柔能く剛を制す
[あの二人おそいねー]
〈コウくん〉が呟くと、ウィンドウの下の音声グラフが揺れた。
密室ゲーム会場には今日は、3つのウィンドウしか開かれていない。
『個人的な用事でもあるんでしょう。待っていればそのうちログインするかもしれませんよ』
〈オルテガ〉というユーザーネームのプレイヤーが、不気味に歪められた低い声で言う。
いつもなら五つあるウィンドウは、〈kicracker〉と〈ジャスティス☆吉田〉と題された二つだけ、今日は点いてない。
〔宿題か何かやってんじゃない?〕
〈DF:946〉というプレイヤーの、変声機で加工された少年の声が発言した。彼の顔は目深に被ったキャップ帽の鍔で隠れており、左手に填めたパワーグローブという手袋型のゲームコントローラーが目立っている。その声は、彼がイメージしているらしい、ボーカロイドの喋り方によく似たテクノボイスだった。
[じゃあさー、もう僕達だけで始めちゃおうよ!]
〈コウくん〉の画面内でパンダのパペットが口をパクパクさせた。それを動かしている人物は見えない。
『そうですね。もう二十分ほど無駄話をしてしまいましたし、簡単な問題なら途中参加が入っても問題ないでしょう』
オルテガが言った。彼の姿は、重たそうな黒いローブを羽織り、目だけをくり抜いた、異様に頭頂の長い三角錐の覆面をつけた恐ろしいビジュアルだ。
〔いいけど。誰が出すの?〕
DF946の質問に、二人はすぐに反応しない。
[……僕きのう出したし、温存しときたい]
『私も、まだしっかりしたやつは出来ていません……』
二人がDF946の反応を窺う。
〔俺かぁ……俺もまだ出来てないんだけど。あ、そうだ。俺今考えてたやつがあるんだけどさ、オチが微妙だから、ちょっと二人でいい別解を考えてよ!〕
『別解でいいんですか?』
〔うん、一応トリックは考えたんだけどね。この答えだと絶対マスクの人が「糞じゃん」とか「つまんねー」とか言いそうだからさ。上手い事キレイな解答例がでたら、そっちを本当の正解にしようかなって〕
『なるほど』
[おもしろそうじゃん! 出して、早く]
コウくんに急かされ、DF946が出題を始めた。
〔うん、じゃあいくよ。密室ナンバー0015。タイトルは〈パワードスーツの密室〉〕
なにそれ! と、コウくんが興味を引いたような声を出す。
〔SF作品に出てくる、パワードスーツってあるじゃないですか。アイアンマンとか、サムス・アランみたいな。あんな感じのメカメカしいスーツの中で死んだら、それも密室って呼べるのかなって思ってさ〕
『いいですね。閉ざされた空間で死ぬのでしたら、それも密室って事にしましょう』
DF946が先を続ける。
〔で、俺が考えた最強のパワードスーツ、〈マグナシールド〉はどんな攻撃でも跳ね返し、絶対に破壊される事はありません〕
[でたー中二病]
〔でも中で人が死んでます。俺はどうやって殺したでしょうか?〕
もう出題が終わったらしい。
『どんな攻撃も効かないから偉大な盾なんですね』
[安直……だけど二カ国語混ぜちゃうところがさすが中二病]
〔いいだろどうでも。俺のネーミングセンスじゃなくて、密室の話しようぜ〕
では、とオルテガが質問する。
『火炎放射器の炎で炙ったらどうでしょう。中の人は熱で死ぬんじゃないでしょうか』
〔無理だね。マグナシールドの内部は温度が自動調節される機能がついてるから、いくら装甲の外を温めても内側の温度は一定に保たれます。どれだけ高温にしても冷凍しても、中の人は死にません〕
なら、溶鉱炉に沈めちゃえ! というコウくんに対し、「それじゃあ密室ごと消えてしまいます」とオルテガが冷静にツッコんだ。
『それなら電気を流したのでは? 金属の装甲板なら、中に居る人にまで電流が通るはずです』
とオルテガが続ける。
〔それも違うよ。中の人と装甲の間には絶縁体があるから、いくら電圧を上げても装着者は感電しない〕
まだDF946は解答を却下した。
[じゃあこれは?]と、今度はコウくんが仮説を立てる。
[そのマグナシールドごと、海の中に突き落としたんだ。で、窒息死。それか中の空気を全部抜き取るか、真空の宇宙に連れて行った!]
最後の法は突飛だが、間違った飛躍はしていなかった。
〔違うね。マグナシールドの中は背中についたタンクから空気が供給されてるから、外から抜き取る事は不可能な設計。完全に隙間のない密室だから、宇宙空間に居たって死なないよ〕
[んじゃあ海底に沈めて、その水圧で圧し潰して殺したりとか]
〔それも無駄。マグナシールドはどれだけ圧力をかけても潰れません〕
矢継ぎ早に放たれる仮説の全てを、マグナシールドの如く的確に跳ね返していく。
そこで、新たにプレイヤーウィンドウが開かれた。唐突にログインしてきたのは、〈kicracker〉だった。
[あ、キックさんだ。ぎゅないどぅん]
「おう」
『遅かったですね』
〈kicracker〉のウィンドウ内には、黒いウィンドブレイカーのフードを被った人物が映っている。顔の下半分だけをマスクで隠し、右目には黒い眼帯をつけている。その登場と共に、ゲーム会場にメタル調の洋楽が流れ出した。今まで気にも留めていなかったが、ここのBGMはキックラッカーのPCから流していたものらしい。
「糞教師に説教聞かされてたから遅れたわ」
[キッくんそれ、カネキくんのマスクでしょ! どうしたの、グールになったの?]
「あー内臓移植されてな。で、今何してんの?」
俺が出題中です。とDF946が答える。
『パワードスーツの密室らしいです。どんな攻撃も効かないアーマーで、熱でも電気でも圧力でも中の人は死なず、空気ボンベが内部にあるため窒息死もしないそうです』
「へー。なんでもいいから早く殺してーわ。誰か早く解いて俺に出題順回せ」
[キッくん、いつになくテンション高めだね。なんかいい事あったの?]
とコウくん。
〔どうせ好きな子と一緒に帰れたとか、そんな事だろ〕と笑うDF946に「まあそんなもんだ」とキックラッカーも笑った。
[じゃあ続きやろう。そのパワードスーツのさ、空気タンクを壊したんでしょ]
再度コウくんが仮説をぶつける。
〔違うね。スーツには傷一つ付いてない〕
『それでは、こんなのはどうでしょう』
オルテガが発言して、ウェブカムの前に何かを映した。画面を向けているのは、彼のスマートフォンのようだ。そこに、今検索したであろう画像が映っている。
『スクラップ工場などで使われる〈大型電磁リフティングマグネット〉と呼ばれる巨大な電磁石です。これでマグナシールドを磔にし、吊り上げてしまえば、もう身動きは取れないはずですよね。それで、このまま数週間放置して中の人を餓死させたんです』
「マグナシールド? なにそれ」
[リクくんが考えた最強のアーマーだよ]
コウくんの解説にキックラッカーは「フッ」と一笑しただけで、特に何も言わなかった。
〔残念だけどハズレだよオルテガさん。被害者は身体的ダメージを受けて、吐血して死んでます〕
なにー? とコウくん。
[じゃあ前の教祖様みたくEMPで内部のエアコンの機能止めてから煮るなり焼くなり、とか考えてたけど吐血させられないじゃん!]
〔うん……〕
DF946が申し訳無さそうに首筋を掻く。
〔もちろんマグナシールドはトラックと衝突しても戦車に轢かれても解体用鉄球ぶつけてもグレネードで爆破してもRPG撃ち込んでも無傷だからね〕
「ハンパねえな」
『プロジェクトグリズリーのトロイさんのスーツみたいですね。この状況ならもう、あれしかないんじゃないですか?』
〝あれ〟? とコウくんが聞く。
『密室が構成される前から死んでいた。……死体をパワードスーツに入れたって事ですよ』
「よくある発想だな」
案の定出題者の答えも、
〔んー……それも違うかなー〕だった。
2人共解答に行き詰まり、しばらく無言で頭を働かせていた。
[教祖様はやく次の仮説出してよ。一番頭いいんだから解けるでしょ?]
コウくんが待ちきれず、じれったそうにオルテガを責める。
『そんな、わたしは名探偵じゃありませんよ。コウくんさんが勝手に頭がいいと思っているだけです』
[でも一番ものしりじゃん!]
『いいえ、カメラの下でスマホいじってますから……。話し方だけ博学ぶってみせてるだけですよ』
[うそだー。単語思いつかなきゃ検索もできないでしょ!]とコウくんがオルテガに文句を言うだけになってしまった。
「え、何お前ら。マジで降参してんの?」
キックラッカーが2人の様子を見て聞く。
[僕は出題専門なのに、教祖様が全然役に立たないんだもん。……じゃあカネキッくんなら解けるの?]
「あ?」
キックラッカーが片目で威圧する。そして、
「そりゃあ……。あー、遠心力とか使ったんじゃねえの? だって外側からは何も力を加えられなくて、完全な密閉なんだろ。だったら内側から力加えるしかねえじゃん。遠心力なら身体の重心から外に向って延びるからさ。クレーンとか使ってブン回せば血流止まってブラックアウトとか、脳虚血で失神したりすんじゃねえの? そのアーマーにどんだけ耐G性能あるか知んないけど、完全に無効化するなんて不可能だし、本気で殺す程急ブレーキの力かければ、骨とかも折れるんじゃねえか?」
[お……]
『……これは?』
オルテガとコウくんが出題者のウィンドウを見て反応を窺う。DF946はその視線を感じて答えた。
〔あー、それ正解〕
「まじかよ」
〔うん、じゃあこのトリックは〝中の人がグチャグチャになるまでシェイクした〟が答えって事で〕
[おわったー]
『さすがキックさん。意外と頭いいんですか』
「〝意外と〟ってのが余計だ」とキックラッカーがツッコんでいると、もう一人のプレイヤーがログインして、画面にウィンドウが開いた。
遅れて参加してきた〈ジャスティス☆吉田〉の画面には、いつも通り恋愛シミュレーションゲームのキャプチャーが映っていて、その主人公キャラクターのフキダシの中に文字を打ち込んで会話をする。今日、主人公「源ヒカル」の隣に立っている女性キャラクターは、「夕顔夏常」という名前の線の細い薄幸そうな美人だった。
[ヒカルくんこんばんわー]
ヒカル〈【はい】
「遅かったな。何してたんだ?」
ヒカル〈【いえ。ちょっと……遅くなっただけです。すいません】
〔追試とか食らってたんじゃねーの?〕
『……元気が無いようですが。大丈夫ですか?』
返信速度や文面から推理したオルテガの言葉に、「えっ」とジャスティス吉田が驚いた。
ヒカル〈【わたしは、いつもこんなテンションですよ】
「あー夕顔と一緒だからだな」
[だれ?]
「途中で呪い殺されて死ぬやつ」
ナツネ〈【もう死んでます……】
と、おっとりした女性の声が響き、彼女のイラストが半透明になって消えていった。幽霊だったらしい。
〔絶対なんかあったな〕
[なんかあったね]
〔まあ、これで全員揃ったわけだし。始められるね〕
「俺から出題していいのか?」
どうぞ、と口々にプレイヤーが促し、次の問題が始まる。
「おし、行くぞ。被害者は一人、だれでもいいや千田さんで。で、そいつは超超高級マンションに住んでる。そのマンションは三重に自動ロックの扉があって、入り口には二十四時間、警備員数人が来客の所持品検査をしてる。金属探知機とかもあって、空港の保安検査場と同じだな。そのマンションの自室で被害者は死亡。超厳重なセキュリティを搔い潜って密室完成だ」
『死体の様子を』
「おう。遺体の頭部には、先端の尖った鈍器で殴打されたような跡があって、頭蓋骨が陥没して脳まで食い込んでる。そのまま台所のシンクの上にうつ伏せに置かれ、ガスコンロの上にあった顔面は、黒こげになるまで焼かれている。当日被害者の部屋に入ったのは男一人で、エントランスからセキュリティチェックを通り玄関のドアを入る一部始終が監視カメラに映っている。さらに被害者宅から出て建物から立ち去るまで数十分間、不審な動きは見られなかった。そいつは黒いウィンドブレイカーにマスクとメガネを着けて顔を隠している。……まあ俺だな。
警察は勿論俺を疑ったが、凶器が特定できなかったから逮捕は出来ませんでしたとさ。おしまい」
〔あいかわらず無駄にエグい〕
あきれたようにDF946が洩らす。
「ムダにかどうかは解いてから言えや。はい質問は?」
はいっ、とパペットの手を挙げてコウくんが質問する。
[そんなマスクつけてメガネにフード被った怪しい奴、なんで警備員に止められなかったの?]
「そこは関係ねーんだよ。フードは被ってねえし。怪しい物持ち込まなかったから通してもらえたんだよ」
『何も持ち込まなかったというのは本当ですか?』
「手荷物はな。金属探知機のゲートくぐるために、財布とか鍵とかライターとか、あと煙草とかガムとかポケットに入ってた物は一応検査を通して来た」
[キッくんタバコ吸うの? 高校生なのに?]
「さあ、どうかな」とキックラッカーは笑って誤魔化した。
〔オートロックは? どうやって入ったの?〕
「千田さんとは知り合いだったから、会いたいって言って入れてもらった」
〔なるほど〕
被害者と親しい関係なら容易に近づける。自宅を訪れても怪しまれる事は無い。
[頭にあった傷ってどういうの?]
コウくんがまた聞いた。問題を解いた事は無いが、考える気はあるらしい。
「傷っていうより穴だな。親指くらいの長さの、先細りになった何かが突き刺さった跡が空いてる。左の顳顬あたりだな」
『つまりそれは、こういう事ですね。ピッケルやツルハシのようなもので横殴りに千田さんの頭を打ち据えて殺した。その先端が脳まで貫通し彼女を殺害。そのあとで顔面をガスコンロで燃やした、と』
「ま、そういう考えが妥当だろうな」
〔その家の中に凶器になるようなものは無いの?〕
「ねえよ。あったらゲームになるか。床には血が付いてるけど、それ以外の物に犯行に使われた形跡はナシ」
キックラッカーが即答する。
[じゃあ凶器を窓の外に投げ捨てた?]
「ハズレ。窓の外にも監視カメラがあって、そんなもんは映ってない」
〔他の家は? マンションだったら、他の号室に凶器を隠せるんじゃね?〕
「他の家に入れるわけねえだろ。部屋も借りてねえぞ。しかも廊下の監視カメラに不審な動きは映ってない」
『では、こういう事でしょうか。少し古過ぎるトリックですが、また茶の葉をパクて。凶器を死体の口の中にでも入れて、コンロの炎で溶かしたとか……』
「ははっ、おいおいマジかよ。お前ともあろう奴が推理力散漫だぞ。ちょっと考えれば分かるだろうから、あえて何も言わねえよ。ちなみに事前に被害者の家に行って細工を施すとかやってないから」
『たしかに……そうでした』
オルテガが自分の甘さに口を噤んだ。仮に凶器が氷やドライアイスでできていたとしても、犯人はそれを所持していなかった。犯行時間が数十分では被害者宅で水を凶器に形成する暇もない。それ以前にキックラッカーは、古典的なトリックの使い回しはしないのだ。
「おいヒカル、お前はなんか言わないのか? さっきから全然発言してねえじゃん」
ヒカル〈【え】
ヒロインが消えた画面の中で一人、ようやくジャスティス吉田がようやく質問に加わった。
ヒカル〈【じゃあ。焼かれていた死体の顔面っていうのは、どの程度?】
「おお、いい質問だな。もう首から上はグッチャグチャに焼け焦げて骨まで見えてるぜ。火をつけたまま死体置いて帰ったから、安全装置で自動的にガス止まるまで焼かれ続けたんだろうな。髪の毛まで引火してもうゴーストライダーだぜ。……いやスポーンかな」
DF946が続ける。
〔顔面を焼いたのには理由があるって事か。……まぁ、当たり前だよな〕
「そうそう。本当は首ごと切断してやりたかったんだけどな。問題にならないからやめた」
[死体の首から上に、隠したい何かがあったんだね。やっぱり、殴ったときの跡かなぁ]
「ククク……、だろうな。妥当な考えだと思うぜ」
少し考える時間を空けた後、ジャスティス吉田が口を開いた。(口は見えないが)
ヒカル〈【あなたが殺害現場に持ち込んだのは、タバコとライターとカギでしたっけ。それとサイフとガム、だけで間違いありませんか?】
「合ってるよ」
ヒカル〈【では。そのカギというのはどういう形のものですか】
「おお、持ち込めた物で凶器にしたってか。鋭いな。でも鍵はただの家の鍵だ。死体の頭の穴は五百円硬貨くらいの円錐形で、その平べったい鍵とは大きさも長さも違うぜ」
ヒカル〈【ではタバコは】
「ただの煙草だ。マルボロ。箱の中に凶器は入ってない」
ヒカル〈【ではライターは】
その質問が出た瞬間、少しの間止まり、キックラッカーが言った。
「よく聞いたな。ターボライターとかいう種類の、ゴツいガスバーナーみたいなチャッカマンだ」
〔えっ〕
ライターという言葉で勝手に百円ライターを想像させる、叙述トリックだったようだ。
『それを使用したのは確実ですね。突起などを付けて、鈍器として使える程の重さですか?』
「いやムリ。突起も付いてない」
[円錐形のスパイク。サイフの中に入れといて、殺す前に取り付ければ? 輪切りにして、コインに見せかけた!]
「何言ってっかよくわかんねーけど、そんなメンドい事してねえよ。改造はしてあるけど、ライターでは殴ってない」
ライターでは? とDF946が反応した。
〔じゃあガムっていうのは、どんなやつ?〕
「ふつーの板ガム」
へぇ、なるほど……。とDF946がニヤリと笑って一人で納得する。
〔なんかもう、分かったかも〕
[え?]
『答えがですか?』
〔うん〕
言ってみろ、とキックラッカーに促され、DF946がさらに質問を続けた。
〔まず根本的な事だけどさ、千田さんは本当に殴られて死んだの? その頭の傷が致命傷っぽく見えてるけど、千田さんの直接の死因は何だったの?〕
コウくんが[あ、そういえばそれ聞いてなかった……]と残念がる。キックラッカーは、
「言ったら謎なくなるかもしれねえけど、言った方がいいか?」
『その時点でもう、撲殺が死因ではない事を公言してるみたいですね』
「ああ」
諦めたらしく、死因を告白する。
「ーー縊死だよ」
[いし?]
〔絞殺?〕
ヒカル〈【そういう事でしたか】
ジャスティス吉田が解説する。
ヒカル〈【あなたは二度も「妥当な考えだと思う」という言葉を使っていましたが、一度も肯定はしていませんでしたね。あれは死因の話になるとはぐらかしていたんです。実際には死体の頭部に残っていた傷は、被害者の死後に付けられたものなんですね】
〔そう。絞殺で縛るロープみたいな物なんか、部屋の中からいくらでも調達出来るし、使った後も簡単に隠せる。頭に傷をつけておけば、その場にないような鈍器で殺されたように見せられるからね〕
[コンロの上に載せて焼いたのは、索状跡を焦がして消す為だね。だから首から上を焼いたんだ。本当は切断したかったのに]
『ライターは別の用途でーー』
「おい待てよ」
順調な推理の途中で、キックラッカーが水を差す。
「頭に残った傷は? どうやってつけたのか当てないと駄目だぜ」
するとDF946が〔それなら分かるよ〕と自信気に言った。
〔板ガム。あれをダイラタント流体みたいに使ったんだろ? テレビでやってるの見たよ〕
溜め息を吐き、キックラッカーは完全に諦めたらしい。
〔ガムを粘土みたいに捏ねて、先の尖ったスパイク状にして床にくっつけたんだよね。その上から勢いよく千田さんの頭を叩き落とせば、上手く行けばガムが潰れて変形するスピードより早く千田さんの頭が床に激突して、頭蓋骨にガムがめり込むんだ。それでココナッツの殻も割れるんだろ? 知ってるよ〕
『つまり……真相はこうですね。
ーーあなたは千田さんの家に上がり込むと、ベルトか靴紐か何かで首を絞めて彼女を殺害した。もしくは素手で殺してもいいかもしれませんね。扼殺跡でも皮膚を焼いてしまえば消えるでしょうから。ターボライターは、オイルタンクにイソフルランや笑気ガスなどを仕込んでおいて、それで気絶させてから殺したのではないでしょうか。その方が楽ですし、首を絞めている最中に暴れられないようにしなければなりませんからね。そうして殺害後に、ガムを使って頭部に穴をあけます。こうして架空の凶器により殺されたように見せかけたんです』
[犯行に使った後のガムは?]
『おそらく、タバコの箱にでも入れて、持ち帰ったんでしょうね』
推理が終わったのを聞き終えると、キックラッカーがおざなりな拍手を送った。
「やるな。正解だよ。流石に三人寄れば、だな。サクサク解かれて気持ちいいわ」
[三人? 抜かれたの僕じゃないよね]
「解説するか?」
〔どうぞ〕
ヒカル〈【おねがいします】
正解を認めた出題者が答え合わせを始める。
「まずターボライターは圧電素子を馬鹿デカいのに取り替えて、スタンガンに改造して使った。顔面を焼いたのは、スタンガンを使ってできた皮膚の焦げ跡を隠す為だ。そのあと窒息死させたんだが、もう解説する意味無いな。ただ凶器にはビニール袋を調達して使ったよ。どうでもいいけど頸動脈を押さえつけて顔面の鬱血とか失血とかを防ぐ為にな。あとはお前らの言った通りだ。……ガムの処分は違ったけど」
[ふぅん……どうやって処分したの?]
キックラッカーが笑って答える。
「食ったよ。当たり前だろ」
〔うっわ……〕
ヒカル〈【よくそんな発想が出てきますね。死体の脳を抉ったガムですよ】
〔でも板ガム全部って、多過ぎじゃね〕
『千切って飲み込んだんでしょう』
[口の中で溶けるチューイングキャンディーを使ったんじゃない? きかんしゃトーマスの!]
「どうでもいいだろそんなん。チョコレートと一緒に食って溶かしたんだよ。これでいいだろ」
問題がおわり、プレイヤー達が感想戦を始める。
ヒカル〈【タバコは、ライターを持っている必然性を、怪しまれないようにする為のカムフラージュだったんですね】
「だな」
[頭を焼いたのは、付着してたガムを蒸発させる為でもあったのかな]
「解釈は任せる。あと、ガムで作ったスパイクの中に鍵も入れとけば貫通力上がったかもな」
ヒカル〈【それにしても、すごいマンションでしたね。金属探知ゲートが入り口にあるなんて、どこの国ですか。そんなセキュリティの家、わたしが住みたいくらいです】
問題が終わってから、ジャスティス吉田が批評する。
ヒカル〈【あと、本当だったら絞め殺した死体は脱糞するし、血中の二酸化炭素濃度が上がるし、チアノーゼとかが出るので死因は誤魔化せませんね。キックさんは日本の鑑識を甘く見てます】
「そんなん、頭に空けた穴から血液抜き取りゃあいいんだよ。ウンコは拭いとけ」
ヒカル〈【全身に死斑が広がるはずです】
「だったら全身焼いときゃいいだろ。ライター持ってんだし。つーかこれは叙述トリックだから、おまえらプレイヤーだけ騙せりゃいいんだよ」
『いずれにせよ、実際の殺人には使えないトリックですね。ゲームの趣旨に合っていていいですけど』
実用的な犯罪のトリックなんか出題して何が楽しいんだよ。とキックラッカーが嘲り笑った。
「ところでよォ」
キックラッカーがまた、DF946に対して言う。
「最初のアレ、マグナシールドの問題の答えって、なんだったんだよ。結局解説聞いてねえよ」
〔あーあれ? ……最後ので終わってた方がキレイだと思うんだけど。聞くの?〕
いいから早く言え。とキックラッカーが興味もなさそうに促す。
〔あれはね、トラックで衝突したんだよ。ショックアブソーバーが耐えられる限界の力でブッ飛ばしたんだ。スーツは無傷だけど、マグナシールドを着てた中の人はグチャグチャ……って事〕
[なんだそりゃ]
言われてみれば、どんな攻撃にも耐えられると述べていたのはパワードスーツについてのみで、中の人が無事だとは一言も言っていなかった。……これも叙述トリックだったらしい。
オルテガも呆れたような苦笑を洩らす。キックラッカーの反応を窺うと、どうでもよさそうな態度で吐き捨てていた。
「糞じゃん。つまんねー」
構想段階のタイトルは「鉄壁の鎧と無形のクサビ」です。柔能く剛を制す。いいタイトルでしょう^^ 中国の兵法です。柔軟な発想で強固な密室も破れます。柔らかいガムでもココナッツを破れます(笑)