第二話 本の中の女の子
「ま……魔物アレルギー?」
何だその嘘みてーなアレルギーは。ベッドの上で困惑する俺に、晴一が詳しい説明を始めた。
「極めて稀なものなんですよねぇ。魔物の魔力に反応しているのか、はたまた猫みたいに抜け毛がダメなのか……治療法の類は未だ発見されていないんですよ」
んなもんがあるのか。今まで魔物なんて見たことも触ったこともねぇから知らなかった。
「で、でも……何で魔物と契約できねぇと改竄師になれねぇんだ?」
「原本は極めて危険なものですから、そう簡単には入れないようにロックがかけられているんですよ。そのロックを解除する方法が『魔物の魔力』を使えることなんです」
「他に方法はねぇのか……?」
晴一は懐から茶色い小瓶を取り出し、俺に向かって投げてよこした。
「無いわけでもないんですよ。それには魔物の魔力を液体にして入れてあります。それを本に垂らせば入れないわけでもない……しかし、原本から出る場合にもそれが必要なんですよ。最悪の場合、本に閉じ込められてしまう可能性がある。そんな人を改竄師にするわけにはいかないんです」
そんな……俺、改竄師クラス以外に入れるクラスがねぇぞ!?
「では、私は優斗くんのサポートに回らなければいけないので……」
「おい! 俺はどうすりゃいいんだ!?」
椅子から立ち上がり、出て行こうとする晴一。奴は含み笑いをしながらこう言った。
「そうですね……翌日のホームルームまでにどうにかできたら、クラスに迎え入れてあげましょう。私、あなたのそのアホみたいな戦闘力だけは買っているんですよ?」
「……どうにもならねぇだろ!!」
マズイ、何とか進級できると思ったら、このザマだ。明日までにアレルギーが治るとも思えねぇし、かといって魔物との契約に取って代わるようなアイデアなんて、俺の頭じゃ思いつきっこねぇ。
「……アイツ、瓶を置いていきやがった」
手元には、魔力が入ってるっていう小瓶。少なくともこれにはアレルギー反応は出ないみてぇだな。
「……いっちょやってみるか」
夜、俺は学生寮に戻らずに学校に留まっていた。生徒はほとんどいないような時間。見回りの教師に見つかったら、きっと早く帰れとどやされるだろう。
「えーと、こっちだったよな」
よし、合ってたな。俺の目の前には改竄師クラスの教室。ここなら魔術原本とやらが沢山あるハズだ。
「俺に合う魔物を探せばいいんだよな。冴えてるぜ」
そう、一口に魔物って言ったって、まんまバケモンみたいなのから人間に近い奴までピンキリのハズだ。俺はその可能性に賭ける。
「……つっても、このビン一個じゃ一方通行なんだよな」
というか、入り方は分かっても戻り方が分からねぇ。……クソッタレ、こうなりゃ当たって砕けろだ。何とかなるだろ。
「カギがかかってやがるな」
原本なんていう危険なものをしまってあるから当然だが、教室にはカギがかかっていた。
「フンッ」
まぁ、そんなものは俺の前では何の役にも立たないがな。扉ごと外しちまった。横に置いときゃいいだろ。俺は中に入り、本棚を物色した。
「お、これなんかいいんじゃねぇの?」
適当に取った本に、手が鳥の羽根みたいになった女が描かれていた。これは人に近いに違いねぇ。これにすっか。
「よし、ビンの中身を垂らすんだったな」
俺は本の最初のページを開いて、そこにビンの中の液体を垂らした。
すると本のページを中心に渦ができ始め、やがて周りを吸い込み始めた。
「う……おおおおおおおお!!!!」
それは一瞬だった。ちょっと目を閉じた隙に、目の前の世界が変わっている。
俺は丘の真ん中にいた。空は晴れ晴れとしていて、空気が澄んでいるような気がする。丘のふもとには大きな湖があり、その中心にはポツンと島があった。
「これが……本の中か」
魔術ってすげぇんだな。本の中にこれが入っちまってるんだから。さて、どっから探索しようか……
「ん?」
急に暗くなったな……太陽に雲でもかかったか? 上を見上げると、何かが上空を飛んでいた。
それは、馬鹿でかいドラゴンだった。かなり高いところを飛んでいる……見るだけでアレルギーが出ちまいそうだ……良くみると、そのドラゴンを追い立てるように矢が飛んでいた。
「……あのドラゴンが、優斗の言ってた元凶ってやつか?」
そんなことを思っていると、矢の飛んできた方向からたくさんの足音が聞こえてきた。甲冑を着込んだ兵士……? これはいったいいつの時代のどこなんだよ。
数十人いる兵士は、俺のことを一気に囲んだ。
「うわっ!! 何だ何だ!!」
何だこいつら!! 一般人に槍なんて向けるんじゃねぇよ!! 一応両手を挙げてると、向こうから偉そうな格好をした奴が馬に乗ってやってきて、俺の前で止まった。
「何者だ、名乗れ」
「怪しいもんじゃねぇよ、ただの……魔術師だ」
偉そうな馬上の男は、俺のことをじろじろと観察しだした。近くで見ると案外若いな。同い年くらいか? 男はひとしきり観察を終えると、部下に向かってこう言った。
「この者をひっ捕らえろ!! 例の牢に入れるんだ!!」
「……ハァアアアアアアア!!?」
どういうことだよ!! この世界で魔術師って、捕まるほどヤバイのか? ……言ってる場合じゃねぇな。槍を構えた兵士たちが俺を捕まえようと、じりじりと寄ってくる。
「偉そうに……やってみろオラァアアアアアアア!!!!」
俺は向けられてる槍を三本ばかり掴み、持ち手もろとも投げ飛ばした。
「何!?」
槍使いは三人仲良く遠くに落下した。ビビッてやがるな。この俺を捕まえるには戦車が八台くらい必要だってことを教えてやるぜ……ん、なんだこの嫌な感触。
足元を見ると、スライムみたいな何かを踏んでいた。
「……うっぎゃあああああああああ!!!!!!!」
そのまま俺が倒れたのは言うまでもない。
……何だ、この感覚? 凄くふわふわしたものに包まれているような、心地いい感覚だ。
あ、俺はまた気絶したんだっけ。不甲斐ねぇ……できればこのいい心地の中でずっと寝ていたい。……そういうわけにもいかねぇか。しゃあねぇ、名残惜しいが起きるとしよう。
目を覚ますと、女の子が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「わっ」
「良かった、気がついたんですね。うなされてたみたいで心配しました」
途端に笑顔になる女の子。外人って、どうしてこんなにキレイなんだろな。肩より長い茶髪のロングヘアに赤いカチューシャがよく似合ってる。
「あ……スマン」
よく見たら俺、膝枕されてんじゃねぇか。慌てて起き上がる。……ここは牢屋の中みてぇだな。
「いえ、いいんです。具合が悪いんでしたらもっと横になっていた方が……」
「いや、大丈夫だ。ありがとな」
クソ、俺が怪しいのはさておき、何でこんな女の子まで閉じこめてやがるんだ? どれ、他にも閉じ込められてる奴らがいるな。いったいどんなメンツが……
周りにいたのは、手が翼のようになり、鳥のような足で、目が猛禽類のように鋭く光った女どもだった。
「うわぁああ!!」
「ど、どうしたんですか!?」
に、認識が甘かった! 挿絵に載ってたのはこいつらだろうが、こりゃどっからどうみても魔物じゃねぇか!!
そいつらは騒ぐ俺を一瞥すると、興味が無さそうに目線を逸らした。
「い、いや、ちょっとな……」
何だ、ここは魔物を収容する牢屋なのか? じゃあ俺とこの女の子は何でここに入れられてるんだ?
「あなた、ちっとも魔物に見えませんね。どうしてここに?」
ん? 今この女の子、何て言った?
「あ、自己紹介がまだでしたね。私、ハーピィの『ルーシア』って言います」
そう言って背中から翼を伸ばす彼女を見て、俺は本日三度目の失神に突入した。