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プロローグ2


「……ん――――んぅ!?」


 声が出た。聞きなれた自分の声だ。彼女、主任はその声を聞いてすぐさま絶句。硬直。二秒間程度の空白の後、崩れたジグソーパズルのような意識を組み上げていく。

 辺りは白だけの空間――そうかと思えば、自分の背後にだけ古い作りの扉が一つ。こんな空間は主任の知る限り研究所には無い。上下左右の感覚がぐるぐる狂い出し、強烈な眩暈に襲われる。

 何故、如何して、在りえない。そんな陳腐な疑問の羅列。しかし打ち切られる事となった。


「はじめまして。主任サン?」

「……誰よ。私は、あの子と一緒に死んだ筈」

「あの子……ああ、君達がMDと呼んでいた彼か。僕の呼び名は色々とある。けどまあ……面倒だ。観測者、とでも呼んでくれよ」


 そう言って、主任の視界にあった白に、微かな靄が混じる。それはうねりながら人の形にまとまって、真っ白な青年になった。輪郭だけがはっきりしていて、強烈な違和感を主任の視界に叩きつけてくる。

眩暈が更に強烈に、なった気がした。


「生憎、そんなものを信じる程余裕のある営みを送っていた訳じゃ無いのだけど」

「でも、事実として僕は僕として此処に居る。それは不変であり確立した事実だ」

「……それで? そんなオカルトな存在である貴方を、死んだ筈の私がどうしてここに居るのかしら」

「簡単さ。僕が此処に連れ込んだ。面白そうだったからね」


 薄く柔らかい笑みを浮かべるその顔は、本心からなのだろう。そう思わせない無邪気と表すべき感情が全身から溢れ出ているようだ。

 思わず毒づきたくなった主任であるが、此処に居ないある存在を思い出し問い詰める。


「あの子は何処?」

「彼は今同一体の僕が対応している。とは言っても、うんともすんとも言わないしイメージする頭も無いみたいでね。君待ちといった所かな」

「……害は加えてないのね」


 同一体、という響きに一研究者として悪寒を覚えたが、置いておいた。そんな悪寒を感じる言葉なんて、あげればきっときりが無くなる。

 主任にとっては、とりあえずMDの無事が確認できればそれでよかった。


「そういえば、LBAだっけ。君達の所の生体兵器。僕には生物兵器と同じ物にしか思えないんだけど」

「教える義務は無いわ」

「彼、どうなってもいいの?」


 ニタニタと嫌な笑顔を顔に貼り付けながら、観測者は主任を見る。唇を噛み、僅かに思い悩んでから情報を売った。


「……生物兵器は生物のみを兵器と見なす定義付けで、生体兵器は生体パーツを使った、或いは生物に戦略的価値のあるものを組み込んだ兵器、と言えばいいかしら」

「そう、それが疑問なんだ」


 主任の言った言葉で、LBAの説明は完結したと考えていいだろう。

 生物兵器が生物『のみ』を兵器と見なすなら生体兵器は生物のパーツとそれに使われた物を『全て含めて』兵器と見なす。

 付け加えるとするならば、生物兵器は脳内に制御用チップを組み込む事ができない。生物兵器の大多数はウィルス投与などによる肉体強化を図る過程で思考能力を大きく失う。そこに情報が多量に送られてくる代物が積みこまれれば正常に機能しないのは当然だ。負担が大きすぎる。

 観測者は心底分からないと言いたげに眉間にしわを寄せ、深く考える仕草を見せた。


「彼の場合なら別に脳だけでも生体兵器として運用できたと思うんだよね。その方が長持ちするだろうし、体が乗る部分が邪魔に思えて仕方が無いんだ」

「……実験体というのもあったけど、理由は四つ。単に、私の最低最悪の自己満足。経費が浮いて別の武装に費用を回せる。脳だけだと少しの事故で大惨事になる。それから、あの子の制作目的から」

「製作目的?」

「多局面対応戦略兵器搭乗用生体兵器素体『HM=TYPE:O/Murder』……あの子の正式名称よ」

「……成程。彼にとって強化外骨格は本当に鎧みたいなものの訳か。つまり、そういう規格で作られてしまったから弄りようが無かった、と……君達の世界は見ていて飽きないよ。狂人の巣窟だ」

「全体を示す場合なら、機体かしら。強化外骨格はパーツの一部にすぎないから。今の機体は中距離対応格闘型だった筈よ。……で、そろそろ私の疑問に答えて欲しいのだけど」


 いらついた声色を隠そうともせず、主任は疑問を吐きつけた。もし感情という物が視認できたのなら間違いなく主任から立ち上る天を突く火柱を誰もが見た筈だ。

 そんな態度を気にする様子も無く、軽薄そうな笑みを浮かべて観測者は「どうぞ?」と促した。火に油を注ぐような行為をいとも容易く行った観測者は、何を思っているのか。


「面白そう、というのは?」

「ああ、そうだった。すっかり忘れるところだったよ。いや、会話というのはいい。彼は何も語ってくれないからね。僕はさとりではないから、何を考えているのかさっぱりだ」


 その気になれば、似たような事は出来るけど。

 内心観測者は呟いた。


「本題だけど、さっき僕は観測者と言ったね」

「観測者……ね。人間以外の生物がすむ惑星でも見て来たのかしら」

「近いね。でも違う。『異世界』というやつさ。君の居た世界の住人が信じていた物理法則が絶対では無い世界。気にならないかい?」


 本題に入り、活き活きとした顔を見せだした観測者。その顔に主任は覚えがある。同じなのだ。意気揚々と何かを作る事に没頭する時の、考える事に欠かない楽しい時間と同じ位の活き活きとした顔。

 まさか狂人の巣窟と称したのはこいつも同じような中身をしているのかと少し考えた所で、是非も無かった。


「気になる」

「切り替え早いね」

「生憎、昔から何でもかんでも知りたいという欲求に悩まされていてね。知る事を諦めたのはある一つの哲学論だけ。LBA開発に携わっていた最初の理由はこれさ。MDも一緒だろう?」

「もちろん。……のちの理由は聞くまでもなさそうだね」


「子離れも親離れも無理そうだ」と観測者は付け足して、主任を見た。

 もう、酷かった。にやにやしていて。高揚しているのがよく分かるくらい顔を赤く染めている。もう一段階上を残していそうだ。

 「さて」そう言って、観測者は話を切り出した。その言葉を、主任からしたらノイズにも等しい雑音が耳に入り漸く意識が現実に戻ってきたようだ。


「そのまま送っても良いんだけど、それじゃあ問題が複数あるんだよ。僕の立場とか。だから、サービスだ。何かしらの物を君と彼に一つずつ贈り物だ。好きに決めると良いよ」

「貴方にそんな事出来るの?」

「一応ね。世界干渉する位の力は持ってるし、あの世界の上位存在とは中々に気の置けない仲を築いていると自負しているから、まあ僕が殺される事は無いと思うよ」


 誰もお前の心配はしていないと毒を吐く主任。そういいながら、何が欲しいか。その問いに全力で思考に没埋する。

 何が良いか。

 まずMD。

 四十四口径機関銃にはリロード方に難が特筆する位にある。弾丸を、口径摂取しなければならないのだ。その度にMDが吐きそうな顔色に為りながらも飲み込んでいくのだから、主任は涙をこらえていた。が、今その事はどうでもいい。

 高周波ブレードも問題無い。現在の中距離対応格闘型も性能的に見れば数の有利を覆す性能を誇るのだから、これの強化も要らない。

 取り除いた消化器官……弾倉代わりのスペース確保の為厳しい。

 ふと、声が出せない事を思い出して。続けざまにある事を思い出した。

 思考能力。遠隔操作用チップが事実上意味を為さなくなった今、ある程度の感情表現を如何なる者の前で起こしてもおかしくは無い。だが。


「確認だけど、あの子本当に反応を見せないのね?」

「嘘を吐く理由は有ると思う?」

「他を貶めたいからとか、考えるだけできりが無くなるわ」

「……君の一生を覗いてみたくなったよ。本当。でも、それは本当さ」

(あの子、素であの反応だったのね。感情表現の仕方が分かっていない……そんな所かしら。将来の人間関係大丈夫かな……あ)


 思考能力は兎も角、感情の有無はチップによって左右されない事が――脳にそれ程ダメージがいってない事を確認できただけでも儲け物かと考えを改めた。

 そこで閃く。

 寿命。MDはその規格上、十年程しか生きる事が出来ない。

 しかし、兵器として以外のありかたを築けるかどうかは、極論を言えば人間になれるかは本人次第だ。


(……将来嫌われるのを覚悟しておくか……でも設備さえあれば最低でも四十くらいまで……――ん?)

「あー……その手があったわ」

「決まったようだね」


 真っ先にその案を思いつかなかった自分を、主任は全力で殴りたくなった。ああ、何だ。最初から決まっていたではないか。

 現状、それさえあれば一応の事は如何にかなる。


「ええ。あの子の方は寿命。そうね、外的要因が無い限り死なない体、不老の存在にしてほしい」

「おや、不老不死は願わないのか。意外だよ」

「それこそ将来的にあの子に嫌われてしまうわ。でも、あの子と一緒にいる為なら、私は何だってするつもりだから。……もう一つ。私の方は――――設備よ」

「設備……確認するけど、君の居た世界のものだね?」

「そうよ。出来れば、私達の居たあの研究所の設備で、規模は出来るだけ小さくていいわ。問題は質よ」


 観測者の声に抑制は無く、しかしその顔はしっかりと堪えるような物に変質していた。愉快痛快、そんな表現が似合う。

 これまで、観測者は幾人の人間を異世界に送った事があった。だが、皆が皆同じような物ばかりなのだ。使い古しのテンプレートもいい所。だが、時たまいるのだ。そういう流れにそぐわない存在が。

 火種をばら撒く、イレギュラーが。

 そういう存在が、観測者を楽しませるのだ。その在り方を、存在理念を、観測者の胸に、頭に、刻み付ける狂人達が。


「……いいよ、分かった。彼への贈り物は『不老』、君への贈り物は『LBA研究所』一つ。それでいいのであれば、扉を設けた。君がそこを出れば、もう異世界だ。心の準備が出来たのなら――――全く、せっかちだね」


 観測者が全てを言い終える前に。

 主任はその姿を、観測者の前から消していた。あたかも、始めから居なかったように。




「……あ、そういえばあの辺り今戦争中だったような……面白そうだ」

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