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Stray Cat  作者: 輝血鬼灯
3/7

3.猫の楽しき日々

 ゾイは当初何度かわたしを追い出そうと奮闘していたが、懲りずに毎日足を運ぶと次第に諦めたようだった。もう顔を見るだけで皿にミルクを入れて出してくれるようになったので、ありがたく頂戴して書類仕事らしきものをしているその横顔を眺める日々だ。

 酒場にいない時のゾイは街中を密漁者について調べ廻っているようで、いろいろなところに出かけている。

 ゾイが店にいない時は、どうやら彼らの仲間らしい酒場の店主がミルクを出してくれた。店主は何本も生えた金色の尻尾が美しい妖狐で、にこにことわたしを出迎えてくれる。

 ゾイが出かけている時は大抵酒場で待つのだが、それだけだと退屈なので時折ゾイの匂いを辿って調査にわたしもついていく。

 たまにゾイが正面から入ることのできない高級酒楼などにも忍び込んで、たぶん目をつけているのはこいつだろうという人間の会話をこっそり聞いたりしている。密漁者の情報であれば、わたしも知っていて損はない。ゾイにも教えてあげた方がいいのかもしれないが、さすがに猫の姿で喋るわけにもいかない。

 密漁者改め密売組織は酒楼を取引場所として何度も商談を重ねているようだった。やはり名目は王子の病気治癒のためなのか、回復効果を持つ幻獣の名がよく出てくる。

 ゾイはゾイで奴らの足取りや行動など地道に調査の成果をあげているらしく、組織の長たる破壊神様とよく話をしている姿が見られる。わたしは話が終わった頃を見計らってゾイの部屋に猫の姿を見せる。

 今日もゾイに撫でてもらおうと別室で書類を睨み付けている破壊神様に頭を下げてから部屋に向かう。しかし何故か、気配はあるのに姿が見えない。おかしいなと寝台の上に飛び乗れば、珍しいことにゾイがそこで寝ていた。わたしはその寝顔をさかさまに覗き込む。

 ふと、眠るゾイの意識の中を覗いてみようかという気分になった。そうすれば彼の本音も、どうして自分がこの少年に興味を持っているのかもわかるかと思ったのだ。

 今まであまり使ったことのない魔術だけれど、確か簡単にできたはずだ。相手の体に接触する必要がある上に意識がはっきりしていてこちらを拒絶しているような相手に対しては難しい。いつものゾイにやると気づかれそうだが、眠っている今ならいけると思えた。

 そうっと近づいて、前髪がさらりと流れる白い額に自らの額を近づける。

 が。

「!」

 ぱちりと目を開けたゾイが咄嗟に腕を振り払った。わたしはそれに巻き込まれてぽてりとベッドの下に落ちる。

「え?! 今何か叩き落としたような……ああ! 猫!」

 ……寝ている間に勝手に意識を読もうとした上に起こしちゃってすみませんでした……。

 飛び起きた際にずれ落ちた掛け布と一緒にわたしを腕の中に拾い上げてくれたゾイが、珍しくも寝ぼけた顔をしている。わたしの猫毛皮にぼんやりと頬をくっつけながら、またベッドに横たわった。

「わり……眠くてさ、ミルク……また、あとで……な……」

 そのまま健やかな寝息を立てて、ゾイは再び眠りの中に落ちていく。わたしを軽く抱く彼の腕はやわらかで、抜け出すのは簡単だ。

 けれどわたしはもう、無理に近づいてゾイの意識を読もうと言う気はなくなっていた。わたしに触れる手の温かさに、なんだかそんな細かいことはどうでもよくなっていく。


 ◆◆◆◆◆


 夢を見た。

 ぽかぽか日差しが振りそそぐ原っぱ。明るい緑色の草の感触が心地よい。

 トカゲたちが何匹も集まって倒木の上で日向ぼっこをしていた。大きいのから小さいのまで、種類違いも混ざっているようだ。

 とても気持ち良さそうだったので、わたしも混ざりたくなった。トカゲたちに合わせて体を小さく変化してそっと近づく。

 そうしたら一瞬前まで気持ち良さそうに眠っていたトカゲたち。すぐに起きてわたしに気づき、みんなあちこちに散らばって逃げちゃった。


 ◆◆◆◆◆


 目が覚めたらゾイがいなかった。

 部屋の中には猫の姿をしているわたしのためにだろう、ミルクの入った底の浅い皿が用意されている。

「ゾイなら出かけた」

 疑問に答えてくれたのは、扉の外から顔を覗かせた破壊神様だった。

「目をつけていた標的が急に動き出したと、馴染みの情報屋から連絡があったものでな」

 そっか。残念。

「仕方がないから、今日は我がお前の相手をしてやる」

 いえ、天界最強たるお方にそのようなことをして頂くのは畏れ多すぎますので謹んで辞退いたしま……。首根っこを掴まれて、わたしはそのまま破壊神様に運ばれていった。

 もう時刻は真夜中だ。辺りが暗く、花街の明かりだけが華やか。人目につかぬ建物の屋根の上に座り、破壊神様はわたしを膝の上に乗せる。

「……随分派手にやっているようだな。街中で少し噂になっているぞ」

 噂?

「酒場でも人気のようだ。もふもふだと。わたしにはその大きさだと冬眠明けの大トカゲのように見えるが」

 破壊神様には変化の術が効いていないから、わたしは本性そのままに見えている。猫の姿に変化しているとは知っていても、この白い鱗を撫でる気はしないに違いない。

 わたしは破壊神様から徒然と話を聞かされた。下の酒場の店主である妖狐のお兄さんとの協力関係だとか、ゾイ以外の“処刑人(ディミオス)”の構成員の話だとか。恐らくただの人間には話せないだろうことを。

「お前も何か言え」

 と言われましても、偉大なるお方のお耳を、ナバートの森はどんぐりが美味しいとかそういうとりとめのない世間話で煩わせるなど。

「偉大も何も我は神とは言っても主神の被造物。お前も間接的にはそうだ。創造主にとっては息子と孫くらいの違いしかないだろう」

 孫からしてみればたとえ同じ祖父の血を引いていても、実父と伯父や叔父相手では口を利ける気安さが違うと思います。

 何か聞きたいことあったかな。あ、そうだ。

「ゾイが我の正体を知っているかだと? 口に出して明確に教えたことはないぞ。だが我は幼児だったゾイを拾った頃……十年以上前からずっとこの姿を変えていないからな。察してはいるのだろう」

 人間としては声変わりしているかどうかという十代半ばの少年がずっとその姿だったらそりゃあバレるでしょう。

 ゾイはなんでそれを追求しないのだろう。

「まぁ……ゾイの方もいろいろあるからな」

 そんな言葉でわたしの疑問を流した破壊神様は、星に向けていた視線をわたしに戻す。

「……お前こそ、何故ゾイに会いに来た? 何故奴に懐く?」

 何故と何度も問われる程に深い理由はない。密売組織から助けられて興味を持った。それをそのまま伝える。

「それだけか?」

 聞いた破壊神様は拍子抜けした顔になる。

「そうか。……まぁ、切欠などそんなものかもしれないな」

 そして半ば独りごちるように星空を見上げる。わたしはその顔を更に見上げた。

「我も人間に興味を持ったきっかけは、その昔人間に助けられたことだった」

 (いにしえ)から存在し何度も生まれ変わり地上で生きることを選んだ方は、神話の頃の記憶を懐かしそうに語った。

「……人と関わることは我らにたくさんのことを教える。歓び、怒り、苦しみ、悲しみ。人とそうでないものが情を築くなど絵空事だ。人の社会に溶け込んで生きているように見える者たちでさえいつまでも苦労している」

 たとえば酒場の店主をしている妖狐。たとえばお隣の吸血鬼娼婦。

「ゾイに関わるなとは言わぬ。だが、我は勧めない」

 先程まで見ていたトカゲの夢を思い出す。

 種族の違う者たちが共に生きるのは難しい。

 他の生き物たちがまろぶように逃げ出した原っぱに、わたしはいつもぽつんと一匹残されるばかりだった。

「それでも傍にいたいと言うのなら……まぁ、好きにしろ。ゾイはゾイでその気になれば、お前程度振り払うだけの実力はある」

 そう言って破壊神様はゆっくりとわたしを膝から下ろした。軽い身のこなしで飛び降り屋根の上を後にする。

 わたしは屋根の上、星明りを浴びるようにしばらくそこでじっとしていた。

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