火炎の檻と死の行軍
※綾辻行人さんの「水車館の殺人」及び「ハリーポッターとアズカバンの囚人」に共通するトリックに関してネタバレを言及しているシーンがあります。未読の方はご注意下さい。
モニターの中で、仮面をつけた怪人が話しはじめた。
同じように画面に映る他の四人が、それに耳を傾ける。
「状況は密室、場所はアパートの角部屋一階で六畳一間。そのアパートには被害者以外に入居者はナシ」
ゲームを進める声の主は鬼のような能面をつけ、真っ黒なパーカーのフードでその顔の輪郭を隠している。声は若く、十代半ばくらいであろうという事だけが分かる。その人物が映し出されているウィンドウの上部には、〝〈kicracker〉〟というタイトルが付けられている。
「ドアには鍵が掛かってて、トイレとか風呂の窓にも鉄格子が嵌められている。オレが殺したのは二十代のOLで、その部屋の真ん中に仰向けに転がしておいた。発見時の死体の様子は白骨化してて死因は不明。時間はーー」
『白骨化の程度を、詳しくお願いします』
キックラッカーの声を遮り、もう一人の唸りのような低い声が響いた。〈オルテガ〉と題されたウィンドウのすぐ下に地震波形のようなレベルメーターがあり、音声が発せられた瞬間にだけ大きくグラフが反応していた。
「ああ、ほとんど肉の削がれたただの骨。風化とかの影響じゃなく、人為的に骨だけ残して剥がされた感じ」
[じゃあ、死因と死亡推定時刻を分からなくする為に、わざとやったんだね!]
今度は〈コウくん〉のウィンドウの中で高い声が響いた。声は少年がヘリウムガスを使ったかのような甲高いものだったが、その声の主の姿は無く、画面にはただパンダのパペットが口をぱくぱく動かしている映像だけが映されている。
「お前はウルせェんだよダマってろ」
キックラッカーは手に持っていたナイフを小型ビデオカメラに映るように振り上げると話を続けた。
「被害者は前日の午後まで仕事をしていたのを同僚が見ている。つまりコイツが殺されたのは、被害者が会社から出てアパートに帰り、翌日骨になって見つかるまでの間ってこと」
ヒカル〈【えっどうゆうこと? 半日で死体から肉剥ぎ取ったんですか】
今度はもう一人のプレイヤーの画面に文章テキストが表示された。この人物のウィンドウには人影は映されておらず、何かのシミュレーションゲームのプレイ画面に、キャラクター二人のイラストが描かれている。その中の一人、左側に居るキャラクターから画面の下に出るフキダシの部分に、文章が打ち込まれていた。
ヒカル〈【現実に考えたら無理でしょう】
「だろ? だから出題したんじゃん。ハイ、完全犯罪一丁あがり」
『昨日まで生きていた人間が、次の日には密室で骨になって見つかった……そういう問題ですね』
再度〈オルテガ〉の声が響いた。彼の画面には薄暗い部屋の中、覆面をした黒ずくめの人物が映っている。その覆面は頭頂の長い三角頭巾で、目の部分だけを丸く切り抜いた穴が二つ空いている。その人物の声はボイスチェンジャーを使っているのか、誘拐犯を連想させる低くて聞き取りづらい機械音だった。
「そういう問題ですね? って、そういう問題ですよ?」
キックラッカーがお面をつけた顔で、挑発するように画面にナイフの先を向ける。
〔ちょっと待ってよ。それは前日まで生きてた人と、白骨になってる被害者が本当に同一人物だって言えるの?〕
〈DF:946〉と書かれたウィンドウの下で、音声グラフが動いた。その中の人物は鍔の黒いキャップを目深に被り、肩にヘッドホンを掛けている。袖を捲ったYシャツに黒のベストと左手に填めたパワーグローブは、合成音声ソフトのパッケージキャラを模して創ったオリジナルキャラクター、至音リクのコスプレらしい。
〈オルテガ〉が彼の意見に乗った。
『そうですね。たまたま死体の見つかった部屋の住人が行方不明なら、その人の死体だと解釈してしまう。よくあるトリックですよ』
〔そうそう。白骨がそのOLさんのだっていう証明はないの?〕
DF946の疑問にキックラッカーは即座に答えた。
「あー、アレだよアレ。骨格の形とか身長とかが一致して」
[双子だったかも知れないじゃん]
〔そうだよ。身長とか体格なんて同じ人はいっぱいいるだろうし、骨髄とかも移植すればいくらでも偽装できる〕
〈コウくん〉と〈DF:946〉が反駁する。キックラッカーはうぐっ、と能面の奥で言い淀んだ。
「あとアレだ……指! 被害者は子供の頃に指を骨折してて、死体からは同じ場所に骨折の跡が見つかった」
[そんなの指だけ本人のにすればいい]
『指だけなら肉を全て削ぐのも楽でしょうね』とオルテガ。
ヒカル〈【OLは別の場所で殺して指だけ切断しておいて、既に用意しておいた別人の白骨体をOLの部屋にばらまいて、指だけ本人のと交換したんだ】
〔犯人が自分を死んだと思わせる為に指だけ切って死体と入れ替わるみたいで、王道とも呼べるあるあるトリックだね〕
ヒカル〈【え、なんだっけそれ】
『水車館の殺人』
〔そうだ、水車館だ〕
[あとハリーポッターもね]
「分かった分かった!」
勝手に話しはじめる四人のプレイヤーを、キックラッカーが収拾する。
「分かったっつーの。双子の入れ替えトリックとか使ってねえから。
じゃあその死体の頭蓋骨から、生前被害者が通っていた歯医者のデータと歯形が一致したって事で。これで満足か?」
四人の音声レベルメーターが落ち着くと、
[うん、それなら歯医者のデータをいじるかしない限り決定的だね。頭蓋骨以外が別人かも知れないけど]
と、〈コウくん〉の画面で、パペットの後ろの人物が重箱の隅をつつくように呟いた。
『まあまあ、本人がそういう系じゃないと言ってる事ですし、被害者は一人なんでしょう。一日で人一人を白骨化させられるかは別として、問題は密室の方ですよ』
三角頭巾の覆面を被ったオルテガが、テンションの低い淡々とした声で宥め賺す。
〔そうだね。ねえナマナリさん、鍵の状況はどうなってるの?〕
〈DF:946〉がキックラッカーに質問した。キックラッカーの事を彼は、その時につけている仮面の名前で呼ぶのだ。
「家ん中にあったのが発見された。死体のすぐ傍」
[怪しっ! 絶対犯人が窓から投げ込んだでしょ。コレミヨガシだもん]
「うるせークソパンダ。窓は鍵閉まってるっつーの」
キックラッカーがコウくんに噛み付く。
『その鍵は偽物じゃないですか? ホンモノは犯人が部屋を出る時に使って、死体のすぐ傍にはホンモノとよく似た別の部屋の鍵を置いておく。そうすれば一見鍵は内側からかけたように見えますよね』
「一見だけな。そんな小手先のトリックじゃねえから。それに第一発見者とか鍵の場所とかどうでもいい」
オルテガの質問も、鮸膠も無くキックラッカーが撥ね付けた。
ヒカル〈【ここでも問題はやっぱり白骨化死体の方なんじゃないかな。密室についてヒントが少ないってことは、推理の過程で導けるような副産物なんだよ】
ゲームのスクリーンショットを映すプレイヤーの画面に、一気に文字が打ち込まれた。恐らくdragon dictationような音声入力のソフトを使っているのだろう。彼のウィンドウのタイトルは〈ジャスティス☆吉田〉だった。
『密室の方を後回しですか? 殺して肉削ぐなんで、一日か二日で出来る作業ではないと思いますが』
ヒカル〈【そこでなにかトリックを使ったんでしょう。何やったかは知りませんが】
二人の会話にパンダのパペットが割り込んだ。
[ねぇ。オルテガさんは時間的に不可能だと思ってるみたいだけど、死体から肉削ぐなんて結構簡単だよ。皮膚だけ焼いてから水酸化ナトリウム水溶液のプールに浸しとけばいいもん]
〔おお! よく身がほぐれそう。……ていうか筋肉だけドロドロだよね。しかも凄いお金掛かるだろうけど、今回そんなに大掛かりなの? ナマナリさん〕
DF946の質問にキックラッカーは生成りの面の下で哄笑した。
「いや。その倍以上は金かかると思うよ。てゆーかお前らの予想の遥か斜め上方行ってっから」
『随分と自身満々ですね』
ヒカル〈【ヒント。情報量不足です】
「えー、当て推量言いまくってればそのうち当たると思うんだけど」
キックラッカーはヒントの注文に頭を捻る。
「んー、じゃあヒント。殺害現場は死体発見現場と同じ」
[えっ? てことはその部屋血まみれってこと?]
〔その部屋で殺されたって事でしょ〕
「ああ」
『分かった』
オルテガの声に全員が「え?」と声を発した。
『一つ質問。その部屋のかべに穴とかは空いていますか? ……ネズミ穴とかの』
「んん、どうだろね。あんじゃねーの」キックラッカーがおざなりに答える。
[ネズミ!? ネズミに死体食べさせたの?]
ヒカル〈【でもそんなに早く骨だけになるでしょうか】
「大量のネズミを送り込んだんでしょ」
三人の声は興奮しているようだった。
『私ならもっと大量に送り込める生物を選びますね。イナゴや軍隊蟻のような雑食の昆虫が向いているでしょう。蟻なら死体を食べさせた後、道しるべフェロモン等で室外に誘導できるし、掃除機で吸い込んだ後焼き殺せば証拠も残さずに隠滅できますからね』
[アリ?! ]
「凄いな、正解だよ!」画面の中でキックラッカーが仰け反った。
「つーか、何で分かったの?」
『今までの出題傾向から、あなたならやりそうだと思ったまでです』
「どんな推理のアクロバット飛行だよ! まいいや、解説していい?」
[だめ]〔密室の謎は?〕と〈コウくん〉と〈DF:946〉から抗議の声が上がる。
『部屋の中にあった鍵は、蟻を回収するときの穴から中に撃ち込んだんでしょう』
「あーもう全部正解だよ。持ってけドロボウ」キックラッカーがナイフの柄でガシガシと頭を掻く。
「実際には壁に穴空けたんだけどな。人が通れないくらいの穴空けといて、鍵を中にいれ終わった後で塗り固めて塞いだ。あと、お前の推理では部屋の中で殺してから死体を蟻に食わせたって事になってるけど、それだけ不正解だから」
[?]
〔……〕
『蟻に襲われる時にはまだ彼女は生きていた……つまり生きたまま蟻に喰わせたって事ですか?』
「つまり凶器自体が蟻って事な」
うぇっ、とコウくんが小さく洩らす。
〔でも、そんな事どうやってやったんだ? 生きたまま家に居る人に蟻をけしかけたら逃げちゃうでしょ。出口を塞いだって中で蟻が全滅させられたり、誰かに電話で助けを求められちゃうかもよ〕とDF946。
ヒカル〈【全身麻痺の神経毒とか】
[どうせ死因わかんないんだし、そのまま毒殺してよくない?]
「ちげえよ」彼らの推理に出題者が口を出す。
「スタンガンで気絶させた後、裸にして干瓢で関節毎にグルグル巻きにしたんだよ。同じので猿ぐつわもさせて。それなら生きたまま喰われて痛みで目を覚ましても身動きできないし、蟻が食べられる素材のロープなら証拠も残らないからな」
キックラッカーは「はい事件解決」とばかりに両手を挙げてよそ見をしてみせた。
四人が喝采を送る。
〔ひっでー、鬼畜の所業か〕
『凄いですね。流石にグロかった』
ヒカル〈【流血大好きだね】
[将来愉快犯になりそう]
「だろ? やっと気付いたのかよ」
キックラッカーが鬼の形相の面を貼付けたまま「もっと煽てろ」と言うように両手で煽るようなジェスチャーをした。
『でも動物を補食するような軍隊蟻が狩りをするのは幼虫を育てる間の短い期間ですから、ちょうどその時期の群れを捕まえてくるのには凄いお金が掛かるでしょうね』
ヒカル〈【何がしたかったんだって漢字だね】
「ア?」
[いいよ、愚問だよ]
コウくんがパンダの口をぱくぱくしながら行った。
[ヒカルくんだけは分かってないみたいだけどね]
「おう、よく言ったクソパンダ」
[それより次の問題行こうよ]
コウくんが急かし、この異質なゲームは続いていった。
彼らがやっているのはクイズ形式のゲームである。一人が出題者となり、残り四人が「密室殺人」を題にしたその問題に答えてゆく。「出題者」は毎回変わり、「プレイヤー」が一人でも答えを導き出せればそこで終わり。全く正解に触れられなかった場合、出題者が1ポイントを獲得できる。一ヶ月毎にそのポイントを集計して、一番低かった者が自分のハンドルネームを公共の場所に落書きして写真を撮ってくる等の、子供じみた罰ゲームを行っている。
ここで顔を隠している者は全員、互いの素性など一切知らない。ゲームをする彼らには、そんな事はさして重要ではなかった。彼らはインターネット上で通信回線を利用しながら会話をしているのだ。
画面に映る〈kicracker〉〈オルテガ〉〈コウくん〉〈DF:946〉〈ジャスティス☆吉田〉のウィンドウには、それぞれの端末から送られてくる音声や映像をリアルタイムで流している。ネット上で知り合った彼らはチャットに集い、夜な夜なオンラインで自らが考えた推理ゲームを楽しんでいるのだ。
〔じゃあ、はい。次俺が出します〕
不意に声が響いて、静かになっていた画面の中で〈DF:946〉がパワーグローブを填めた左手を挙げていた。
ヒカル〈【お、リク君いいよ】
『どうぞ』
全員が先を促す。
〔いくよ。密室ナンバー0014。題名は〈秋の夜長に長便所〉〕
「ダセェ」
『それと00をつける程増えないと思いますが』
〔いいから聴けよ。状況は密室、被害者は女性。場所はマンションのトイレで、被害者は自宅のトイレで焼死体となって見つかりました。窓は開いているけど人は通れないし、出たとしてもそこは四階だから落ちてしまう。さあどう殺ったでしょうか〕
その声はオートチューンエフェクタ等を使っているのか、少年っぽい声がケロケロとした機械音声に加工されていた。
「なあ、いつか言おうと思ってたんだけどさ」キックラッカーが口を出した。
「『状況は密室』とか被害者はどうのって情報いらなくね? だって密室以外やんないんだし、あと取り敢えず女子供殺しとけば猟奇的になると思ってんだろ」
ヒカル〈【そのまんま自分の事じゃないの?】
[キックさんは将来猟奇殺人者になるからいいんだもんね]とコウくん。
『嗜虐性っていうお株を奪われたと思って、そのナマナリさんは焦っているんでしょう』
[自分が一番サディストだって主張したいんじゃないの?]
「ウルセェよ。それに本当に残虐な奴ならこんな所で知恵を絞った頭脳ゲームなんてやってねぇよ」
ヒカル〈【それは偏見では?】
『それよりゲームを進めませんか』
雑談が落ち着くと「終わった?」とDF946が聞いた。やれやれといった感じが含まれている。
「ちゃんと聞いてたって。焼死体だろ?」
〔うん〕
「なんでトイレで殺したの」
キックラッカーの質問に、〈ジャスティス☆吉田〉が推測を話し始める。
ヒカル〈【リアリティを出すためでは? 「刺青殺人事件」のように。現実で内側から鍵が掛かる個室は風呂場かトイレくらいでしょうから】
「あと車内もね。排気口塞ぐだけで殺せるよ」とコウくん。
『でもそれはどれも完璧な密室とは呼べません。実は多くのトイレも、ハサミの先等を使えば扉の外からでも鍵を開け閉めできます』
[えっ何ソレ]
「そう。俺の家のトイレも爪立てれば開くぜ」
ヒカル〈【どういう事ですか】
オルテガが誘拐犯の声で説明する。
『外側のドアノブの中央に凹みがあるんです。そこに硬いものを差し込んで捻れば内側のツマミも連動して鍵が掛かります』
[なあんだ。じゃあどっかで殺した人の死体を焼いて、トイレに入れて鍵を閉めたんだね。単純だ]
「じゃあなんで焼いたんだよ」とキックラッカーがコウくんに突っかかる。
[別に焼いてから殺してもいいけど。トイレの中で焼け死んだように見せたかったんじゃない?]
「オイ至音ー。死体の様子詳しく」
キックラッカーが〈DF:946〉を呼びつける。至音をシオンと発音していた。
〔はい。みんないいとこ行ってるけど違うよ。被害者の死因は焼死だからね。服まで真っ黒。正確に言うとまず一酸化炭素中毒で死んだ後丸焼きになった〕
「だったら普通に焼き殺してトイレに閉じ込めりゃいいんじゃね? クソパンダの結論とどう違うんだよ」
〔そのトイレの壁自体にも、全体に真っ黒く焦げ跡がついてる。だからその個室の中で焼き殺したって事〕
「そう見せかけたんだろ? 死体運び入れる前にバーナーで壁焦がせばいいだけじゃん」
〔ちがう。ドアの内側に引っ掻いた傷があるから、被害者が脱出しようとして燃えながら中で暴れた〕
「そんなの死体入れる前に引っ掻き傷つけとくだけだろ」
〔ちがうって。炭化した上から引っ掻いたから傷が残ってるの〕
「だから元から壁燃やしといてその上から傷つけて死体入れた」
本当に違うから。とむきになる〈DF:946〉の隣で〈ジャスティス☆吉田〉が文字を並べた。
ヒカル〈【まあここは本人が違うって言ってる事だし。発火トリックを考えればいいんじゃ内科医】
「そんなん無限に思いつくわ」
[ねえリクくん。発火装置の跡とかは残ってないの?]
〈コウくん〉が〈DF:946〉に質問する。
〔うん、残ってない。けど窓が開いてる〕
『窓から火炎放射器で炎を送り込んだんでしょうか』
「ムリだろ、四階だろそこ。てかどんなマンションだよ。隣接の建物から撃ったのか?」とキックラッカー。
〔ちがいます。焦げ跡は内側だけについてる〕
ヒカル〈【爆弾とか。その炎で発火装置そのものを隠滅したとかは? 壁全体が黒こげなんだよね】
うんうん、と〈DF:946〉が頷きながら答える。
〔そうだよ、そんな感じ。でも爆弾だったらその破片が残るから違うね〕
「どうせ静電気だろ」とキックラッカーが呟いた。
その声に全員が顔を向ける。
「便器の中にガソリンかなんか入れといて、気化して充満したそれに静電気で引火させる。それから着てたセーターも融けて証拠が消えるだろ。『服まで真っ黒』って言ってんだし」
うん。と、全員が反論できない間があった。
『確かに、セーターが一番静電気を起こし易いと思いますが、そんなにタイミングよく発火しますか? 第一、被害者がその時セーターを着ているとは限りません』
[静電気で火着くの?]
当たり前です。だからセルフのガソリンスタンドには静電気除去パッドを触るように指示されるんです。とコウくんに対してオルテガが説明する。
「だから〝セーターが好きな女〟を狙ったんだろ。タイトルで〝秋の夜長〟って言ってんだし、寒かったらカーディガンくらい羽織るだろ」
〔正解〕
〈DF:946〉があっさりと認めた。
[なんだ。被害者の説明、あった方がよかったね]
「いらねーよ。女の方がカーディガン着やすいってだけだろ」
[やっぱ説明有りにしようよ今まで通り]
ヒカル〈【ちょっと、まだ密室が終わってないですよ。トイレの中で火が着いたのなら、ドア開けて外に飛び出すでしょう。なんで被害者はトイレの中で死んでるんですか】
〈ジャスティス☆吉田〉が疑問を呈する。
「あ? そりゃあ、犯人が部屋の中にいて、ドアを外から押さえてたんじゃねえの」
『ドアノブを掴んでいたら熱くなります』とオルテガ。
ヒカル〈【それに火事場の馬鹿力っていう言葉がある通り、アドレナリンの分泌によって筋肉のリミッターが外れるんですよ。通常は腱を守る為に50 %の力しか出せないように脳で抑制されていますが、この場合は焼け死ぬかどうかの瀬戸際です。まさに火事場。人間の能力の限界まで腕力が上がるので、屈強なアスリートでも押さえ続けるのは不可能でしょう。至音くんの細腕なら】
ヒカル〈【……言うまでもないですね】
[なら]とコウくんが意見する。
[室内物干し竿みたいなつっぱり棒を使えば? そのドアが外開きで正面に壁があったらだけど]
ヒカル〈【それでもおかしいよ。壁に引っ掻き傷だけじゃ済まないと思うね。生きたまま焼かれてるんだから、壁がボコボコになるくらい暴れてもいいと思うけど】
四人が考え込んだ。〈DF:946〉の画面の中だけ、野球帽の陰からちらっと覗いた口許が笑っていた。
『消去法を使いましょう』
「ん?」
オルテガが低い機械音で言った。
『危険が迫っているのにドアを開けない理由は二つあります。物理的要因でドアを開けられない、あるいは心理的要因で外にはもっと恐ろしいものがあって外に出られない場合。後者は多分無いので、扉が開かなかったんでしょう。
あと扉を引っ掻いただけで抵抗が終わっているという事は、その前に死亡してしまったという事はないでしょうか』
ヒカル〈【具体的にはどうやって】
ジャスティス吉田を無視してオルテガが話し出す。
『トイレというもの自体、密室性が薄いという事は言いましたよね。セキュリティに関しても同じです。外から鍵を開けられるし、ネジ穴が露出しているものならドアノブごと外す事もできます』
「おっ!」とキックラッカーが声をあげた。
「分かった。ドアノブを、内側から開かないヤツに付け替えたんだな」
DF946が「ああ」と諦めた声を出す。
「それかその扉ごと罠として改造したんだ。最近は無くなってきてるけど、室内のドアのほとんどで蝶番のネジ穴がムキだしだからな。ドアごとネジ外して、一回入ったら出れないように頑丈な扉に変えといたんだろ」
〔……正解〕
DF946が答えを認めた。
[グルーシェ二カーみたい]
〔じゃあ答え合わせだね〕
全員が「どうぞ」と促した。
〔ナマナリさんの言った通り、ドアを外して、一度鍵が掛かったら出られないように改造したやつに付け替えました。あ、被害者は不用心だったからマンションに鍵は掛けてなかったって事で。
で、その人は夜に帰ってくるって知ってたから、俺はその間に便器とタンクの中にスピリタスみたいな揮発性の高いお酒を入れてドアを改造しておく。中に入った被害者は出られなくて焦って暴れるの。そのうちに静電気で火がついて被害者を丸焼きにする。化学繊維のセーターは熱で融けると体にまとわりつくから、さらに苦しくて暴れ始める。それで水被って火を止めようとタンクの中にて突っ込むけど、それにも火が着いてギャーって火だるまになります。それからその人はもっと混乱して窓を開けるけど、空気が薄くなった個室に屋外からの酸素が流れ込んだから、バックドラフト現象でドカン。爆発して死亡〕
「うおおー」四人が関心した声を発する。
ヒカル〈【意外とやりおるな】
[ナマナリさんのより残酷だったね]
「ショボイショボイ。みんな思ってる程この問題凄くないから」
ガヤガヤとプレイヤー達が騒ぎ出す。
〔ねぇ次誰出すの?〕
『私が』
黒ずくめのオルテガが片手を挙げた。
密室推理ゲームの夜は更けてゆく。