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「ねえ葉太郎。密室殺人ゲームって知ってる?」
放課後の教室で多嶋良樹が友人に話しかけた。宿題をやっていた倉塚葉太郎が、その手を止めて顔を上げる。
「ん?」
「密室殺人ゲームだよ」
「ああ、アレだろ。人殺して、チャットで推理させるやつ。犯人捕まったんだっけ」
そうそれ! と多嶋が童顔を輝かせる。
「でも僕が言ってるのは模倣犯の方だよ。知らない? 都市伝説みたいになってるやつ」
多嶋の話に、倉塚がペンを置いた。
密室殺人ゲームというのは都内を騒がせた連続殺人事件の呼称である。複数の殺人犯がゲームと称し、順番に人を殺していく。その手口は毎回異なり、それぞれの事件に関連性が見つからなかった事で、さらに捜査は難航した。犯人の一人が自首した事がきっかけでマスコミに大きく取り上げられ日本中が知る事となったが、同時にその殺人ゲームの存在に感化された者達の間で、ゲームを真似る模倣者が続出したのだった。
「そのゲームがどうかしたのか?」倉塚が多嶋に聞く。
多嶋達二人がいるのは校舎三階の化学準備室だった。この教室には放課後になると教師がだれも近寄らない事を知った多嶋は、毎日のようにここで机を合わせ、だらだらと過ごす事を習慣としているのだ。
倉塚の、興味がなさそうなトーンの質問にも、多嶋は嬉々として答えた。
「そうなんだよ! でさあ、ヨータローはこの学校に裏サイトがあるのは知ってるかい?」
「それは、知ってる。たまに使うから」
倉塚が、話の先が読めないというような顔で答える。
多嶋が通っているこの高校には、俗に言う「学校裏サイト」が存在している。と言っても授業で分からない所を質問したり、教師が書き込みを行ったりと、健全な使い方がされている。このサイトの管理者によると、親がこの学校の教員らしい。多嶋もよく利用しているサイトだった。
「で? そのサイトがどうしたんだ」
「うん。実は何ヶ月か前に、そこに書き込みがあったんだって。『密室推理ゲームをしませんか』みたいなので、プレイヤー募集中とかの文章の後にURLが貼ってあって、なんかのチャットルームにリンクされてたらしいよ」
「それ、絶対に嘘だろ」
倉塚が「フッ」と一笑に付した。
「それが違うらしいんだって! その最初の書き込みは投稿者か管理者が削除してすぐに消えちゃったらしいんだけど、その後も何回かそれっぽい書き込みが続いたらしいよ。実はそれ、僕も見たんだから」
友人の表情が疑るように変わったのを見て、多嶋は満足して話を続けた。
「話によると、最初のカキコミ以外はURLだけの投稿らしいんだ。それで、あるとき僕がログインしたら、それっぽいのを見つけちゃったのさ。なんか、見た事も無い変なドメインのURLだったよ。でも下手に踏んでヤバいサイトに繋がったりしたら怖かったから、一日置いてもう一度見に行ったんだ。あとで聞いた話だけど、その噂のカキコミって数十分経ったら削除されちゃうらしいんだよね。それで僕がもう一度ログインした時には、そのカキコミはもう無かったんだ……」
多嶋の話を聞いていた倉塚は、眉唾だと言わんばかりに顔を顰めていた。
「そうやって都市伝説っていうのは広まってくんだろうな。お前が発信源だと思うと一気に胃の腑に落ちるよ。第一この学校の裏サイトを使う意味が分かんないし、そんな殺人事件が近くで起こってたら、すぐに広まってるだろうに」
「嘘じゃないよ。火の無い所に煙は立たないって言うだろ? ゲームを始めようとした人が水面下で同志を募る為に、人目の少ないサイトを適当に選んだんじゃないかな。それと、言い忘れてたけどこのゲーム、普通の密室殺人ゲームとは違うらしいんだ」
「ん……?」
それはね、と多嶋が充分に溜めてから言った。
「プレイヤーが実際には人を殺してはいないのさ。だから現実で実行できるか分からないトリックでもゲームの俎上に出題できるんだって。画期的じゃない?」
「……」
倉塚は一瞬の間考えたあと、盛大にツッコんだ。
「なんだソレ。そんなんただのチャットを使った推理同好会じゃないか。一周回って元に戻っちゃってるよ。俺らがいつもやってるのと変わんないじゃん」
多嶋がそれを聞いて笑い出した。多嶋は倉塚のこういう所を気に入っているのだ。
「いいツッコミだったよ。グッジョブ葉太郎」
「……」
倉塚は仏頂面で目線を反らす。
「まあまあ、そうムスッとするなって。それにしてもいいよねこのゲーム。僕もそのチャットに飛び入って参加したいよ。すぐ飛んで行くのに、なんで僕を誘ってくれないんだって感じで悔しいよね」
「ああ。そうかい」
「うん。あ、そうそうネットと言えば、猿原がブログやってるんだってね」
「え!? 」
倉塚が驚いて多嶋の顔を見た。多嶋はびっくりさせた嬉しさでニヤニヤしている。
「本当か? そっちの方が都市伝説じゃなく?」
「うん、本当本当。本人に確認とったから。これお前のブログって聞いたら『なんで知ってるの!? 』って顔真っ赤にしてたよ。あと誰にも言わないでって言ってたけどね」
倉塚が明らかに興味のありそうな目でソワソワし始めた。
多嶋は倉塚が、同じクラスの猿原栞莉に気があるのを知っていた。
「なんかね、リアルの友達には内緒でつけてる日記なんだってさ。だから知り合いには読まれたくないみたい」
「へぇ……」
倉塚は「それ読みたい」という願望が隠しきれずに顔に出ていた。
多嶋はこの話をさりげなく持ち出す為に裏サイトの話を経由したのだ。多嶋との会話の中で本題までの道のりが長いのはよくある事だ。
「どうやってそんなの見つけたんだ?」と倉塚が聞いてみる。
「まぁ、僕は名探偵だからね。情報網の力舐めない方が良いよ」
「でもそれを見つけたやつは、どうやってそれが猿原さんのブログだって分かったんだ?」
倉塚はまだ信じられないでいるようだ。
「どんなブログやSNSでも、キーワードを拾って行けば個人の特定なんて簡単なものさ。例えば、〝ナントカ市在住で犬を飼ってる男子バスケ部の二年生〟ってだけの情報でも、ほぼ一人に絞り込めちゃうからね。
ああ、そのブログPC版でしか見れないんだけど、今度一緒に見ない? 凄く笑えるよ」
「えっ、いいのか?」
多嶋が誘うと、倉塚は目を輝かせた。
「うん、見ちゃおう。猿原には内緒でね。じゃあ明日の九時に、いつもの所で」
「分かった」
そこでちょうどチャイムが鳴ったので、倉塚は問題集を鞄に仕舞った。