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Stray Cat  作者: 輝血鬼灯
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1.薄暗い出会い

 その時、わたしはうかれていた。ようやく安定して空を飛ぶことができるようになったので。

 これまで間違ってものにぶつかったり途中で墜落していたりわたしがようやく風を切る感触を自分の羽で操れるようになったその時、何もないように見えた空間にぶつかって地面に落ちた。

 高さとしては森の木の背の高いものとおなじぐらいの高さしかなかったので墜落しても怪我こそしなかったが、何もない空に見えない何かがあってぶつかったとなればやはり驚く。ぽてりと間抜けな感じで空から落ちたわたしのもとに、人間が数人やってきた。

「おい、また一匹幻獣が引っかか……うわぁー! なんだこれー!」

「変なのがかかった!」

 誰が変なのだ。わたしを見て失礼にも目を丸くする男たちは、先程の透明な網らしきものを回収してそれを今度はわたしに被せた。墜落の衝撃から回復しきっていなかったわたしは、あっさり彼らに捕らえられた。

 俗に言う密漁者、それも幻獣専門の狩人たちだ。先程の見えない何かは不思議な硬度と弾力を持つ幻獣捕獲用の網で、抜け出そうにも抜け出せない。

 彼らはわたしを抱えたまま、森と人里の間に隠すように設けられた簡易組み立て式の小屋へと足を踏み入れた。ここがアジトなのだろう。

 それなりに広さのある部屋の中、わたしと同じように捕らえられた幻獣たちが陰鬱な顔で身を丸めている。彼らは薄暗い部屋の水槽や鉄格子の檻の中に閉じ込められ、わたしもその中の一つに一匹で収められた。

「今日は大収穫だったな」

「ああ」

 朗らかに笑い声など上げて出て行く密漁者たちを見送ると、複数の檻の中から溜息と絶望の声が上がった。

「なんだい、坊や。お前さんも捕まったのかい?」

 わたしに坊やと呼びかけてきたのは、手前の檻の中の狼の御婦人だ。人語を流暢に喋る狼の問いに、まだ人語の聞き取りはできても発声できないわたしはこっくりと頷いた。

 幻獣。強い魔力や他の生き物にない特殊能力を持つ生物。普通の獣と違うのは、内在する魔力によって人語を操れる者が多いことだ。見た目はただの獣に近い種族でも幻獣であれば魔力を持ち、人語で会話することができる。人間の魔術師のように様々な術を使える種族は少ないが、その分種族ごとの特性は強い。

 その特化した能力故に、怪我を治したり不老不死を与えたりする力を持つ生き物として時に人間にとって乱獲の対象となることもある――。

 わたしは自らを含む幻獣科幻獣属の生物たちが集められている部屋を、狭い檻の中から見回す。ここは一体どこなのだろう。

「どこだっていいさ。人間の街の近くということが変わらないならね」

 わたしが捕まったのは確か、人間の地名で言えばタルティアンという国の中のはずだ。わたしがいつも(ねぐら)にしているこの森は、ナバートの森。

「それとも坊や、お前さんには助けてくれるあてでもあるのかい? お前さんの一族なら、この檻だって噛み砕けそうなものだけど」

 期待を込めた眼差しに、申し訳ないながらもわたしは首を横に振る。部屋の檻のあちこちから失望の溜息が漏れた。

 確かにわたしの種族の成体ならばこのぐらいの鉄の檻を噛み砕くのは容易いだろう。だがわたしには生まれた時から両親がいない。元々個体数の少ない種族なので、自分以外の同胞に会ったこともないくらいだ。御期待に沿えず申し訳ないが、わたしを助けに来るあてはない。

「坊や、あんたは恐ろしくないのかい? このまま人間に売られ買われ、散々利用されたのちに殺されるのが」

 狼の御婦人はそう問いかけてきた。わたしは首を傾げる。

「まぁあんたはそれでも良いだろうね。あんたのように珍しい種族は、よほど暴れでもしない限り人間どもも邪険に扱いはしないさ」

 そうなのだろうか。わたしは捕まった時も不思議な網が容易には破れなかったのでさっさと諦めた。だから余程暴れた場合というのが、どんなことになるのかわからない。

「問題は私らのような年寄りと、小細工なしでも人間にとっ捕まっちまうような弱い連中さ。一通り下卑た金持ち共の欲望を満足させたら、奴らは私らをとっとと剥製にでもしちまうよ」

 しくしくと泣き声が聞こえてくる。部屋の奥の水槽で、可憐な人魚(マーメイド)が顔を覆って泣いているのだ。彼女以外にも、たくさんの幻獣が憂鬱な顔で檻の中で溜息を零している。もう泣く気力もない者も多いようだ。

「みんなここから出たいんだよ」

 ふむ。どうやらこの状況は彼らにとっても、わたしにとってもよくないらしい。ならば脱出の手段を講じてみるべきだろう。

 わたしは口を開けて鉄格子に齧りつく。

「そんなことをしたって……え?」

 うぇ。鉄ってまずい。

 だが、これで檻を砕くのはどうやら簡単だとわかった。ぺっぺっと、口の中の欠片を吐きだして隣の格子も齧る。がりがり。

 狼やその他の幻獣が目を丸くする中、わたしは自分の檻の鉄格子を噛み砕いてようやく外に出ることができた。ついでだからとお隣の檻の鉄格子も外から咥える。天馬(ペガサス)が、人面鳥(ハーピー)が、火蜥蜴(サラマンダー)が、その他わたしも名を知らぬような奇怪な姿の幻獣たちが、息を詰めてわたしの方を注視する。

 二本目の鉄格子を無事に壊し終え、そのまま次に取り掛かろうとしているときだった。

「なんか変な音が……、な、なんだお前! やめろ!」

 部屋の扉が開かれ、一人の人間の男が入ってくる。男はこちらに駆け寄ると、慌ててわたしの口を押さえこんだ。

 空を飛ぶために犬猫ほどの体長まで小さくなっていた今のわたしでは、人間の手で押さえこまれてはそれ以上暴れることもできない。

「誰か! おい、誰か来てくれ! こいつが……」

 一人ではわたしを別の檻に入れることもできないと悟った男が、他の仲間たちを呼ぶ。これではせっかくの脱出もできないと、他の幻獣たちが男を威嚇するようにそれぞれの檻の中で騒ぎ出した。

「お前ら煩いぞ! くそ、何やってるんだ! おい、さっさと……」

「誰も来ないよ」

 開け放された部屋の扉の向こうに、いつの間にか黒い人影が佇んでいた。

 身に着けた衣装もその髪も瞳も、何もかもが影のように黒い。そのくせ肌ばかり雪のような白さで、まるで幽鬼のよう。

 けれどとても綺麗な少年だ。

「な、誰だお前は!」

 わたしや檻の中の幻獣たちは咄嗟に騒ぐのをやめ、息を潜めた。その少年は、これまで出会った人間たちとは違う。

 背丈や体つきの華奢さから判断すると、人間の中ではほんの子どもと言っていい年齢だろう。けれどその細い身から放たれる覇気は、今わたしの口を押さえるのに必死の男とは比べ物にならない。

「これから死ぬ奴は知る必要ない」

 氷のように冷たすぎるほど澄んだ声で、漆黒を従える少年は言った。

 次の瞬間、わたしの口を押さえていた男は声を上げる間もなく絶命する。

 ピシャッと音を立て、斜めに舞った血飛沫が床に線を描く。部屋の外から鈍い足音が響いてきた。

「! お前!」

 彼らは密漁者の仲間のようで、血に染まる仲間と不審な黒い少年の姿に血走った目を向ける。

「ああ、なんだ、まだいたのか。誰も来ないとか言っちゃったよ。どちらにしろ同じだが」

「ほざけ! この人数差で敵うと思うなよ!」

「さっき殺した奴らもそんなこと言ってたぜ。そのまま逃げてりゃ、追わないつもりだったけど……」

 仕方ない。

 少年は淡々とそう言うと、血に染まる刃を再び振り上げる。

 そこから先は、一方的な殺戮だった。獣の目でも追い切れるかという速さで動く少年に一太刀も浴びせられぬまま、密漁者たちは絶命していく。

 血の臭いは獰猛な獣を興奮させるというのに、部屋の中の幻獣たちはみな大人しかった。彼我の実力差をはかることに長けた彼らにとって、少年の実力はあまりにも圧倒的過ぎた。

 灰色の部屋は血で紅く染まり、静まり返る。

 刃を収めた少年は血だまりの中に手をついて、誰かの懐から零れ落ちた鉄色の鍵束を拾い上げた。

 彼はまず人魚の水槽に近づき、怯える彼女にごく自然な様子で話しかけた。

「ここから出したとして、あんたは自力で棲家に帰れるか? 水槽の中じゃないと生きられないとか言わないよな?」

「……! ひ、ひれが乾けば、人間の足になるから、大丈夫……」

「そうか」

 彼は人魚を水槽から出し、続いてその隣の天馬の檻の鍵を開け始めた。その頃にようやく、幻獣たちは少年が自分たちを助けてくれるようだということに気が付いた。

 少年に促され、人魚や天馬が部屋を飛び出す。火蜥蜴が這い出し、狼も開け放たれた檻から飛び出した。

 狼の御婦人は最後にちらりとわたしの方を振り返った。その瞳はまるでこう言いたげだ。

 人間に関わるな。

 けれど忠告は遅く、わたしは目の前の黒い少年に、すっかりと魅入られていた。

 檻の前に膝をつき彼はそっと笑う。もうこの部屋に残っているのはわたしと彼だけだ。

「なんだよ、お前みたいな生き物まであいつら捕まえていたのか? 道理で俺みたいな暗殺者を雇われるわけだ」

 口では物騒なことを言いながらも、その瞳は優しい。

「ほら、お前もさっさと自分の棲家に帰りな……おい、こら、ついて来たら駄目だって」

 わたしはこの少年に興味を持ったので、彼が歩く背後を歩いていた。それに気づいた少年が、顔を顰めてわたしを引きはがし、自分が行くのと反対方向に向きなおさせた。

 わたしはまたその場でくるりと回転し、少年のあとをついていこうとする。

「駄目だって言っただろ。俺はこれから後始末が……ああもう!」

 彼はがりがりと頭をかく。わたしはわくわくと、その反応を見守った。

「……仕方がないな」

 少年はスッと瞳を細めた。次の瞬間その身から発された突き刺すような殺気に、思わず凍り付いて震えだす。一歩、二歩と後退さった。

「……もうついてくるなよ」

 少年は単にわたしにこれ以上後を追わせたくなかったのだろう。それ以上何かしてくる様子はない。しかしわたしは獣の本能として、あまりにも強烈な殺気にしばらくそこから動けなかった。その間に彼は何処かへと消えてしまう。

 彼の言う「後始末」らしき音が聞こえてくる。わたしはその場で項垂れた。


 ◆◆◆◆◆


 わかってはいるのだ。わたしのこの姿は、人の多い街中では目立ちすぎる。彼についていって、また密漁者や幻獣狩りに見つかったら面倒なことになると。

 でもわたしは、それでもあの少年についていきたかった。

 どうしたら問題なく彼についていくことができるだろうかと、わたしは考える。一番いいのは自分も人間の姿に変化することだろうが、空をやっと飛べるようになったばかりのわたしは、まだ人間になるなどという高等な術は使えない。人魚や吸血鬼や人狼のように半分人間の姿を持っている種族ならまだしも、わたしの本性は人間からかけ離れている。

 だが――そうだ。人間の街中にいても不自然じゃないような、他の動物の姿ならどうだろう。人間のように二足歩行の生き物は無理でも、小動物程度なら今のわたしでも変化することができる。

 わたしは少年の匂いを追って、人間の街へと近づいた。今度は密漁者に見つからないように、慎重に飛んでいく。

 城壁によじ登り街並みを観察するわたしの視界に、ある生き物の姿がよぎった。

 人々の足元を通り過ぎる黒猫。塀の上であくびをしてから起き上がって立ち去った三毛猫。花屋で店員と共に愛嬌を振りまくぶち猫。

 そうだ、猫になろう。この生き物なら人間の暮らしに寄り添っても不自然ではない。

 わたしは変化の術を使った。

 元の体色を映して、白い毛並の猫になる。身体の平衡感覚が違って最初は転んだりしたが、少し練習すれば問題なく歩けるようになった。

 よかった。初めて使った術だけど成功した。

 そしてわたしは街中を、急ぎ足に行きすぎる人々に蹴られないよう、気を付けながら歩き出す。

 さぁ、あの人に会いに行こう。

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