション的な行事があったのでしょうね。校舎全体…高等部だけではなくて、初等部から中等部に至るまで、微量に漂ってくる。昨日みたいに一本道に探すことが難しそう。さて、どうしようかしら…。
「誰を探しているのかしら。貴女の御姉様かしら?」
通常考えられない所から声がした。流石にギョッとして振り向く、と言うより半分見上げる形だった。…魔法使いが集まっただけのことはあるのかな…そこには水…ううん、氷に座った女性がいて。見るからにお嬢様を体現した容姿…始めてみたわ。金髪…縦ロールなんて。なんだろう…完全にスタイルでも負けている。こんな人がいていいの?っと、話が逸れたわ。確かに魔力の気配は抑える程度で消していなかったとはいえ、ここでピンポイントに声をかけられるとは思っていなかった。
「え、ええ。えっと、貴女は…どちら様でしょう。私は九重…」
「知っておりますわ。九重陽狐さん。入学式であれだけの応酬を繰り広げて…有名人ですもの。私は南小路冷華。B棟高等部2年の同級生ですわ。宜しくお願い致します。」
「宜しくお願いします。冷華さん。姉を探していたのですが、魔力の出所を絞りきれなくて…。」
現状、顔バレしたことによる弊害の様な感じ…かしら。流石に声を掛けられて無視するようなことは出来ずに、会話を続ける。
「ふふ、初等部、中等部向けには昨日行われたのですが、今日は高等部向けに校内の詳細説明が有りましたからね。説明の内容と本日の移動内容について…説明して差し上げない事も有りません…が。」
…が?嫌な予感…。まぁ、他棟の生徒が見つかっている時点で、未来は見えているのだけど。
「折角こうして相対したのです。対抗戦への参加と見なしても良いのですわよね…?私と勝負すれば、本日の説明の内容と移動ルートくらいは教えて差し上げますわ…。」
ここに来て、冷華さんが魔力を高めていく…。ここで逃げる事も可能だけれど、もしかしたら姉様の情報について判るかもしれない。他人から見た姉様の情報、と言うのは興味があった。『例え知っていなくても』そういう意味では冷華さんの言葉は私を戦わせるに効果的な態度で。まぁ…冷華さんにばれた時点で姉様にも気付かれていたかもしれないし。この教訓を次回に生かそう。うん。
「…仕方ありません。姉様の普段の態度とかも教えてくれるとなおいいのですが…それは戦った後、になりそうですね。」
私も魔力を高める。入学式の後、教室に戻ってきて校内対抗戦に必須なアイテムを渡された。見た目にはただの腕輪なのだけれど、魔力を高め対戦したい相手に腕輪から発する光線を当てる。双方合意と一方的、一対他数とで異なる…けど、まぁ、大まかにはこれで『戦闘承認』と表示されれば戦闘開始できるらしい。当たり前だけれど、戦闘開始までを無秩序にするつもりは無いらしい。光線接触なしで攻撃する場合は戦闘結果の記録がされない、悪意のある場合は処罰の対象となる、という決まりらしい。今回は私も冷華さんも光線を当てた為、『双方合意戦』となる。相手が目を細めて威圧感が上がっていく…すごい怖いのだけれど。目当ての物を探していたら予想外の相手にぶつかる…私の好きな『異世界語録』を引用するなら『藪をつついてプチヒドラが出る』という様な感じだった。そうこう考えているうちに『双方合意戦承認 承認No.017』と表示される。え?もう私たち以外に32人以上が戦っているの?!まぁ、いいわ。そこを気にしてもしょうがない。今は目の前の相手に集中しないと。
「嬉しいですわ…。では心行くまで楽しみましょう!」
丁寧な口調のまま、そう宣言する。発している魔力や、とっても楽しそうにしている所を見るに…実力者であることが伺える…。それに戦闘狂的な笑みに近い…用心させるには十分な威圧感だった。その上、氷を中空に存在させている事から、敵は既に魔法を発動していると見ていい。出遅れを取り戻すには、先手を打つべきと判断する。迷わず魔法を紡ぐ。声の塊を相手にぶつけるイメージ…。
「六重『声形の成形 』!せぇいっ!」
「なっ!空の手に集いなさいな!『氷結し爆破する壁』!くぅ…やはり咄嗟ではこの程度ですわね…っ!とっ、はっ!」
声が質量と実体を持って襲い掛かる、私の即時発動できる魔法の中で一番物理破壊力の高い技。冷華さんが私との間に炸裂仕様かな…シールド?を展開するけれど、圧巻の衝撃、簡単に貫通してそのまま私の「せぇい」が冷華さんへ飛んでいく。でも、流石にスピードも威力も落ちていて、自分の座っていた氷を足場にして私の固体声に、さらに跳躍して傾きかけた太陽と重なる…。光の反射と高空のせいで見えにくい、だけれど魔力が収束しているのだけはわかった。これは簡単に防げる威力じゃない?対応のために私は魔力を足に収束して冷華さんの反撃に身構える。
「いいですわ…この感覚っ!次はこちらから参りますわよ!大気の水よ形を成して…堕ちなさい!『降り注げ氷柱の槍』!」
一瞬だけれど大気がブレる。雲が出来て収束して…予想していたよりも広範囲の攻撃…視認し辛いけれど…恐らくツララを降らせている?…予想以上だけれど予想外ではない…あらかじめ足に貯めた魔力を爆発させるように地面を踏みつけ『足を鳴らす』。
「そう簡単にはやらせません!七重『音足移動 -耳』!…そしてっ、一重『振動掌握 』っせぃっ!」
十分に対応できる時間が有ったおかげか、相手の裏をかいて反撃までを行うことが出来た。音足移動 は、私のお気に入りの魔法だけど、特別扱いが難しい魔法でもある。通常発動では足を鳴らした音が届く範囲に亜音速で移動する、という魔法。ただ、今回は大きく音を鳴らして「相手に聞かせる」ことで、相手の真後ろまで移動することを可能にした仕様だった。実はこの魔法には欠点が有っていまだ発展途上ともいえる。姿勢制御がいまだ改善できず、咄嗟の発動では足から停止しつんのめってしまうという欠点もあった。ただ今回は時間が有ったおかげで空中でうまくブレーキを掛けることができたので、正に疾風迅雷を体現して無防備な冷華さんの背へ振動する拳を当てることに成功する。
「きゃうっ?!…く、はっ!や、やりますわね!」
そのまま姿勢を崩して地面へ落ちた冷華さん。…やりすぎてないわよね?私も少し遅れて地面へと降り立つ。魔力を集中させて、注意深く確認する。まだ、あきらめてないわ…流石、というべきかしら…。いえ、違うわね。今の一撃で冷華さんを仕留められない甘い一撃を与えたせい…。
「っふ、ふふふふ…。」
冷華さんが狂気を含んだ笑い声をこぼす。手負いのお嬢様は目を細め、徐々に魔力が上がっていく。…まずい。この魔力量は私の全開時より…多い?!だけど…今までの魔法から冷華さんにはある種の癖、そして現状の環境から来る弱点が有るようだった。今回も同じであれば対応は出来る、ハズ。でも、そうは言っても私も魔力の出し惜しみを出来る状態ではないわね。全身に魔力を巡らせるけれど、思ったより魔力の巡りが悪い。このタイミングで決着を付けないと…私も危険だわ。
「やはり、水が無いところでは不利ですわね…。制限が多すぎますわ…。ですが…まだ使える水はありますわよ!全てを喰らう雪の檻…地面に咲く六花に抱かれ果てよ!南小路流氷水操術奥義が一つ『逆巻雲六花檻!』」
恐らく有らんばかりの魔力を手に込めている…それが遠巻きに判るほど、冷華さんが祈るように握った手に魔力が収束されていて。その手が地面に触れた途端、周囲の気温が下がった様に感じる。地面から霧が立ち上る様は異様の一言だった。だけれど、まだ私の予想の範囲内。私は冷静に予め準備された魔法を紡ぐ。
「こちらも行きます!九重『過共振偽装 』…自身の技を受ける恐怖…味わうといいです!」
冷華さんの魔法が発動した時点で、冷華さんの魔法に対して、少なくとも私の3つ の解析が終わっていた。1つ目は癖「広範囲だけど拡散型である」ということ。2つ目は環境における弱点で「周囲の水分量に威力、範囲が大きく依存される。」ということね。このことから導き出される3つ目の勝つための手…「魔力の解析が出来れば、理論上同質の魔力を一点集中を行うことで冷華さんと同等以上の攻撃が可能」ということ。戦闘開始から水分の氷結を扱う魔法を使っている。魔力の解析は十分だった。発生した霧に魔力を干渉させる…。使用媒体、形状変化、熱量変化…魔法が空気に及ぼす結果を「コピー」するこの魔法なら…。姉様の時のように見破られなければ…押し切れるはずっ!
「何ですの?!わ、私の技を真似て?!し、しかも私のほうが押し切られる、などっ!有り得ない、有ってはなりませんわ!」
「お、れ、て、くだ…さいっ!お願い、です、からっ!」
ここに来て予想外の事態が起こってしまう。私の過共振偽装 で指向性のある魔法に作り変えたせいでしょう。私のニセ奥義…一度は押し切れるほどだったはずが、冷華さんに魔力の収束のコツを教えてしまったのか、冷華さんまで私の魔法は届かず、二人の魔法が硬直してしまう。ここからは意地の張り合いだった。
「ふ、あ、ああああぁっ!」
「だ、だめ、です、押し切られ…?!」
持っている魔力の差が出始める…押し返され、冷華さんの放つ冷気の雲が私の目の前まで迫って、指先が雲に触れた途端に、氷の結晶が手に張り付いて凍りつき始める。凍りつく恐怖に魔法が解け掛かる。その瞬間、頭の中に声が響いてきて。
― くっくっ、面白い、妾も力を貸してやろうぞ。どれ… ―
(なっ、やめっ!)
頭の中の声にかき回され、思わず片手で頭を押さえてしまう。片手は既に凍りかかっていたけれど、必死に下ろして隠していた白と金のくせっ毛が立ってしまった瞬間、私の凍った手が一瞬で元に戻って、次に紡がれた言葉は、私の意志ではなかった。
「嬢の為じゃ、引き分けにはしてやろう。くく…」
私とは違う意識が妖気を多分に含んだ魔力で冷華さんの魔法に干渉する。私の尽きかけた魔力が一転桁違いの圧力を放ち、やや下向きに発した後真上に持ち上げ、二つの魔法そのものを上へと打ち上げた。その結果に満足したもうひとつの意識はそのまま意識の奥へと引っ込んで。私が気付いた時には、疲労困憊の冷華さんが膝を付いていた。
「はっ、はあっ…相殺…ですわね。まだまだ、と言いたいところですが…魔力が尽きてしまいましたわ。」
「私も…もう戦えそうにありません…。この勝負、引き分けでいかが…ですか?」
相手の魔力を捕らえられないほど弱ってしまったか、とも思ったけれど、どうも違ったみたい。家、私の魔力もほとんど尽きているのだけど、冷華さんも魔力が尽きて、捕らえられなかったみたいね。正直二人とも継戦は出来そうにないと思って、引き分けの提案をする。呑んでくれるとは思うけれど…。
「決着まで戦いたいのは山々ですが…生憎魔法なしの肉弾戦は趣味ではありませんし。満足に戦える気がしませんの。その提案受けますわ。」
冷華さんはさも残念そうにそう返答してくる。手元の腕輪を操作しているわね。とと、私の腕輪が震えてる。なに?『停戦依頼』…そっか、停戦時にも腕輪を使うんだっけ。どちらか一方が提案し、相手が承認という段階がいるのだったわね。承認、と。ちなみに30分経っても反応が無い場合も継続か停戦、終戦(決着)かを選べるみたい。停戦は引き分け扱いになる。勝敗決定時は、対戦相手の腕輪に触れて、敗北操作をするか、対戦相手自身が敗北操作をすればいいらしい。相手を倒しても共倒れなら引き分けになってしまうらしい。『停戦承認』と文字が出る。この時点で冷華さんとは戦闘終了になった。
「だ、大丈夫ですか?!私ものめり込み過ぎて…酷いコトを言った気がっ!」
魔力はともかく、体力にはまだ余裕のある私が駆け寄る。身体能力は、一度魔法戦になればあまり意味を成さない。魔法で強化も出来るし、身体能力以上の力を発現できるのが「魔法」だからだけれど。
「大丈夫…ですわ。まさか同じ魔法を使われるとは思いませんでしたが…。これでも南小路家の奥義の一つだったのですが…。それに、最後の相殺まで魔力を温存する強かさ…。流石にエキシビションであそこまで戦っただけのことはありますわ。」
…どうしよう。最後の相殺が私の不可抗力だと思ってない…。説明もし辛い上に、自分で話をややこしくするのも気が引けた。…うん、話に乗っかっておこう。
「いえ、そんな…。冷華さんも、あのタイミングで魔法を指向性に出来るセンス…流石でした。」
これは本心。正直、あそこで決着できると思っていた。慢心だったかもしれないけれど…。
「あらあら、もっと褒めて下さっても良いのですわよ?」
機嫌を良くして手で髪を流す。その仕草までもがお嬢様っぽい…羨ましい。
「あはは…。あ、南小路家というのは代々水と氷を扱う家系、なの…かしら?」
相手がお嬢様だと思って気を使ったせいか、語尾が変になってしまった。恥ずかしい…。私はもちろん冷華さんも、対戦相手とは思えないほど負の感情は無かった。だけど、ここに来て、冷華さんの言葉が止まる。あれ?地雷踏んだ?
「…ええ、そうですわ。水神に使える巫女の家系…女系一族ですわね。男性を婿に取り、女性が家督を継ぐと言う、珍しい家系とはよく言われますわ…。私、この家系に縛られた考えが嫌いですの。古いしきたりなのですが、母も仕方なく祖母の意向に逆らえなかったと言っておりました。私こそ、この流れを断ち切るべく、自らこの学校に志願したのですわ。それより…貴女こそ、隠れた名家とかではありませんの?御姉様の佇まいなど、普通の家系ではあそこまで洗練されませんわ。貴女にも似たような雰囲気を感じますし…。」
…今度は、冷華さんが私の地雷を踏み抜いた番だった。性格的には悪くないのでしょうけど、相性が悪いのかな…。
「別に名家、と言うわけではありませんが、私達の家系もちょっと特殊で…。アヤカシを研究し、自らの力として取り込む、学者と魔術師の中間のような家柄です。古今東西のアヤカシを使役する家系…妖魔術師、もしくは妖怪研究家の九重明名って聞いたことありません?」
別に悪気があるわけではないのでしょうし、私も聞いちゃったからごく自然な思考よね…。そう思って返答していく。妖怪、化物の研究者としては、私の父が若干有名だったハズ。思い当たるふしがあったみたい、冷華さんは手をポンとたたいて。
「まぁ!聞いたことがありますわ!『妖怪変化のオーソリティ』『化物怪物の研究家』九重明名さん、でしたか。その御息女でしたのね!魔法と妖術、魔術に精通し、自身も魔術師であること、聞き及んでおりますわ!…ですが、今はご両親ともに…。」
何その若干引っかかるキャッチフレーズ。危ない気がするけれど気にしちゃいけない気がするからスルーしよう。
「ええ。3年前から、表向きは失踪…行方不明になっています。姉様も、その日から行方知れずになって、昨日、再会したんです。」
それで納得してもらったのか、申し訳無さそうに表情を緩めてくれた。妖魔術師には、それ以外にも知られてはいけない秘密がある…。妖怪、化物、モンスターを取り込んで、自らの力にしていると言う秘密。私達も例に漏れず、姉が15歳になった日に、私は猾狐と言われる妖狐を取り込んだ。…私は記憶が曖昧なのだけど姉様と私の取込の儀の時に、何かがあったらしい。私が妖狐を取り込んで意識を取り戻した時には、両親は物言わぬ石像となっていた。姉は『私が悪い』の一点張りで、何も語らずに行方をくらましてしまっていた。私では両親の石化を解除出来ず、今に至る。解決法を探す為にも、魔法の情報が集まる学校へくることが必要だった。冷華さんが話を続ける。
「ごめんなさい。つらい事を思い出させてしまったみたいですわね。詳しくは聞きませんわ。それよりも、先程の戦闘前に言っていた情報ですが…。」
話した甲斐があったのか、戦闘した甲斐があったのか。冷華さんは私の知りたい情報を教えてくれる気らしい。
「はい。ですが、ルートはもういいです。多分姉様には気付かれていますし、いまさらですね。ですが、姉様について、何か感じたなら教えて欲しいです。姉様、両親が行方不明になってから姿をくらませてまして…私も正直感情的になっているのがわかるんです。客観的な姉様と言うのは、どんな感じなのか、教えて頂けますか?」
「真宵さん、でしたわよね。私から見た彼女の感想は『無味』ですわね。恐らく作為的だとは思いますが…。質問を返しますけれど、あれだけの戦闘を繰り広げて、陽狐さんは注目の的だったのではないですか?」
ん、観察眼を働かせるまでも無い事象だろうけれど、その通りだった。
「…その通りです。昼休み明けまで、質問攻めになってしまいました。」
「…お察ししますわ。ですが、真宵さんにはまったくそういう騒ぎが有りませんでした。異常な騒ぎも無いことに私は異常だと感じましたが…それすらも感じていない人がどれだけいたのでしょうね。」
「…!」
負けた私ですら昼休みを潰したのに、勝った姉様が何もなし?!確かに作為を感じた。
「確かにそれは異常かもしれません…ですが、姉様って、どこか近づきにくくありません?私は昔姉様怖いくらいでしたよ?」
「それは姉としての矜持と例の作為だと思いますわ。厳格さはありましたが、他人にそれを求める雰囲気は感じませんでした。むしろ、優しさを隠すように行動する方のように感じましたわね。本日、校内の詳細説明が行われたのは言いましたわよね?」
姉様なら、そういうことも出来そうな気がする…注目されなくなるような術なんて、あるものかしら…。姉様の失踪中の3年の間に覚えた術?まぁ、今はそのことについて考えても意味は無い…かな。
「ええ、聞きました。高等部だけは今日だったのですよね?」
「その通りですわ。その時ちょっとしたアクシデントがありましたの。生徒が一人、足を引っ掛けて転びそうになったのです。その際に、真宵さんが魔法で重力を調整したのでしょうね。転ぶ前にその生徒は宙に浮いていましたわ。その時の真宵さんの顔…とても懐かしそうで、優しそうでしたわよ?」
…なんと、そんなことが…。昔、私も転びそうになったのを、同じように助けてもらったことはある。懐かしそう、ってそういうことかな…。
「そう、ですか。」
「ふふ、仲違い以前に会えていなかったのでしょう?客観的に過ぎる意見かもしれませんが、会うことができれば意外とすんなり話が出来ると思いますわ。」
会うことができれば、ね。今日は流石に無理でしょう。気づかれていなくてもB棟内を調べる力なんか残ってないし…。
「ええ。貴重な姉様の話が聞けて、ありがとうございました。」
客観的に見た日常の姉様、これはこれで意味があったと思う。ちゃんと、感情的にならずに話をしようと、思う。
「礼には及びませんわ。私こそ、委員の決定権を捨ててまで姉に会いたい、という中の貴重な時間を戦闘に割いて頂いたのですし。」
…え?…あ!忘れ、てた…っ!今日は放課後に委員の決定の為に残るとか残らないとか…。確かに参加は任意だったけれど、勝手に委員に任命されるのは目に見えていた。
― くっくっ…。 ―
意識に響く声…このタイミングで笑うって事は…。
(知ってて黙ってたわね。最低。)
― 一方的に毛嫌いしている嬢が…都合が悪くなれば妾の所為かの?戯けにも程があるの、そもそも… ―
(…もういい、消えてて!)
― 嬢も短気じゃのぅ…まぁよいわ。妾に何かあるなら次はまともに会いに来るのじゃな…そら、目の前の小娘が呆けておるぞ?くっくく。 ―
…しまった。いらないチャチャが入って目の前に気を配らないなんて…変に思われちゃうっ!
「どうしましたの?陽狐さん。陽狐さん?」
「あ、す、すいません!大丈夫です。ちょっと今の委員についての話を忘れていたので…。出来れば戻りたいな、と。」
放課後直後とは別の意味で一刻を争う事態になってしまった。私ってば、姉様のことで気が動転しすぎよ。っと、こんなことを考えている時間も惜しい。
「まぁ。では早急に移動するといいですわ。ごきげんよう。御武運を。」
クスクスと笑みを浮かべ、別れの挨拶をされる。ごきげんようなんて言う人初めて見…だから、急がないと!…魔力チェック…まったく足りる気がしないけれど残りで行ける所まで行くしかないわね…!ありったけの魔力を足に集める。
「では、またですっ!行きます!ありったけの…七重『音足移動 -連』!」
足を鳴らした途端、私の姿がA棟へ向かって高速移動して。いく。若干あんぐりとした冷華が思わず誰もいない空間へとつぶやく。もちろんわたしには聞こえない。
「陽狐さんは魔力の回復まで早いのですわね…その上あの魔力の応用力…次は負けませんわ。秘策も有りますし…。」
・・・・・・・・・・
・・・・・
・・・
「もう、嫌…。」
恐らく今日一番の全力で教室へ戻ってきた。A棟校舎の前で魔力の尽きた私は、教室まで走ってきたのだけど…教室内に入った私を迎え入れたのは人ではなく、黒板の右端付近に書かれた『風紀委員 九重陽狐』という文字だった。そのまま、扉を閉めて教室を後にする。とぼとぼと帰路に着いて。…うん。明日もがんばろう…。
次話未定…がんばります。




