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密室推理ゲーム・イミテーションズ  作者: DF946
密室推理ゲーム・イミテーションズ
8/12

凍てつく定型を温める

「わかったー」

 ハロウィンマスクをつけたキックラッカーが話し出す。

「警官に変装したお前は仮死状態の被害者をその場で撲殺。凶器は冷凍してキンキンになった大根。現場から凶器が見つからなかったのは、犯人が凶行後に煮付けて食ったからだ。シンクからルミノール反応が出たのはそのせいだろ? 警官が腹減ってたってのが伏線で、大根一本一人で食べきれるように前日から断食でもしてたんだろうよ」

ヒカル〈【ご名答】

 出題者のジャスティス吉田が負けを認めた。

〔なあんだ。タイトルの〝姿を変えた凶器〟っていうのは、大根が煮物になったって事だったんだね〕

ヒカル〈【違います】DF946にジャスティス吉田が答える。

ヒカル〈【凶器が姿を変えたのは、ウ◯コにです】

『フフッ』

 それまでポーカーフェイスだったオルテガが黒服面の裏で笑った。

「教祖様……以外と下ネタ好きなのかな」

「小学生みたいなやつがな」

『そ、そんなことありません。突然ウ○コって単語が出てきたので不意をつかれただけです』

 オルテガが柄にも無く、いつもの低い機械音で弁解した。

「それより、なんだよこの問題は。凶器食べるとか、あるあるにも程があるぜ。ヒカルは前の問題から何を学んだんだよ」

 キックラッカーがジャスティス吉田に不満を並べる。

ヒカル〈【ちゃんと学びましたよ。あなたたちの言うところの新奇性が、必ずしも新しい面白さを生み出すとは限らない事をね。古典のいいところを現代のフォーマットに当て嵌めて新たな価値を見いだす、覧古考新の素晴らしさを学んだんです】

「それが出来てねえじゃねーかよ、お前の場合は。〝新しい酒を古い革袋に入れる〟って言葉知ってるか?」

ヒカル〈【知っていますが。それは断章取義ですよ。私の出題は古典作法の墨守であり、あなたの言い方で言うならこれは〝古い酒を新しい革袋に盛っている〟んですよ。普遍的に酒は、ビンテージの方がおいしいでしょう?】

 お前何歳だよ。未成年だろ。という顔を他のプレイヤーから察して、ジャスティス吉田は「一般論です」と釈明した。

「なら言うけど、ヒカルの当て嵌めてるっていう〝現代のフォーマット〟は新しい革袋になってねぇから。手垢の付いた昔のトリック使って、話の舞台を現代風に変えてるだけだ。そういうのは墨守じゃなくて因循姑息って言うんだよ。「針と糸」でもいいから面白いの作ってから言え」

「ねー、この二人何言ってるかわかる人いる?」

 コウくんのウィンドウ内でパンダが欠伸をしていた。

〔そうだよ。俺らはマスクマンとアニメキャラの論議聴きたくて来てるんじゃないんだから、早く誰か出題して〕

 キャップの鍔で顔を隠したDF946が、あからさまに待ちくたびれたように頬杖を衝いている。

『では私が』とオルテガが手を挙げた。

ヒカル〈【おお、オルテガさん】

〔また? 前回もヒカル君の次に教祖様だったよね。いいよ、早く出して〕

「来いよ大量虐殺!」

 ちょっと……、とオルテガが否定する。

『先に言っておきますが、今回は一人しか殺しません。殺し方を当てさせてばかりだと苦情が来そうなので、趣旨を変えてみました。期待していた方はすいません』

「ええー」とコウくん。

『じゃあ行きます。

 舞台は真冬の北海道です。ある男が、そこに別荘を買おうと思い、新築を見に来ました。その家はなかなかの大きさで、セキュリティーもしっかりしています。

 暖房は……室外暖房機って言うんでしょうか。屋外に備え付けられたもので、屋根も豪雪地帯特有の、ヒーターがつけられた平らなものになっています。

 彼が室内に入ると、まずは薄暗く、肌寒いという印象を受けます。天井が低く閉塞感もありましたが、住み易さが気に入ったので、彼はこの別荘を買う事にしました。

 その別荘の鍵を受け取った彼は、一旦家に帰り、一週間の時間を空けて、また別荘へと訪れます。

 すると、ダイニングルームの一室だけ床が水浸しになっているのを発見します。異変に気付いて彼が部屋を見渡すと、なんとテーブルの上に、真っ青になった死体がありましたーー』

〔えーっと? 一週間まるまる留守にしてた別荘に戻ってみると、死体があった。……密室の中に突然死体が現れたてこと?〕DF946が確認を取る。

『はい。直接の死因は不明。目立った外傷や流血は無く、首の骨が折れています。

 死亡推定時刻は死体発見から数日前、家の鍵は彼と不動産業者しか持っていなく、窓にも全て内側から鍵の掛けられた密室です。

 彼はすぐさま警察に通報しましたが、事情を聞いた警察は彼を逮捕しました。

 でも、勿論犯人は私です。どうやってこの状況を作り出したのか、それをみなさんで考えて下さい。どうぞ』

 オルテガの問題提示が終わったあと、真っ先に質問したのはコウくんだった。

「被害者の性別は? 男? 女? どんな人?」

『それは問題には全く関係ありません。ただの記号としての死体です。みなさんの好きな千田さんでもいいですよ』

〔千田さんは何者なんだよ〕とDF946が笑う。

ヒカル〈【何度死んでも蘇る不死身のOLさんだよね。ちなみにこの前キックさんが蟻に喰わせたOLも、至音くんの発火トリックの犠牲になってトイレで焼け死んだのも多分千田さん】

〔そうだったのか〕

 キックラッカーがオルテガに質問する。

「密室状態を作って、第一発見者に罪を着せたって話だな。……隠し扉とかは?」

『ありません』

「家の中に最初から犯人が潜んで」

『いません』

「じゃあ合鍵を盗んだ。またはその男から一時的に鍵を盗み、型を取って、レプリカの鍵を作った」

『合鍵は管理者によって厳重に保管されています。どちらの鍵も盗まれていません』

「扉や壁を付け替える。針と糸。ピッキングーー」

『今言われたものの、どのトリックも使っていません』

「なら分かった」

 と、キックラッカーが呟き、全員の視線を奪った。

「残ってんのは〝叙述トリック〟だろ? その死体を発見したっていう別荘買った男が犯人で、そいつとオルテガは同一人物だったんだ。

 一週間の間にもう一回別荘に行って、殺しておいた千田の死体を運び込み、何食わぬ顔で第一発見者を装えばいい。そのアリバイ作りがバレて警察に捕まったって話だ」

ヒカル〈【おおお】

『見事にハズレです』

 オルテガに仮説を斬り捨てられ、キックラッカーは顔を傾けた。その素顔は見えないが、映画『スクリーム』でお馴染みの、溶けたような白いマスクを被っている。

『それに後半のような搦め手は全て、このゲームでは敬遠されているはずですよ。私がそんな出題すると思いましたか?』

「えー、敬遠されてるんだー」

 コウくんが、今知ったかのように嘯く。

「別に誰も敬遠なんてしてねーよ。お前が個人的に嫌いなだけだろ」とキックラッカー。

『私は叙述トリック大歓迎ですよ。忌避と敬遠は違います。それに重要な供述にぼかした表現を使うのと、故意に叙述から人を騙すのも違うと思いますが』

「ア? どういう意味?」

 ジャスティス吉田が解説を試みる。

ヒカル〈【つまり、今までこのゲームでは叙述トリックものは出題されておらず、教祖様はそれを〝敬遠〟と受け取った。でもコウくんの問題のように表現を誤魔化すのは有り……という事では?】

「わかんねーよ!」

ヒカル〈【つまり教祖様の出題の中に曖昧な箇所が有り、それに気付かなければいけないというーー】

〔あ、今気付いたんだけど。ヒカル君、隣の子変わってる?〕

 DF946が指摘する。

ヒカル〈【お。気付かれましたか】

 ジャスティス吉田のウィンドウの中で喋っている源ヒカルの隣の美少女が、見慣れないキャラクターに変わっていた。

ヒカル〈【主人公の初恋の先輩、空蝉うつぜみ箒木ほうきちゃんです。空蝉かわいいよ空蝉】

ホウキ〈【よろしくねっ!】

 制服美少女の差分がウィンクに変わる。

「うわぁー痛い」

〔ギャルゲーとかホント興味ない〕

「しかも空蝉かよ」

『誰ですか?』

「光源氏の義兄の元カノ」

ヒカル〈【ちょっt】

ヒカル〈【箒木編の素晴らしさ舐めないで下さい】

『それより、ゲームに戻りませんか』

ヒカル〈【すいません……】

 帽子の鍔で顔が見えないDF946が質問を継ぐ。

〔部屋が水浸しって言ってたけど、なんで?〕

 他のプレイヤーは気にも留めていないようだが、彼の映像だけ処理速度が遅いのか、カクカクしている。声がカラカラしているのも、回線の影響と思われているのかも知れない。

ヒカル〈【そうですね。トリックと直接関係している副産物なのか、それを考えさせる問題なのか。教祖様、水浸しになっている部屋について詳しくお願いします】

 その質問にオルテガが答える。

『はい。水浸しになっているのが、死体のあった部屋だけなのをお忘れなく。水はただの真水ですが、黒い塗料が混ざっています』

「黒い……水……」

「わかんねェ、クソわかんねェ」

〔待ってよ。撒き散らされた黒い水が必ずトリックの為に使われてて、教祖様の出題の中のどっかに、曖昧な表現が含まれてるんだよね?〕

『はい、そうです』

 そこは暈さずにオルテガが答えた。

〔死体について詳しく。真っ青っていうのはなんで?〕

『それは冷えたせいです。真冬の北海道ですからね』

 凍死? それとも首の骨折られた後で冷えたのかなあ、とDF946が思案する。

ヒカル〈【死亡推定時刻というのはーー】

 ジャスティス吉田が改めて聞いた。

ヒカル〈【ーー正確にはいつなのか教えて頂けないのですか?】

 その質問は確信を持って、核心をつく為に放たれたようだった。

『死亡推定時刻は死体発見の二〜三日前です。通常通り直腸内温度や内臓温度などにより判断されるようです。私は詳しくないので、どれほど正確に出るのかは分かりません』

「つまり、一週間鍵の掛かった密室の中で、その一週間の間に殺された死体が見つかった。そういう風に見せたかったって問題だね」

 コウくんが呟いた。

「ああ」なるほど、と何人かが理解を示す素振りを見せる。

「前のヒカルの問題パクって死亡推定時刻をずらしたんだな。考えてみたら〝推定〟って言葉自体めちゃくちゃ曖昧な表現だし。……だからって、どうやって密室内に死体持ち込んだんだよ」

ヒカル〈【そうなればもう簡単ですよ。密室内に死体を持ち込むのが不可能なら、それは逆に、密室が構成(・・・・・)される前から(・・・・・・)既に死体が持ち込まれていたって事です。

 一応聞いておきますが教祖様、死体が置かれていたというテーブルは部屋のどこにあったんでしょう】

 オルテガはもう解かれた事を悟り、覆面の奥で目が笑っていた。

『水浸しになっていた、部屋の真ん中です』

ヒカル〈【ならもうトリックは一つですね。ーー合鍵を持っている不動産業者が犯人で、冷凍した死体を男が来る前から部屋に持ち込んでいたんです。そして彼が家の中を見ている間、そこに死体があると思わせないような細工をしておいて、彼がいなくなった後で細工を解除したんです】

「それを、どうやって?」とコウくんが、答えを待ちわびる声を出す。

ヒカル〈【そこで、黒い塗料と室外暖房機を利用したんでしょう。死体は巨大なブロックのような氷のカタマリの中に氷付けにして、その上から黒いラッカーで死体が見えないように表面を不透明にしたんです。そうする事で部屋の様相にカムフラージュさせておけます。あとは彼が鍵を閉め一週間密室を作っている間に室外から暖房機を作動させ、部屋内の氷を溶かす。ーーこうすれば、その一室だけが水浸しになり死体が現れる、という状況が出来上がります】

「ひゃあー」キックラッカーがムンクの有名な絵画の様に、両手を頬に当てる。「絶対にそれじゃん!」

『しかし、それほど巨大な氷の塊なら、はじめに部屋に入った時に気に留めませんか? 彫像のように偽装しておいたとしても、テーブルの上にそんなものがあったらどうしても怪しまれますよ』

〔そうだね。教祖様ならその辺ちゃんと説明しておいてくれるはずだから〕とDF946。

ヒカル〈【もちろんです】ジャスティス吉田が話し出す。

ヒカル〈【そのヒントはすでに教祖様の言葉の中で説明されていましたよ。『天井が低く、閉塞感がある』と言っていたので、恐らくそこに細工をしたんでしょう。オルテガさんが氷付けにして死体を隠したのは、ズバリ、天井そのものです(・・・・・・・・)

『正解』と、オルテガが答えを認める。

「天井? 天井が全部氷で作ってあったって事?」

 コウくんの声に、オルテガが説明を添える。

『そうです。ヒカル君が全部解いてしまったので今更する必要はないかと思いますが、一応解説をしておきます。

 本物の天井と、もう一枚氷で作った天井の間に死体を挟みました。その上から黒い塗料でペイントして、氷だとバレないようにしてあります。天井から降りる冷気は、男性の部屋に入ったときの第一印象、〝薄暗く、肌寒い〟という供述と一致します。

 遺体の血の気が無かったというのは、それまで冷凍されていた為で、骨が折れていたのは溶けた天井から落下した衝撃によるものです。気温を低く保つ為に、舞台を真冬の北海道に選びました』

「なるほど!」

〔良く出来てるね。オルテガさんの問題って、密室作る為にいくらでも無駄な大金使っちゃうから、このゲームの趣旨にぴったりだよね〕とDF946。

『ありがとうございます』

 実は自信作でした、とオルテガが犯人ボイスで照れ始める。

「ほらヒカル、見てたか。ちゃんと使い回しのトリックでも新奇性作り出してるぞ」

ヒカル〈【見てたかって……解いたの私なんですけど】

 キックラッカーの挑発をジャスティス吉田があしらう。

ヒカル〈【探偵である正解者より犯人の方が賞賛されるゲームも少ないですね】

「とりあえずお前は名探偵にはなれても、名犯人にはなれないって事だな」とキックラッカーが笑う。

 逆も然りだ。と、それを聞いていた彼は心の中で思った。

自信のあるトリックの一つです。

タイトルは、前回のジャスティス吉田の出題を踏み台として踏襲してあり、「形のある物を加熱する」という意味と、「昔のトリックを温め直す(温故知新)」というダブルミーニングが込められています。もちろん、冷凍した大根も温めます。

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