009――ロレン
――カルリア候国。首都ロレン。
さて、そんな訳で依頼のあったカルリア国の首都であるロレンまで来たわけだが。
「へぇ~。これがロレンかぁー。あ、あそこに可愛い人形がーっ!」
「アイスクリーム屋……? 懐かしいですね」
「お兄さん! この人形下さーい!」
「…………特殊火薬?」
「――これはっっ!!!」
「おぅ、嬢ちゃん中々良い眼してるね。こいつぁ南の国で出来た最新作でさぁ。見ていくかい?」
「らっしゃい! 良いぜ、その人形なら今なら6ディだ!」
「はい! はい! 何ディでも構いません! 全部下さい!」
「兄さんまけてよ! もう一声!」
「…………(コクン)」
「先輩先輩! アイスバー買ってきました! 懐かしいですよねー。食べません?」
「コイツは液体火薬と固体火薬の中間で、両方の特性を――」
「いんや! この人形は5ディだ! これ以上はまけらんないね!」
「お前ら、真面目に探せぇっ!」
全員して何でノリノリで市場を楽しんでんだよ。
後、何だよそのアイスバー。溶けかけてんじゃねぇか。
そしてその口元の裁縫が雑で一見ファンシーなのにちょっとグロい人形は何なんだ。
んでもって火薬を1樽頼んでるんじゃねぇよ。何故そこまで目がキラキラしてるんだよ。
「まぁ、予想できた事ですが」
ちなみに、俺と緋音で車の焔を止めている間に、他のメンバーを先に行かせて情報収集を頼んでおいて、上手く郊外の場所に隠して戻ってきたら、既にこうなってました。
なんかもうツッコミ所が多すぎて、なんか疲れた。
「はぁ……いいからお前ら全員集合しろ……」
やはりグラウが居ないと色々とつらい……。
「さてお前ら。今回の依頼内容は?」
「ロレンの散策ー!」
「…………メル・フローレイア・カルリアの捕獲」
「とりあえずリーアは後で来い。それ以外は解散。いいか、絶対に情報収集してこい!」
さて、とりあえずリーアに一撃お仕置きを喰らわせて。
「今のはとりあえずで流すほど弱いパンチじゃ無かった気がする……っ」
「ほら、リーアも。俺も影で探すからよ」
「ううぅ……はぁい」
さて、と。
それじゃ俺も仕事を始めよう。
とりあえず、人ごみを避ける様に裏路地へと入る。
「この辺で良いか」
本当はもう少し開いている方が良いが、まぁ仕方ない。
「範囲は――この街全部でいいか」
そして、踵を地面に打ち付ける。
いや、正確には地面にある俺の影を踵で叩く。
「この街の中に居るといいが……」
俺は、足元から影を広げつつ、そんな事を呟いた。
――カルリア候国。首都ロレン。王宮内最深部。
首都ロレンの中央に位置する、王宮城の地下4階。
隠れるように作られたこの部屋に既に太陽の光は無く、壁の左右に取り付けられた刻印が、薄暗く床を照らしている。
「おや、これはこれは。ユレイ殿。ここは貴方の様な方が来ていい場所ではありませんよ?」
「ア、アスワド殿! 話が合って来たのだ」
ほう。とアスワドと呼ばれた煌びやかな服に身を包んだ男が、溜息を漏らす。
ユレイと呼ばれたこちらもまた煌びやかな服を着た男が、体を震わせながらアスワドと呼ばれた男の顔色を伺う。
片方は涼しい顔をしていながら、片方は顔中に汗を流している。
と、アスワドと呼ばれた男が、震えながらも何も言わないユレイと呼ばれた男に催促するように声をかける。
「こんな薄汚い地下室まで。一体何の御用ですかな?」
「わ、私は。……ローレス派へと移る! もうフローレスの手伝いなどしない!」
「おや。これは何を言い出すかと思えば。『ローレス派』など、存在しませんよ。常に、家臣団たる我々は1つであらねば」
「そんな…………」
アスワドと呼ばれた男の答えに、文字通り絶句するユレイと呼ばれた男。
と、その時。部屋の扉があき、新たな人物が現れる。
「アスワド。弄るのも大概にしておけ」
新しく入ってきた人物は、アスワドと呼ばれた男に窘めるような声をかける。
「これは! ネグロ様! いつの間に入城されたので!?」
「つい先ごろ、な。愚鈍な門番どものせいで少し遅れた」
「いえいえいえ! 到着は今日の昼頃と聞いていましたので……」
「ふん。まぁ、そんな事はどうでもいい」
今度はひたすらに頭を下げるアスワドに、ネグロと呼ばれた男は手で頭を上げろと示す。
「ネ……グロ…………」
ユレイと呼ばれた男の方は、ネグロと呼ばれた男の顔を見たまま、声ならない音を口から漏らしている。
「さて、アスワド。準備はできているな?」
「はい、もちろんですとも。第二王女は無事排除いたしましたし、第一王女も説得し終わっております」
「よろしい。ならば、明後日に行うとしよう」
「はっ。明後日に」
そして、そのままネグロと呼ばれた男は、部屋に置かれた薄汚れた部屋で、場違いなほど綺麗なソファーに座り、同じく場違いなほど綺麗に装飾されたテーブルにワインを置く。
「さて、成功を祈って祝杯を挙げるとするか」
「では、ユレイ殿。貴方の移動については後日、詳しくお伝えしましょう」
「……あ、ああ。分かり、ました」
「では、ネグロ様。また」
「ああ、存分に働け」
と、既に場から忘れ去られたように立っていたユレイと呼ばれた男は、アスワドと呼ばれた男に手を引かれ、我に返る。
そして、アスワドと呼ばれた男に部屋の外へと連れて行かれる。
「では、失礼いたします」
2人の男が去り、1人きりとなったネグロと呼ばれた男は、1人、杯を傾ける。
「後、もう少しであの座は私の物……」
「ふふふ、ふははは。ふはっはっはっは!」
――カルリア候国。首都ロレン。市場。
人で溢れかえっている本通りから、1本外れた裏路地。
上手い感じに影が隠れ、足元の物が見えない場所。
そこで、俺は情報を集めていた。
「ったく、碌な事喋ってないな」
足元の影は、街中を覆い、それぞれの影に紛れつつ、情報を得ている。
俺の影は、俺と同じ、またはそれ以上のスペックを持つ――つまり、筋力は俺の数百倍だし、視力は数十倍、聴力は数倍。
当然のことながら、五感も備わっており、味覚まで影で分かる。
そして、その影で街全体を同時に見つつ、それぞれの情報を整理し、必要な物だけに絞り込む。
「ふぅ。この作業は何度やっても慣れないな」
この方法は、常に同時にすさまじい情報量を受け取るので脳への負担が半端ない。
まぁ、人探しにはこれが1番なので、文句を言っても仕方ないのだが。
とりあえず、姫様本人はこの首都内には居ない。
で、王宮の地下室で黒幕らしき者が何か画策しているのは分かったのだが、肝心の内容を喋っていないので何をしているのかは完全に不明。
後、人質とかその手の物も無い。
「何でその笑い方しておきながら姫様の居場所とか喋らないかなぁ」
ふははははー! と笑う悪役顔の奴は見つかったものの、何かそれらしい会話だけで、姫様の居場所のヒントになりそうな言葉は無かった。
「さて、一応アイツらの情報も聞いて、街の外へ探しに行くか」
とりあえず、情報を集めている最中にいくつか見えた、綿菓子モドキを齧ってるリーアや、武器屋で床に座り込んで剣を見ているレウムを回収しに行こう。
「緋音やリーアは見えなかったが……きちんと仕事してんだろうな」
まぁ、とりあえず集合だな。
影に集中しててあっという間に流れたが、2時間は経った。それなりに集まっている筈だろう。真面目にやっていれば。