臆病者ゆえに戦う
ケンゴは自分の弱体化を感じていた。本来なら今回残像を二、三体出した時間なら十倍程度は出せていた。
つまり、危険に対する回避能力が下がったことを意味する。ケンゴは投げていた、正座をさせられながら。
「いや、本当に脅かして、すんませんでした。いや、でも剣を突きつけられたら抵抗しても仕方な……」
「自分がモンスターだっていきなり言えばそうなるに決まってるでしょ!」
少女は怒りのままケンゴの脳天にチョップを決める。
「っつ~…。Lv1のくせにあんたの頭なんでそんなに堅いのよ!」
「いや、不良と対面した時に頭をかち割られないように鍛えましたので。それと、モンスターを名乗りました件については先程も説明しましたように異世界から来たので知らずに…。」
ケンゴと少女がお互いに閉口した後に少女がケンゴに事情の説明とステータスの詳細の確認をさせ、地球とは異なる世界イグランダという名の少女が生きる世界について、最後にエーラという己の名を告げた。
そう、ケンゴは転生(?)をしていたのだ。おそらく(?)の部分はゾンビになることは転生というのかという部分の(?)だ。姿形も思考回路も同じだが、ステータスには転生と書いてあるので転生である。
称号やスキルにはタッチすると少々の情報がアップされる。
『転生(?)者』はスキルの習得に補正がついて、『進化する者』は進化に補正があるらしいが、エーラにも謎らしい。
残りのスキル二つは『逸脱者』が全体的な成長に過剰補正、『アイテムボックス』はゲームのアイテム収納のように異空間にアイテムを収納できるという説明であった。
ステータスの数値は本人の能力値ではなく世界のシステムによる補正であることも説明されている。
「はぁ…貴方の処遇を決めなきゃいけないわね。モンスターなんだからこのまま倒しちゃうのがいいんだけ…ど。私が倒そうとしたら貴方どうする?」
「…思いっきり逃げるか、エーラを催眠術で操るか、エーラの遺伝子を徹底解明してなりすますか…」
「ストップ。最後のは良く分からなかったけど何故か鳥肌がたったから止めてちょうだい。とりあえず、倒すこともできず、放っておけば騒ぎになりそうなことも分かったわ。」
エーラは額に手をつき頭を振りながら溜め息をつく。しばらくエーラが思案して口を開いた。
「貴方、冒険者になりなさい。貴方は法律とかルールとかいうものに弱そうだから身分も国籍も持たない者にもなれる唯一の職業である冒険者になるのが一番安全そうだわ。」
「冒険者とはエーラさんの就いている職業で危険いっぱいな上にモンスターとも戦って労災保険等といったものが一切ないハイパーリスキーな職業のことですか?……人間簡単に死ぬんですよ!何を考えてるんですか!!」
イグランダの世界中の子供達が一度は憧れる職業である冒険者。実際は年中己の身を危険にさらさなければ収入を得ることがほとんどできない職業である。
「貴方、人間じゃなくてゾンビよ。しかも、ゾンビチキンマン。ゾンビなんて神話の中でしか聞いたことないけど、動く人間の死体なんだから大丈夫でしょ。」
「そんな殺生な…」
ケンゴが子犬のような目でエーラにすがる。
「いいからやる!」
「はひ!」
キョウゴク ケンゴは強気な人物には比較的弱いのである。
* * * * * *
「先輩~、先輩って冒険者歴何年ですか~?」
エーラとケンゴの両名はダンジョン脱出をしようと歩を進めていた。
ダンジョンの内部には一階毎にレポートクリスタルという結晶体があって、それに触れて『地上』『リトライ』のどちらかの言葉を念ずるか口に出すかすると瞬間移動させてくれる非常に便利なものであり、ダンジョンの登り階段のあるフロアに設置されており、クリスタルの近くに魔物は何故か寄らず、冒険者達からは安全地帯と呼ばれている。
安全地帯には先程ケンゴ達がいたようなクリスタルのない中継地点と呼ばれるものも存在する。
「一年半よ。」
「ケッ、ルーキーかよ。」
冒険者は通常冒険者登録をしてから二年をルーキーと呼び、二年から五年間を中級者、五年から後はベテランと呼ばれている。
「えぇ、ルーキーですけどなにか?命懸けで頭蓋骨割りにいくわよ?私はこれでもルーキーの方では上なんだから。」
「へー、じゃあなんでそんな先輩が初心者ばっかが来るって言ってたこの初級ダンジョンにいるんですか?」
「ちょっとした腕試しをしに…っと、モンスターが現れたみたいね。」
突然エーラが歩を止めて50m程先にある曲がり角を見詰めた。すると、その曲がり角から犬の顔をもつ二足歩行の魔物が三体現れる。
「コボルトね。ここのダンジョンみたいな初級ダンジョンにはよく現れる魔物よ。」
「ファイト!先輩!」
「あんたも男なんだから戦いなさいよ!それに、冒険者になるだから経験つんどきなさい。」
「いやいやいや、殺したら呪われるかもじゃない!!無理無理無理。」
首が千切れるかの如く首を横に振るケンゴ、そんなものはお構いなしとエーラがケンゴの背中を押し飛ばす。
「ほとんどのモンスターは悪意によって生成されているから魂は持たないわ。それに呪いなら教会の人間なら解けるわ。」
コボルト達が眼前に現れた子犬のように震えるケンゴに襲いかかる。
「「「無理無理無理、コイツら剣持ってるのに対して俺は素手だよ!?どう考えても勝てるわけないよね!?」」」
「…そんな分身しといて良くそんな事が言えたわね…。その勢いで蹴りでも入れればいいでしょうに。」
「「「「このスピードは逃げるためのものだからぁぁ!」」」」
更にスピードが上がり分身が増えるケンゴ、コボルト達はケンゴの素早すぎる動きに翻弄されて動けないでいる。
「…一つ例え話をしてあげましょう。ダンジョンのモンスターは定数以上を倒さないと外に溢れる出るの。貴方がこのモンスターを倒さなければ次の瞬間にはモンスターが何体か外に出て、そのモンスターが人を襲う、襲われた人の怨みはもしかしたら…」
「死ねぇぇ!!この犬顔めぇぇええ!!」
エーラの脅しにまんまと流されたケンゴはいくつもの残像ができるスピードのままでコボルトに飛び蹴りを食らわせる。
「本当に単純な構造してるわ……ね。って、えげつない威力の蹴りだわ…。」
コボルトがどうなったかというとミンチである。まるで、バトルハンマーか何かで殴られたようなミンチ具合だ。
原料コボルトのミンチ達は数秒経つと姿を消して別の何かに姿を変えた。
「ん、アイテムドロップに変わったわね。貴方が倒したんだし貴方が拾っていいわよ。折角だからアイテムボックス使ってみたら?」
ダンジョン内では倒された魔物はドロップアイテムへと姿を変える。
7割方ダンジョン外で倒したほうが利は多いが、解体にかかる時間やたまに落とすダンジョン外では手に入れられないレアアイテムのことを考えればダンジョンも中々捨てがたいものである。多くのものはダンジョンをレベルを上げることに使う。
既にアイテムボックスの使い方はステータスプレートのアイテムボックスをタッチすることによって得られた情報によって取得ずみだ。
ステータスプレートを出現させた時と同じくただ『収納』と念ずるか口にすればいいだけだ。
ただし、使うという意思がなければ発動はせず、日常会話で『収納』などと言っても発動しないそうだ。
ケンゴはコボルトのドロップアイテムである『コボルトの毛皮』×2、『コボルトソード』の3つに近づき『収納』と呟くと3つのドロップアイテムは三秒ほどかけて透明になって消えた。
「便利ね、アイテムボックスって。国籍とか諸々あったら商人でも出来たかもね。」
「どうしてもなきゃ無理ですか?」
「何処かの誰かも分からない奴の売ってるものなんて貴方買いたいの?」
「買いたくないです…。衛生面が怖すぎる。あっ、後さっきピコーンって音なりませんでした?」
「あぁ、多分それはレベルアップ音ね。自分にしか聞こえないないから魔物から隠れてるときに音でバレたりなんかはしないからね。ステータス見てみれば?」
「そうですね。ステータスオープン。」
* * * *
名前 ケンゴ キョウゴク
種族 チキンゾンビマン
Lv 2
HP 23(8↑)
MP 12(4↑)
STR 10(4↑)
INT 6(3↑)
DF 9(4↑)
MDF 5(2↑)
称号
『転生(?)者』『進化する者』
スキル
逸脱者Lv2
* * * *
「おぉ、ステータス上がってました。」
「Lvが低いうちはステータスが上がりやすいから慢心しちゃって体を鍛えなくなるルーキーが多いってギルド長がこの前嘆いていたわ。」
「それより、後どれくらいでここから出られますか?」
「初級ダンジョンだからそこまで長くないわ。せいぜいあと一時間程度でつくわ。」
「一時間…以外と長いなぁ…。」
「そう心配することなんてないわよ。モンスターと出くわすのは多くてもあと4~5回程度だと思うわ。っと、噂をすればなんとやらね、ほら、行ってき…」
「消え去れぇぇええ!」
エーラがモンスターの出現を言い切る前にケンゴは走りだし、先程手にいれたコボルトソードでコボルト達を斬殺した。
「本当に扱いやすいわね…。」