異形の使者と笑者のモニタールーム
〈DF:946〉のウィンドウが灯り、プレイヤーがログインした。キャップの鍔で相手側から顔を隠しながら、自分側のモニターで他の既にログインしていた面々の会話を窺う。
[あ、リクくんだ。すらまっぱぎー]
〔すらまっまらむ、コウくん。これ今、どういう流れ?〕
挨拶をしてきたプレイヤーの一人に、エフェクターを通し変声した声で応え。DF946が会話へ割り込む。
〈コウくん〉のウィンドウにはパンダのパペットが、〈オルテガ〉のウィンドウには覆面をつけた黒尽くめの人物が、〈kicracker〉の画面にはマスクの男が、〈ジャスティス☆吉田〉のウィンドウにはシミュレーションゲームのプレイ画面が、それぞれ映っている。
ヒカル〈【論理的に推理出来ない問題が、このゲームの主旨に合っているかどうかですよ】
〈ジャスティス☆吉田〉が文字を打ち込み、今来たばかりのDF946に議題を説明する。源氏物語をモチーフにした恋愛シミュレーションゲーム画面内で、主人公らしい男性キャラクターのフキダシを借り、彼は文字を打ち込んでいる。
「で、この前のクソパンダが出した問題について、このエセ教祖とギャルゲー男がディベートしてんだとさ」
キックラッカーが中立の立場らしく言い足す。彼が黒いフードの下につけている仮面は、映画「羊たちの沈黙」でハンニバルレクター博士が着けられていた拘束用のマスクだった。
『しかしコウくんさんの出題は、ゲームとして成立していますよ。トリックも、謎解きの過程で導き出せるはずのものでした』
「今まで誰も答えられた奴いねーけどな」と、キックラッカーが笑う。
ヒカル〈【いいえ。その謎解きの足掛かりになるべき情報はどれも、コウくんが後出しするヒントの中だけです。推理ゲームとしてのゲーム性が保たれてないと思いますよ。それに、前回のコウくんの問題は元ネタのアニメを知らなければ正解に辿り着けないものでした】
[昔のアニメまでアンテナ張らないのが悪いんだよー]
べぇーっだ。と舌を出し、一瞬だけ出たパペットの裏の因果が挑発する。
「ヒカル、全くその通りだな。コイツ解かせる気無ェもん」
『しかしそれは、裏を返せば「元ネタを知っている人には、解く事が出来たかもしれない」って事ですよ。知らなかったとしても、その場で検索する手段はあったんです。言い換えれば、始めから伏線はこの世界に存在してて、それをコウくんが出題する前に知る機会は、いくらでもあったという事です』
「おお、なるほど」
オルテガの反論にキックラッカーが感心する。
『「海亀のスープを飲んだ男が自殺した」という問題と同じですよ。あのクイズも演繹的推理の水平思考パズルと捉えれば、同じ推理ゲームと呼べるはずです』
「やるな教祖。どうするヒカル、お前の負けみたいだぞ? 俺もちょっとコイツの意見に傾向するかも知れねえわ」
源ヒカルの表情がムッとしたものに変わる。
ヒカル〈【詭弁です。のせられないでください。論理的でないものを論理的であると、論理を振りかざして論理的なように思わせてるだけです】
〔ごめん何言ってっか分からないわ〕
プレイヤー達の会話を聞いて傍聴していたDF946が、ようやく口を挟んだ。
〔ヒカル君とコウくんの戦いで、教祖様がコウくんに加勢して、レクター博士は今からコウくんサイドに味方するって事だね〕
ヒカル〈【四面楚歌ですか!? 】
「ああ。そういう事だから、今日から出題者は情報を全て提示しなくてもよくて、回答者は手掛りを質問して見つけ出す、ってゲームにルール改訂な。これなら出題もスムーズになるし、考える時間が長くなっていいよな」
ヒカル〈【……今までとあんまり変わってる気がしないんですが。いいですよ】
〔コウくんとヒカル君は情報提示するかしないかでハッキリ別れてるけどさ。教祖様は論理的に見えて問題メチャクチャだし、キックさんは破天荒ぶってるくせに出題が本格ミステリーっぽいよね〕
[ナイスまとめ]「うっせえ無個性」と口々にコメントが送られる。自分の発言のせいで、DF946自身の没個性さが浮き彫りになってしまった感は否めなかった。
「じゃあそろそろ始めるぞ。俺から出題してもいいか?」
[どうぞー、先攻]
〔ターン制だったのか〕
いくぞ、とキックラッカーが問題を出す。
「今考えついた密室だけどな。舞台は宇宙空間。地球の調査員が、浮遊していた謎のスペースシャトルを発見する。調べてみるとそれが、数年前から行方不明になってたシャトルだと判明して、中を見てみるとアメリカ人宇宙飛行士の死体が見つかる。被害者は男性、一人。死因は頭部切断による即死」
[うっわ]
「死体の状況は、腹から背中まで何かが貫通したような大穴が空いてる。さらに胸部にも、肉を抉り取られたような穴。片腕と頭部が切り離され、全身に化学熱傷を負っている。顔面もドロドロに爛れて、骨まで見えてる状態」
『酷過ぎますね』
〔オーバーキルじゃん……〕
化学熱傷ってなに? と聞くコウくんに対して、ジャスティス吉田が解説をしてあげる。
ヒカル〈【薬品によるヤケドの事ですよ。全身に硫酸か何かをかけられたんでしょうね】
[うっえぇー]
「もちろん犯人はシャトル内には居なく、脱出ポッドも未使用。はい、どうやって作った密室でしょうか」
フフッ、とオルテガが覆面の下で笑いを洩らす。
〔死体を入れてから宇宙に放り出したシャトルなんじゃないの?〕
「ちげーよ。宇宙ステーションから出発する時にはまだ生きてた。で、最後の交信のあと消息不明になってた」
確認の為に聞いたDF946の仮説もキックラッカーがぶった切る。
ヒカル〈【わかりませんね。情報はそれで全てじゃないんでしょう? ヒントが必要です】
『いいえ、これが全てだと思いますよ。キックさんは伏線の出し惜しみはしない人です。それに、先程の会話を聞いてから作った問題だというのがヒントになっているんじゃないでしょうか。これは、元ネタを知らなければ解けないタイプの問題です』
ヒカル〈【?】
既に答えが分かってしまったらしいオルテガが、問題を引き継いだ。
『でもこれでは分かりづらいですよ。キックさん、私がこの問題を改変してもよろしいでしょうか』
「あ? いいけど。こんな糞問題」
『私ならもっと大勢殺しますね。被害者は10人です。一人は胸に穴が空き。一人は首を切断されています。三人は体中を切り裂かれ、腕や脚を切り離されて出血死です。もう三人は体を貫通する程の大穴を空けられ心臓が破裂。残る二人は化学熱傷で焼け死んでいます。この中の一人は半身が綺麗に消え去っている事にしましょう』
「死因を分けたのか」
ヒカル〈【でましたよ大量虐殺】
〔でも凶器が分かったよ。なるほどね。ゼノモーフだ〕
『正解』
それなに? とコウくんが解説を求める。
『どこかの宇宙人の生物兵器で、映画「エイリアン」に登場する有名な宇宙生物です。……で、合ってますよねキックさん』
「ああ、正解」
出題者に正解を貰い、オルテガが解説する。
『エイリアンは人間に寄生して、チェストバスターという形態で胸を突き破って孵化します。胸に穴の空いていた人の死因は、これによるショック死です。エイリアンの成体は鋭利なしっぽを持っているので、腹部を貫かれたり首や腕を切断された人も全員、エイリアンとの戦闘による負傷死です。エイリアンの体液は強酸性なので、化学熱傷を負った人はエイリアンの返り血を浴びたのでしょう。エイリアンはチェストバスターの状態で乗員の一人の体内で寄生したままシャトルに持ち込まれ、出航後に羽化しました。つまり出航前の乗員の体内にエイリアンを寄生させた宇宙ステーションの職員が犯人のキックさんです』
[じゃあエイリアンはどこにいっちゃったの?]
シャトル内にエイリアンが居なかった事への説明を求められ、オルテガが応じる。
『チェストバスターは乗員の体内に入れられる前に、チェストバスター自身の体内に爆弾を埋め込まれていたんです。エイリアンがシャトルの乗組員全員を殺したと思われる時を見計らい、犯人は爆弾を起爆します。これで凶器として使ったエイリアンを消滅させて密室を作る事が出来ます。
私は爆弾の種類を、反物質爆弾にしておきました。反物質によて引き起こされる対消滅なら、証拠を跡形も無く消し去る事が出来ますからね。被害者の中に半身が綺麗に消え去っていた人が居たのは、その対消滅に巻き込まれたからです』
〔ふぅん。じゃ、キックさんの場合は?〕
『あの場合は、多分ですが、チェストバスターに胸を食い破られても生きていた屈強なマッチョマンが、エイリアンとの死闘の末に相討ったんでしょう。たまたまキックさんが仕掛けた爆弾が被害者の傍にエイリアンがいる時に爆発したので、被害者の全身に体液がかかったのだと思われます』
「解説どうも。オレの手間が省けた」
キックラッカーが全面的に正解を認めた。
〔シャトル内の様子を聞けば、一発で分かるヒントが貰えてたって事だな〕
[僕だったらキックさんが爆弾のスイッチ押すまで、ヒロインだけ生き残らせてあげるね]
「映画かよ」
コウくんが笑う。
[ヒカルくん、ぜんぜんダメだったね]
ヒカル〈【私は洋画には明るくないんです。コウくんだって分かってなかったじゃん】
[僕はソルヴァーじゃないからいいんだもんねー]
コウくんがまたジャスティス吉田をからかって笑う。彼はあくまで出題専門だと言いたいらしい。
「じゃあパンダ。次はお前が出せよ」
ヒカル〈【そうだね】
[えぇ、僕?]
キックラッカーに指名され、コウくんのターンになる。
[いいよ。でも、これより先に出そうと思ってた問題が今調整中だから、時系列が前後しちゃうかも]
〔何? 出題順が伏線みたくなってるの?〕
[ううん。別に伏線なんか一個も考えてない]
「じゃあ早く出せよ」
プレイヤーに急かされ、コウくんが話し始めた。
[いーい? 最初に言っとくけどこの問題、絶対誰も解けないからね。みんなみたいに常識で頭の凝り固まったバカには解かせる気もないから。宣言するよ。笑っちゃうくらいヤバいから、覚悟しといてね]
「オラ上等だ、早く出せや!」
『宣言しなくても、あなたの問題を解いた人なんて一人もいませんよ』
ヒカル〈【あんまりにも酷かった場合は、私からの批判の憂き目にあうのはコウくんですからね】
[おーけー、いくよ? 場所は孤島の地下実験施設。そこの一室に子供の頃から一人で監禁されてる人がいるの]
〔真賀田四季だ〕
[違うよ。千田さんだよ。彼女の部屋は真っ白い壁と天井に囲まれてて、中にはトイレとベッドとテレビモニターくらいしかありません。食事は扉に空いた郵便受けみたいな穴から供給されてて、壁に埋め込まれた大きなモニターを使って、毎日僕がテレビ電話でお話ししながら千田さんの健康を管理しています]
「何もしなくても三食支給されるのか。天国だな」
ヒカル〈【動物園じゃないですか。地獄ですよ】
コウくんが続ける。
[扉は頑丈で、内側からも外側からも電子ロックを解除しなきゃ開きません。千田さんはその中で変死体になって見つかりました。でも千田さんが部屋に入ってから死体として出されるまでの10年間、扉が開けられた記録は残っていません! もちろんログを改竄したりしてないからね。はい、どうやったでしょーか?]
〔とりあえずコウくんには女性を監禁する趣味がある事が分かったよ〕
出題が終わり、プレイヤーが質問を始める。
『変死というのは? 死体の様子を詳しく教えて下さい』
[様子? んーとね……それは]
オルテガの質問を受け、コウくんが考える。そして、
[ナイショ!]
「は?」
〔おい!〕
オルテガ以外の全てのプレイヤーからバッシングが飛んだ。
[ヒントに頼ってちゃダメだよ。出題者は必ず質問に答えなきゃいけないなんてルール無かったでしょ? 本当に行き詰まったっていうんなら教えてあげるけどね]
「フッザケ……」
〈コウくん〉のウィンドウ内のプレイヤーが、パンダのパペットの裏で意地悪く笑う。
『まあまあ。……彼が死体の状況を言わないのは、それを言ってしまうとトリックが分かってしまうからではないでしょうか。こうやって質問によって手掛りが全く得られないわけではありませんし、もしかしたら既に情報は出揃っているのかもしれませんよ?』
オルテガの変声された誘拐犯のような淡々とした声で、プレイヤーは落ち着いた。
〔うん、じゃあ、食事に毒を入れたんじゃないのかな。泡吹いてたりしたら死因まる分かりだし〕
とDF946。
[ちがうよ。毒なんか使ってません]
〔そのコウくんが言ってる毒の定義ってなに?〕
[ん?]
予期していなかった言葉を返され、質問の意図が読めずにコウくんが戸惑う。
[えー……それはやっぱり、人に直接害を及ぼす薬物……でしょ]
〔ふふっ。じゃあ〝直接〟人体に害は無くて〝薬物〟じゃなければ〝毒〟に定義しないって事だね〕
「おお」
DF946の意図が読め、キックラッカーが感嘆の声を洩らした。
〔じゃあ食べ合わせとかはどうかな。単体としての食品には全く危険はないけど、一緒に出されて食べちゃったら、死ぬ事もあるかもしれないよ?
例えばスイカとビールを一緒にしたら急性アルコール中毒と脱水症状を併発するし、サンマと漬け物を合わせたらジメチルアミンと亜硝酸塩が合わさって発ガン性物質ができるよ。
千田さんがアルコールいける人かは分からないけど、サンマの方ならニトロソアミンが体内に蓄積されて、発ガンして全身に転移するまで10年監禁してた理由もつくでしょ?〕
『なるほど』
「スゲーな。それビールだったら確か、ドリアンと合わせたら殺せるぜ」
ヒカル〈【コーラ飲んだ跡にメントス食べて、病院おくりになった中国人とかいましたもんね】
〔関係ないけどチョコレートの致死量って体重の10%らしいよ〕
『モンスターエナジー4本飲んだらカフェイン中毒でリアルに死にます』
プレイヤーが食べ合わせの話で盛り上がる中、コウくんが口を出した。
[残念だけどハズレ。予想してなかった答えだから正解にしてあげたいくらいけど、食べ合わせの悪い食事は出してないよ]
「本当か? お昼ご飯を残してて、たまたま夕食と一緒に食べたら当たったとかもするんじゃねえのか?」
[してないよ。ちゃんと監視カメラで見てるんだし、しかもそれじゃ、ただの事故死じゃん!]
やっぱり監禁趣味か……とDF946が呟く。
「じゃあ毒ガスだな。食事を供給する扉から送り込んだんだ。毒を使ってないっていうんなら、空気感染する細菌かウィルスだろ。天然痘とかなら密室内にいれば感染するし、かなりグロい症状出るから死体の様子も言えなくなるだろ」
[ざんねんハズレー。誰か言うと思ったよ。施設内は完全に無菌状態だし、千田さんのお部屋は常に空気洗浄機とエアコンが作動してるから、密室内にいても病気には感染しないんだよー]
キックラッカーの仮説を即座に否定する。
ヒカル〈【なら食事の供給口から狙撃したのでは?】
「古臭ェトリック」
[それもハズレー。みんなが出しそうな答えなんて僕が一通り予想して来てあげたから、いくらでも即答できるよ]
ヒカル〈【なぜですか。銃弾を麻酔銃のようなものにしておけば。空気感染なんて経路を通さずに直接細菌を注射できるじゃないですか】
[ぜんぜんハズレ。ちょこっとだけヒントあげるけど、死体には外傷は一切ないよ]
ノギハ〈【むぅ】
ジャスティス吉田のゲーム画面内の中で、源ヒカルの隣に立っていた、制服を着崩した色白でスタイルの良い美少女がむくれっつらをした。軒端の荻をモデルにした「萩原軒端ちゃん」らしい。彼は毎回、画面内のキャラクターを変えられるようだ。「空蝉はどうしたぁぁあ」とキックラッカーが不満な声を上げていた。
『また少し、質問をしてもいいですか?』
[うんいいよ]
とコウくんがオルテガの質問に応じる。
『では、なぜあなたは千田さんを10年間も監禁していたんですか? それと、その施設は何の実験をしていたのでしょう』
[んー?]
コウくんがよく考えていなかった様子で答える。
[それはやっぱり、密室で殺す為に決まってるじゃん。その研究施設そのものが〝密室の中で死ぬ〟って状況を作り出す目的の為だけに建てられた、全く意味のない場所だよ。千田さんは洗脳で、部屋の外は危険だって教え込んだから、外に出ようとはしないんだよ]
〔10年前から殺意持ってないとできなかっただろうな。コウくんってもしかして凄い年増?〕
ヒカル〈【常人なら孤独死しそうですけどね】
「ミルの感覚遮断実験みたいだな。もしかしてそれが真相か?」
キックラッカーが笑いながら茶化す。本人も孤独死なんかが真相だとは思っていないのだろう。
〔人肌恋しくもなるよな。もしかしてテクノブレイクじゃね?〕
『ふふふっ、丁度テレビ画面もありますしね』
〔コウくん厳選の上映会?〕
オルテガとDF946が二人で、やけに気持ち悪く笑う。[なあに、それ]そ聞くコウくんに、ジャスティス吉田が【知らなくてもいいことです】とコメントした。キックラッカーも意味が分からなかったのか、画面の下でキーボードを打ち、検索した結果に顔を顰めた。
『要はそんな感じなんでしょう。部屋の中に扉とトイレとモニターくらいしか無いという事は、そのどれかがトリックとして用いられたって事なんですよ』
ヒカル〈【論理的だね】
〔モニター越しに死銃で撃ったんじゃない?〕
[そんなトリック使う余地ないよ。あんなマヌケと一緒にしないで欲しいね]
コウくんなら完全犯罪にできそうだ。とDF946とコウくんはなぜか仲良くなった。
「じゃあ、ホラー映画かなんかを大音量で流したんじゃねぇの? 部屋の照明消してからいきなり観せれば絶対ビクるだろうし、元から心臓弱い奴にやれば死ぬんじゃね?」
[それもハズレっ。被害者に持病なんてないし、老人だったらそれで死ぬだろうけど、千田さんは若いからビックリしたくらいで死んだりなんかしないよ。それにショック死だったら死因聞かれた時にそう答えてるよ。……んー、この答えも絶対誰か言うと思ったし]
「アァ?」
小馬鹿にされたと感じたのか、キックラッカーの眉が寄る。画面下で右手を傾けると、持っていたスチールイーグルがちらりと映った。
ヒカル〈【じゃあポケモンのアニメでも見せたんじゃないですか? あの、ポリゴンが出てくる回の】
「うは。知ってるしソレ」
知っている話題が出た途端、キックラッカーの機嫌が元に戻った。
「ポケモンショックだろ?」
『なんですかそれ』オルテガ達が質問する。
ヒカル〈【ピカチュウが攻撃するエフェクトに、青と赤を交互に点滅させるフラッシングという技法を使ったんです。それが1秒以上にわたり25
回も連続して流されたため、750人の方が光敏感性発作を起こし。135人が病院へ搬送されました】
〔さすがWikipediaリーダー〕
「ポリゴンは悪くないのにな。そのあと一回もアニメ出させてもらえなかったんだぜ」
『凄いですね』
コウくんがまた流れを止める。
[でもポリゴンショックで死んだ人はいないらしいから、それもハズレだよ。
てゆーか、みんなよくそんなに次から次に答えられるよね。僕だったらー、めちゃくちゃかわいい萌えアニメ作って、それで萌え殺すとか言うなー]
ヒカル〈【キュン死ってやつですか】
〔比喩じゃなく? 萌え死ぬくらいかわいいアニメだったら、死んでもいいから見てみたいな〕
くだらね。とキックラッカーが呆れ返った。
『順調に消去法が進んでいますね。恐らく推理の材料がこれしかないのですから、もうじき正解に辿り着けると思いますよ』
[なあに? 教祖様、訳知り顔っぽいね。顔は見えないから訳知り声だけど。なんか分かったの?]
挑戦するように、コウくんがオルテガに聞く。どうせ不正解だろうという考えが声に滲み出ている。
『はい。もうだいぶ分かってきました。部屋の中にトリックとして使える物がモニターくらいしかないのですから、本当にモニターを使って殺したんでしょうね』
[ほー。で?]
『……まだ特定は出来ていませんが』
「なんだよ」
そんなオルテガの様子を窺ってか、ジャスティス吉田が文字を打ち込んだ。
ヒカル〈【もしかしてオルテガさん、1/fゆらぎとか境界領域下刺激とかを映像に挟んで、自殺に誘導したとか考えてませんか? そういうサブリミナル効果は実証されていませんよ?】
『わかっています』
「最原最早とかなら出来るな」
[ひひひ]
行き詰まったプレイヤー達を見渡して、コウくん一人だけがいやらしく笑っていた。
[今んところリクくんより正解に近い人いないね。ヒント教えてあげよっか? 千田さんの死因ね、過呼吸による呼吸困難からの窒息死だよ]
窒息死ーー。これが始めから分かっていたら、こんな紆余曲折は出来なかったであろう。空気清浄機やエアコンのようなものが常に作動していたのなら、室内の空気を変える事はできない。
『食べ物が気道に詰まったわけではないですよね』
[うん]
『なら分かりました。モニターや食事が殺人に使われ、10年間も洗脳していた。そしてリクくんの解答が一番正解に近かったんですよね? それなら、答えはこれのはずです』
〔おっ〕「来たか解決編」とプレイヤーが注目しだす。オルテガは落ち着くと、自身を持ってこう言った。
『あなたはテレビ電話を使い、千田さんに催眠術をかけて殺したんです』
[……]
ヒカル〈【】
〔……〕
「……はい?」
オルテガが余裕たっぷりの声で解説し始めた。
『コウくんは千田さんに、何か嫌いな食べ物を設定したんです。今は適当に、それが「バナナ」だったということにしておきましょう。コウくんは「バナナは食べては行けないものだ」という事を、10年かけて千田さんの脳に刷り込みます。バナナを食べて死ぬ人の映像を流し続けるのもいいかもしれません。そうして千田さんに「バナナ」は外界の空気に汚染された毒であると充分に認識させた上で……バナナを、食べさせたんです。実際に食べさせなくても良かったのかも知れません。ただ食事を終えた千田さんに、「今さっき食べたものの中にバナナが混入してしまっていた」と伝えれば、その途端千田さんの脳が死を認識してしまい、実際に死に至ったのです』
「……」
ヒカル〈【おおー】
ジャスティス吉田とコウくん以外は、まだ納得していないような反応だった。
『うまく死んでくれるか心配する必要はありません。コウくんはこの実験施設の広さを言っていませんでしたからね。他にももっと何百人と被験者がいて、たまたま死んでくれたのが千田さんだった、という事にすればいいんです』
「いやいや、上手く死ぬかどうかじゃなくてさ……、本当にソレで死ぬのかってところだろ。問題はさ」
一人得意げなオルテガに、キックラッカーが半畳を入れた。
ヒカル〈【いいえ、これは論理的ですよキックさん。ノーシーボ効果をご存知じゃないんですか?】
『ヒカルくんも知ってるんですね』
[なにそれ]
オルテガが説明に回る。
『プラシーボ効果が悪い方に作用する事ですよ。ノセボ効果とか、反偽薬効果とも呼ばれています。これはサブリミナルなんかとは違って、ちゃんと実験結果が出ている現象ですからね。本人が信じ込めば鬱病からの回復もできますし、麻酔無しの抜歯にも耐えられる程の鎮痛効果さえ出す事が可能です。ノンアルコールしか飲まなくても、その場の雰囲気で酔えてしまう人がいるのもこの為です。人間以外の動物にも作用しますし、自殺を図った人が毒薬だと思い込んだ無害な偽薬を飲んで、異常なまでに血圧が低下して死にかけた事例もあります。現実に体調を変化させられる程の脳活動でなら、人を殺害出来る可能性もあるとは思いませんか?』
〔おぉぉ……〕
「興味深いな」
次々にプレイヤー達が得心した様子を見せる。
[ううん、面白いね。……まぁ、でもハズレだけど]
『な……なぜですか』
[反論はできないけど。答えとは違うから]
「だろうな。[なにそれ]って聞かれてた時点で違うと思ったわ」
落ち込むオルテガをキックラッカーが笑った。
[なに、みんな弾切れ? 答え教えてあげよっか?]
〔うん、いいよ。俺もうなんも思いつかない〕
「オレも出ねぇよ。これより狂った答え出せる奴いたら、たぶんソイツ普通の生活おくれてねぇよ」
『私も。最初から覚悟してたものの、コウくんさんの問題はやっぱり無理です』
ヒカル〈【お手上げですね】
[よっしゃあ雑魚ども。負けを認めろ]
画面の中で、コウくんだけが一人笑っていた。
[分かんなかったでしょー。正解はね、笑い死にでした!]
アァ? とキックラッカーがコウくんを睨んだ。今日は隙間の多いマスクの為、部分的に見える顔のパーツが柄の悪さを際立てている。素顔は以外と美形なのかもしれない。
ヒカル〈【コウくんがテレビ電話を使って、死ぬほど千田さんを笑わせたって事?】
[そだよ]
「フザケろ。やれるもんならやってみろや今」
[えぇー、僕のギャグ高度過ぎて、今の時代の人には理解出来ないかも……]
苛ついたキックラッカーの声にコウくんがたじろぐ。
〔千田さんは未来のコウくんが殺したんだね〕
「いいからやれよ早く」
キックラッカーが逃がさない。
[うーん……理解出来なくてもー、みんな般若心経よめば……]
コウくんがパンダのパペットを下し、右手をOKの形にして、大仏のようなポーズになった。
[だいじょう仏教]
ゲーム会場が静まり返った。全員の音声レベルメーターが、一斉に平坦になった。
『……』
「……大丈夫と、大乗仏教をかけたのか?」
[……]
ヒカル〈【……なるほど】
〔コウくん、絶対水高の生徒でしょ。……進学校の人のギャグって、だいたいが勉強に絡んでで面白くない〕
ぶふっ、とオルテガが噴き出した。一人だけ笑いを堪えていたらしい。
「そんなんで人笑い殺せんのかよ……」
[千田さん仏教徒だったから]
ヒカル〈【あ、だから般若心経って言ったんですね。般若心経は英語で、the great heart of wisdom sutra(大乗仏教の教典)だから】
〔千田さんの笑いの沸点が心配になるレベルだ〕
ふっはっは、とまだオルテガは画面の外に消えても笑っている。
[ねえ! みんな間違ってるよ。ギャグは面白ければいいって思ってるでしょ]
コウくんはスベった恥ずかしさからか、元々あまり見えていない顔をパンダで隠した。
〔そうだね。その場のノリとかで糞つまんない事でも笑えたりするからね〕
「今のオルテガみたいな事か。てかコイツどこの教祖だよ」
ヒカル〈【私もでんぢゃらすじーさんで笑ってしまった事もあります】
だから違うって! とコウくんは何かを訴えた。
[笑わせられたら何でもいいでしょ! 必要なのは笑わせるきっかけだよ!]
「ん?」
〔あっ〕
『千田さんの食事に、何か盛ったんですね』
いつの間にか笑い止んでいたオルテガが、平然と画面内に復帰していた。
「ワライタケみたいなもんか」
ヒカル〈【笑い茸? それって実在するんですか?】
「する。でも幻覚作用があるだけで笑い死にする事はないな。マジックマッシュルーム的なやつだし」
〔やっぱり毒に定義されない何か喰わせたんだな〕
ヒカル〈【幻覚を見ている最中に笑わせたって事ですか?】
[ふふふっ……無知はいくら考えたって無駄だよ。これは最初から知識問題だからね! 正解は、……クールー病でしたー!]
全員が一斉に検索をかける。一番先に見つけ出したキックラッカーが、呟いた。
「クロイツフェルト・ヤコブ病……食わせたのは——人肉?」
[ピンポーン。正解!]
パンダの口が高速でパクパクする。拍手のようだ。
[別名〝笑死病〟。死者の肉を葬列者が食べて弔うって風習があるフォア族から発見された病気でね、死体のタンパク質が変性した異常プリオンが蓄積される事で発現するんだ。千田さんには子供の頃から人間の脳味噌を毎日食べさせて、クールー病の潜伏期間が終わるまで密室に監禁してたんだー。……うっえ]
自分で言ってて気持ち悪くなったらしい。
〔笑死なんてあるんだ……〕
[うん。クールー病が直接笑死を引き起こすわけじゃないけど、笑い殺す引き金には充分だと思うよ。実際にも1975年にイングランド人の男性がお笑い番組を見て、25分間笑い続けたあと心不全で死んでるんだって]
資料を読み上げているらしいコウくんがスラスラと解説する。
「笑死……。羨ましい死に方だ」
〔そんな答え出せるわけないよね。これでまたコウくんが1点か〕
ヒカル〈【圧倒的な伏線不足ですよ。状況説明はほとんど揃ってましたけど……】
ヒカル〈【こんな少ないヒントじゃ推理もなにも出来ないです】
『そうですか?』
オルテガはまた、批判されているコウくんの肩を持った。
『先程のような、仮説を一つづつ消していく作業も、立派な推理の過程の一つですよ。それにコウくんは一番はじめに、自分の口からヒントを出していたみたいです』
〔え?〕
二ヒヒっと、コウくんは笑っている。
『ーー[笑っちゃうくらいヤバいから、覚悟しといてね]……と』
〔あー……〕
「……」
ヒカル〈【確かに……】
ノギハ〈【ほんとだぁ〜】




