005――影
「敵兵だー! 戦闘態勢に入れー!」
「さて、と」
どうやら相手もこちらに気が付いたらしい。
砦内の空気が変わり、いくつかの見張り穴からは弩がこちらに向けられている。
ちなみにこの弩、最近大陸で弓に代わって流行り始めた物で、流行りの中心地はどこぞの本拠地だったりする。
間もなく、砦から1000人ほどの兵隊が出てくる。
どうやら、中の将軍もかなり出来が良いらしい。
敵襲から僅か15分程で攻撃を仕掛けられるなんてそうそうできたことじゃ無い。
兵達も、鋼の鎧と長い槍を持ち、それでも隊列を殆ど乱さない良い兵だ。
普通の兵では、歯が立たないだろう。
もっとも、今回ばかりは相手が悪すぎるが。
「全軍相手が少数であろうと油断するな! 相手は『エクストラ』だ!」
目の前の兵の隊長らしき男が、兵を鼓舞して突っ込んでくる。
しかし、今のは聞き捨てならない。
「おや、どこかで情報が漏れたみたいですね。先輩」
「むぅ。裏切り者かー?」
琉青とリーアが後ろで不服そうな声を上げる。
「まぁバレた所で何一つ変わりはしないさ」
そうこういっているうちに、敵兵は俺達の目前へと迫ってくる。
未だ構えを取らず、ただ立っているだけの俺を、なぎ倒すように兵達が雪崩れ込んでくる。
そして、俺の前方1メートルあたりで、目に見えない何かに阻まれた。
「なっ!」
「がぁっ!」
ソレはそのまま右方向へと旋回し、前列の兵士達を薙ぎ倒していく。
「くそっ!」
兵達は途端に槍を戻し、盾を構えるも、無駄。
盾ごとソレに押し倒されていく。
だが、後方の兵達は気が付かず、そのまま突っ込んできてはまたソレに押し潰されていく。
後ろからやってくる後続に押され、下がる事はできず、横にそれてもソレに当たり飛ばされる。
結果、まるで竜巻にでも吸い込まれていくかの如く、兵達は薙ぎ倒される。
「お、もう終わりか」
そして、兵達は、そのまま俺に指1本触れることなく、地面へと倒れた。
「くっ、退却!」
残る数十人の兵を、隊長が砦へと逃がそうとする。
だが、甘い。
「まぁ、逃がす訳ないよな」
ソレが、俺の周りでの旋回を止め、今度は逃げ出そうとした兵へと突っ込んでいき、そのまま吹き飛ばす。
砦に逃げようとした兵達は、そのまま足元から飛ばされ、砦の壁に叩き付けられた。
「なんて、奴だ……」
最後に残ったのは、隊長1人。
「これで終わりか」
そして、隊長もまた、目に見えぬ何かに押し潰された。
「相変わらず、無茶苦茶な能力ですね。旦那」
後ろから、グラウが声をかけてくる。
「まぁ、これでも手加減した方さ」
現に、飛ばされた兵の半分ぐらいは、打撲や捻挫で済んでいるはずだ。
骨折した奴も多いだろうが、この場で命を落とした奴は数人に満たないだろう。
「これが旦那の、『影繰り』か。何時見ても反則ですね」
そう、これが俺の能力。『影繰り』。影を操る、俺の能力。
「『自らの影を因果より引き離し、自らの位置に関係なく移動させ、そして触れた影に干渉することで、現実の因果へと干渉する』だっけ?」
よくもまぁそんなややこしい言い方を覚えてたな。
確か、俺の能力の定義だっけか? もともとまともな理論で出来てる行動じゃないのによくもまぁそこまで考えられるよな。あの変態博士どもは。
「要は、地面を這ってる影同士で代理戦闘をするってだけだ」
もっとも、その影の世界の代理戦闘では、俺の影は絶対に負けないが。
後、影同士で戦うから、副産物として一見目に見えない何かにやられているように見えるんだよな。
影の世界でしか戦ってないからさ。表の世界だと何も起こってないように見えるんだよな。
まぁ、『影を操る能力』であり、なんでもありの力だと思えばいい。
一応、出来ることと出来ない事があるが、法則性なんて無い。
俺自身も細かい事は知らないしな。
「まぁ、要は先輩が最強って事ですけどね」
「最強なんてもんじゃないよ。仮に太陽が無かったら何の意味も無い能力だ」
影が無い環境下では、何の意味も無い人間になっちまう。
「けど、月光でも影は出来るし、建物の中とかで暗くても、少しでも隙間があって光が入ってれば影が出来るんだよねー」
「目に見えない程微かな光なんて、そんなもんどうやっても遮れないしねぇ」
「…………事実」
……まぁ、俺の能力がチートである事は俺が一番よく知ってるが。
「さて、とりあえず出鼻は挫いた。この後はどうなる?」
「さぁて。普通ならここは再度兵を出してくるだろうな」
元騎士団長のグラウが答える。
「やっぱりか?」
「ああ、僅か1人に負けたなんて、将軍は信じないだろう」
まぁ普通そうだよな。
「上手く防衛戦に持って行けるといいですが……」
「…………一網打尽」
琉青やレウムの言う通り、俺達としては砦に籠ってくれることを期待している。
まぁ戦力差的には圧倒的なので、わざわざ追いかけるのが面倒と言う事で。
「ま、今に動き出すだろう」
さて、どう出るか。