凍てつく定型と電磁の要塞
ここはチャットルーム。密室推理ゲームの会場である。同じ画面に映る五つのウィンドウにはそれぞれ、いつものように奇妙なハンドルネームを冠した怪人達が話し合っていた。
〈オルテガ〉のウィンドウにはKKKの三角頭巾を思わせる全身黒尽くめの人物が映っている。
〈kicracker〉のウィンドウには、黒いウィンドブレイカーのフードを被ったマスクの人物が。手に持ったスチールイーグルという軍用ナイフを、指示棒のように振りながら話している。着けているマスクは、映画「SAW」に出てくるジグソウ人形を模している。
〈ジャスティス☆吉田〉の画面には本人が映っていない。ヒカルテイルという恋愛シミュレーションゲームのプレイ画面に、「源ヒカル」と「我妻葵」の二人のキャラクターが立ち絵として映っている。その「源ヒカル」の方のセリフを使って〈ジャスティス☆吉田〉は会話している。
〈コウくん〉のウィンドウには、「生茶」のオマケであるパンダのパペットが映っている。それをカメラの前に映して操っている人物は、顔を隠す為に紫色のウイッグをつけてアニメキャラのコスプレをしているのが、ときおりパペットの陰から垣間見れる。
〈DF:946〉のウィンドウには、キャップ帽の鍔で顔を隠した人物が映っている。パーマのかかったオレンジ色の髪は、こちらもカツラだろう。袖を捲ったYシャツに黒いベストを羽織り、首からオレンジ色のヘッドホンを掛けている。左手に填めているのはパックスという会社の「パワーグローブ」というファミコン用ゲームコントローラーらしい。
今回ゲームを出題しているのは〈ジャスティス☆吉田〉だった。源ヒカルのセリフ部分である画面下半分に文字が打ち込まれている。
ヒカル〈【そこで翌朝私が仲間達と共にコテージから出ると、なんとログハウスの傍で千田さんが死んでいました! 死因は撲殺。傍らには凶器と思しき置き時計が落ちていて、死亡推定時刻と思われる夜中の二時で針が止まっている。勿論犯人は私です。だけどその時刻私は、仲間達とずっとコテージの中に居たことを全員が証明しています。では、私はどうやって彼女を殺したでしょう】
「アリバイトリックかよ。ヤル気起きねー」キックラッカーのウィンドウの下で音声レベルメーターが振れる。
「せっかく雪山のコテージなんだし、足跡の密室にして欲しかったね」と、今度はコウくんが、ヘリウムガスを吸った少年のような高い声で言った。といっても画面の中で口を動かしているのはパンダの人形だ。
〔そうかな。俺は足跡系とか考えんのメンド臭いから好きじゃない〕
〈DF:946〉がパフュームのようなケロケロボイスで言う。
『まとめるとこうですね』機械を通した低い声で、オルテガが取りまとめる。
『ヒカルくん達六人がスキー場のキャンプに現地集合。しかし千田さんだけが現れず連絡も取れない。夕方に雨が降ってきたのでログハウス近くのコテージに五人が泊まり、雨が止んだ翌日外に出てみると、千田さんがログハウス前で殺害されていた、と』
「その凶器の時計って犯人がわざわざどっかから持ってきたの?」
コウくんがジャスティス吉田に質問する。
ヒカル〈【いいえ、ログハウスにあった時計です。遺体がログハウスの前にあったのは殴られた後、二階の窓から突き落とされた為です】
〔時計の針が指してる時間にヒカル君は四人の友達とコテージに居るんだよね。このゲームのルールで、四人は共犯じゃないんだし。その四人の証言って確実なの?〕
ヒカル〈【はい。全員で一晩中UNOやってました】
「この展開なら次々に仲間減ってくんだろうな」
〔ベタな〕
「雪山だもんね」
「そしてだれも」
ヒカル〈【早く解いて下さいよ】
ジャスティス吉田が口を出した。
「うっせーな、とっくに解けてんだよ。どうせ翌日にこっそり千田さん呼び出して殺しに行って、アリバイのある時間に時計の針動かしたんだろ」とキックラッカー。
「しょっぼ」
〔ダセー〕
『酷い問題ですね。次行きましょう』
「解説解説」
ヒカル〈【】
出題者が弁解するように口籠る。
ヒカル〈【ちょっと違うんですが】
「どうせすぐ出るような答えなんだから出し惜しみすんな。早く出せ」
ヒカル〈【】
ヒカル〈【じゃあ】
一瞬だけ黙った後、コピーアンドペーストした解答が源ヒカルのセリフのフキダシに表示された。
ヒカル〈【千田さんは他の四人が集まるより前に呼び出して殺しました。時計の止まっている時刻は一日前のその時間です。死体は降り積もった雪の中へ突き落とし、雨が止んで雪が溶けた後で発見しました。死体を屋外に置いたのは直腸内温度を下げて鑑識の死亡推定時刻を欺く為です】
「普通だね」コウくんがバッサリ言った。
〔うん。雪山とアリバイっていうミステリーの黄金要素があるのに、あんまり使い切れてないね。直腸内温度を下げるだけならケツの穴に氷でも突っ込んどけよ〕
「千田さんのおしりに……?」
〔どこ反応してんだよ〕
『でもこれは雨で雪を溶かした事で、雪中に隠した死体の発見を一日遅らせたんですよ。そんなに悪いトリックでは無いと思います』
オルテガが執り成す。
「ほら教祖様やさしい」
〔甘やかすから伸びないんじゃね?〕
「というかどっかで見た事あるトリックの継ぎ接ぎでつまんねーんだよ。ヒカル、ネタ切れか? もっとブッ飛んだ事しろよ。新奇性の何も学んで無ねえじゃん」
キックラッカーの言葉にジャスティス吉田が、言い訳がましく口を出す。
ヒカル〈【でもキックさんの出した答えと真相は違いましたけど】
「こんなん、あの解答の数分後には出てたわ。この問題の1ポイントは無しだぞ。ヤル気起きねえ問題だったから」
〔せっかくキックさんノリよくジグソウのお面着けてきてんのにね〕
「そうだよ、SAWだよ。やっとツッコんでくれたな。昨日着けてくればよかったのに、間が悪かったぜ」
「そこで豚のラバーマスクじゃないんだね」とコウくん。
「フード被りずらいんだよ」
キックラッカーが、被っているフードをさらに目深に引っ張り下ろす。
ヒカル〈【いいですよポイントくらい。次の問題行きましょう。出題者は誰ですか】
「お前が仕切るのかよ」
アオイ〈【べっ別にアンタの為なんかじゃないんだからね! 勘違いしないでよっ】
〔出た葵ちゃん〕
「ヒカルくんだけの謎の技術」
いいから次誰、とキックラッカーが別の出題を促す。
『では、私が』
「来た教祖様」
オルテガが話し出す。
『場所はとある研究所の実験施設の一室。かなり広いホールで、二十人程の科学者が実験成功の打ち上げパーティーを開催しています。壁には折り紙の鎖や風船を飾り付け、ビールで乾杯。何の実験だったかは本人達にしか分かりませんが、夜中まで盛り上がっていたところドカン!』
オルテガの突然の大声に、聞いていたプレイヤー達がビックリする。
『全員死にました。部屋は密室。さてどうやったでしょう』
「ハァ!? 」
〔ちょっと待って。死んだって、そこに居た科学者二十人?〕
『勿論。死因は言えません。全員の身体が焦げたり破裂したりしているとだけ言っておきましょう』
オルテガが言った。
ヒカル〈【破裂!? 】
「爆弾を使ったりとか?」
『違います』
オルテガが表情の無い顔で断言する。
『室内はおろか、体内からも爆発物の痕跡は一切残っていません。それに、一度に全員死んだのではなく、一人ずつ時間差で脳が弾け飛びました』
「うわお!」
全員の目が興味で輝いた。ように見える。
「じゃあ覗き穴から、水鉄砲的なものでニトログリセリンを射出。一人ずつヘッドショットで撃ち殺した」
『違います。ホールには窓一つありません。周囲の外壁を厚さ二十ミリのタングステン合金で覆っていて、前のキックさんの問題のように穴をあける事も不可能です』
コウくんの仮説を一蹴する。
〔どういうこと?! 〕
ヒカル〈【ちょっとヒント】
ジャスティス吉田の要求に、オルテガが逡巡する。
『そうですね……。オウム真理教とか、ご存じないですか?』
〔全然わかんねえ!〕
「えっ、超能力殺人じゃないよね」とコウくん。
ヒカル〈【あたりまえですよ。教祖様の出題傾向であなたみたいなの出すわけないじゃないですか】
「ていうかこの似非教祖の前の問題だって、高高度核爆発させた電磁パルス兵器のEMPとか使って旅客機撃ち落としてたじゃねぇかよ」
〔あったね。その後確か、墜落した飛行機がガスコンビナートに突っ込んで街一個消滅したんだよね〕
「アレは酷過ぎる。ただ大量に人殺したいだけじゃねぇか」
オルテガがそれに言い訳をする。
『でもあの問題は飛行機内で人が入れ替わった事を隠す為に、隠れ蓑として撃ち落としたんです。……まあ、多少殺し過ぎた自覚はありますが』
ヒカル〈【多少?】
『たくさん人殺したくなる時って、ありますよね』
危険思想だ。と、全員がオルテガの発言に引いた。
「全然わかんねーよ。ヒント!」
「超能力ではないんでしょ?」
オルテガが答える。
『はい。ヒントは……略すとADSですかね』
〔知らねー〕とDF946が仰け反る。
「オートデュエリングシステム」
『遊戯王じゃありません。えー、……じゃあ追加でヒントを出します』
オルテガがゆっくりとした低い機械音で、即興で考えたような続きを話し出した。
『田村刑事でいいかな、使って。えー犯人から予告を受けて警察が数時間後に現場に到着します。機動隊がホールに突入すると中には二十人分の焼死体が、炭化した骨だけの
状態で発見されました』
〔骨だけ!? 〕
『はい。田村さんが足を踏み入れると、そこは血煙と蒸発した酒の匂いが充満していて、床には焦げ跡が残されています。にもかかわらず壁の風船や折り紙は無傷です。田村刑事は鑑識数名と共にホールに入り被害者を確認。死体は全て真っ黒に焼けた骸骨だけになっていて、床にも所々焼け焦げた痕が残っています』
「わっかんねー」
もっとヒント! とキックラッカーが叫んだ。
『マグネトロン発信用真空管とか……分かりませんか』
「どうゆこと?」
〔人体自然発火現象だ〕
DF946が言う。
〔1988年のアルフレッドアシュトンの事件みたいなものを同時に起こしたんだよ。パーティー中にみんなアルコールとか飲んでたみたいだしさ、何かの装置を使って体内からの自然発火を誘発させたんだ。死んだ人達が何の研究してたかも、教祖様言わなかったし〕
「おお!」
『違います』
オルテガの声で「えっ」とDF946が出端を挫かれる。
『凶器はもっと身近なものです。皆さんの家にもあると思います』
ヒカル〈【ADSでしたっけ】
ジャスティス吉田の質問に、オルテガが反応する。
ヒカル〈【ウィキで調べたらありましたよ。アクティブ・ディナイアル・システムですね】
なにそれ、と全員がキーボードを打ち始める。
「いつの間にググってんだよ。……あ、ウェブカム使ってないからか」
〔これか!〕
ヒカル〈【米軍が開発中の対人兵器システム(指向性エネルギー兵器)。ミリ波の電磁波を対象物(人間)に向けて照射すると、誘電加熱により皮膚の表面温度を上昇させる事が可能。この照射を受けた者は火傷を負ったような錯覚に陥るという。実験段階の報告によれば致命的な殺傷能力は無いとされ、対象物から450メートル離れた場所からの照射でも有効であり、人道的な兵器としての利用が期待されているーー】
ジャスティス吉田がウィキペディアの引用をコピペする。
「そんな兵器うちに無いよ!」
コウくんが抗議した。
『それはヒントですが答えではありません。それにADS単体に人体を炭化させる程の殺傷能力はありません』
ヒント! とDF946も叫んだ。
『では、話の続きを作りましょう』オルテガがヒントに応じる。
『田村刑事達が部屋に入ると、突然ドアに鍵が掛かって自動ロックが作動します。その直後凄まじい振動音と共に鑑識が持ち込んだ作業用の機械が煙を上げてスパークしました。間一髪、大爆発を逃れた田村刑事はその衝撃で壊れたドアから脱出。しかし巻き込まれた鑑識作業員数十名は全員その爆発により死亡しました』
「また死んだ!」
ヒカル〈【田村さんが出てくると、いつもこうなりますね】
〔でも分かったぞ。金属が放電してお酒とかが全部蒸発してたんでしょ?〕とDF946。
『そうです』
「そっか! 電子レンジだ!」とコウくんも叫んだ。
『正解。部屋全体を電子レンジとして改造しました。壁に使われていると言ったタングステンは熱に強く、電子レンジに用いられる金属です。マグネトロン真空管も同じく、マイクロウェーブを発生させる為に電子レンジに使われています。オウム真理教は公証人役場事務長逮捕監禁致死事件で、ドラム缶大に改造したマイクロウェーブ装置を使って死体を消滅させていました。金属を入れると放電するのも既知の通りです』
分かるかよ! とキックラッカーがツッコんだ。
〔面白い〕
「でもどうせ電子レンジ使うんだったら、未来の密室に飛ばしちゃえばよかったのに」
『いいですね。でもゼリー人間になっちゃうじゃないですか』
とオルテガが笑いながらコウくんに答える。
『実際には頭が破裂するかどうかは知りません。やった事が無いので、そこはフィクションだと割り切って悪しからず』
「いいよーそういうの」
〔キックアスみたい〕
えー、グレムリンだよ。とコウくん。
「いいじゃん。ヒカルもこんくらいぶっ飛んだの作って来いよ。今のはちょっとやり過ぎだけど」
ヒカル〈【何言ってるんですか、私の方が面白かったですよ。犯人の方が密室に入ってるっていう、この発想の転換が分かりませんでしたか】
「それは密室殺人ゲームの中だけの逆転の発想だろ」
またわぁわぁとプレイヤー達が喋り出す。
〔いいから、次誰出すの?〕
「ハロー至音」
あん? と〈DF:946〉が返す。マスクを着けたキックラッカーが声を低くして言った。
「I wont to play a game (ゲームをしよう). ……俺のターンだ」
ヒカルテイルなどというゲームはありません。作者の創作です。