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Poetic Fairy tail

水遊び‐Jeux interdits‐

作者: 栗栖ひよ子

「シャーロット、そっちに行くと危ないよ」

 きらきら、木漏れ日が、湖畔を走る私たちを照らす。

 窮屈な靴を脱いだ、裸足のつま先が草むらを蹴る。くるくると回るように、ぴょんぴょんと跳ねるように走れば、今だけ私はバレリーナ。

 淡緑色の草原の絨毯。木漏れ日はスポットライト。湖で遊ぶ二羽の白鳥。

 困ったような笑顔で私を追いかけるお兄ちゃんに、いたずらっぽい笑顔を送って、私はレースたっぷりのスカートを翻すの。

「シャーロット、そっちにはちいさい川が……っ」

 お兄ちゃんの碧くて透き通った瞳が、驚きに見開かれた。と、同時に、私の金色の巻き毛がふわりと空に向かって広がる。

 あ、違う。髪が逆立っているんじゃなくて、私が落ちているんだ。

 大きな水しぶきの音が響く。クリスタルのような丸い水の粒が、たくさん私の周りから上がって、太陽の光に反射する。跳ね上がる銀色の粒、落ちてくる金色の粒。

「シャーロット! 大丈夫!?」

 お兄ちゃんが膝をついて、私に向かって手を伸ばす。だけど私は楽しくなってくすくすと笑って、全身を水面に預けた。ふわふわしたシフォンのブラウスも、チュチュのようなレースのスカートも、水を吸って肌に張り付いている。

「お兄ちゃん、見て、浮くわ」

「シャーロット、危ないよ。流されてしまうよ」

「かまわないもの」

 一緒に流されてくれないの? と聞くと、お兄ちゃんは綺麗な顔をゆがめて、

「何言ってるの。早く上がって」

 と怯えたように言った。

 大好きなお兄ちゃん。金色の巻き毛、大きな碧い瞳、私とそっくりな、私より優しい顔のお兄ちゃん。でも男の子は臆病だ。水遊びはいつだって、危険で楽しい遊びなのにね。

 川を流されるまま進むと、薔薇の繫みの下を通った。水面に浮く真紅の花びら。私は茨をくぐるとき、薔薇をいくつも、首からもいだ。

 私の行為を咎めるように匂い立つ花弁。そう、無邪気な女の子は残酷だ。

 私の周りを、同じスピードで流されてゆく薔薇たち。水葬の儀式みたい、と思って手を胸の上で組み、目を閉じてみる。このまま天国に行けたら素敵なのにね。黒いシフォンブラウスも、胸に結んだ赤いリボンも、そのための装いみたいだ。

 遠くから、お兄ちゃんが私を呼ぶ声が聴こえる。薔薇をもいだときに刺を刺した指先から、血がぷつりと浮き出ている。私は薔薇の花びらを一枚むしり取り、真紅の血と一緒に口に含んだ。

「……甘いわ」

 それは残酷な遊びの、禁じられた味。呟き、再び目を閉じると、近くで大きな水しぶきの音が上がった。

 驚いて目をあけると、川の中に腰まで浸かって立ち尽くし、困ったように眉と唇をゆがめて微笑うお兄ちゃん。

 かぶっていたキャスケットは水面に落ち、サスペンダーで吊ってあったベージュのズボンも、制服のようなアップリケがされたシャツも、濡れて肌が透けている。

 お兄ちゃんはアスコットタイを片手で外して放り投げながら、ぷかぷかと浮いている私のほうに歩み寄ってきた。

「流されるときは一緒だよ、シャーロット」

 私はとても嬉しくなって、お兄ちゃんの首に両腕をまわすと、お兄ちゃんは体勢を崩してそのまま水の中に倒れこんだ。

 濡れてつめたくなったお兄ちゃんのくちびるに、キスをする。

「ねえ、食べて」

 血の出る指で薔薇の花弁をつまみ、お兄ちゃんの口の前に持っていく。一瞬の逡巡ののち、私の指ごと、お兄ちゃんの舌に舐めとられた。

 指先から伝わる熱と、火照る身体を照らす夏の一瞬のきらめき。それは身悶えするほど甘くて、さっきよりももっと、禁断の味がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 服装や情景の描写が丁寧に書きこまれていて、作品の雰囲気にぴったり合っていたと思います。 [気になる点] >髪が逆立っているんじゃなくて、私が落ちているんだ。 「逆立っている」という表現が…
[良い点] 読ませていただきました。原初の童話、すなわち大人のための童話を読んだ事があるなら、この物語は少し理解できるのではないのできますね。 まさにシャーロットがそれですね。ただ、彼女は無邪気なだ…
[一言] こんにちは。読ませていただきました。作品全体を通してどこか背徳感というか、胸を締め付けられるような切なさと言いますか、まさに禁断の~といった雰囲気がありますね。 ちょっぴり怖いような世界観で…
2011/08/23 18:51 退会済み
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