004――霧中要塞
さて、幸いと言うか不幸というか、コルディア公国とトレシア爵国の国境、つまりは霧中要塞ベルメルグが存在するのは我らが『エクストラ』のある場所から割と近い。
具体的に言うと、『エクストラ』の鍛冶職人特製の移動手段で走れば一日もかからずに着いてしまうレベルの距離である。
まぁアレは一般的な幌馬車だの疑似稼働導車の速度の3倍は速度が出る代物で、元の世界の自動車レベル、いや本気を出せばスポーツカーに追いつくかもしれない速度が出る。
そんな訳で速度重視の安全性皆無の車両に揺られて10時間。
「で、ここが霧中要塞ベルメルグ、か」
俺達はベルメルグから、10kmほどの所についていた。
いつも霧だらけで基本的に10m先が見えていれば良い方であるこの地域では、基本的に周囲は見えず、足元だけ見える暗闇の中で活動するのと同じこととなる。
そう、いつも通りならば。
「これは、凄いな……」
隣で緋音がらしくも無く口を開けたまま塞がらない、といった表情をしている。
何故なら、目の前の空間にはそこだけぽっかりと濃霧が断ち切られた場所があり、その真ん中に巨大な要塞が、その存在を誇示するかのように立っていたのだから。
外壁は全て白く、おそらくこの霧の中に入らなければ、砦の存在すら気が付かせない。
けれど、一度見る事が出来る距離までくれば、その存在の大きさに恐怖せざるを得ないだろう。
つまり、斥候が本当の意味で、出せない。
相手の状況が外見すらわからぬ状況で軍隊は作戦を練る事は出来ない。
そして、中途半端な戦力で周囲に怯えつつ入っていった軍は、壁に開いている狙撃窓から集中砲火を浴びるに違いない。
ああ、砲火といってもこの世界に大砲の類は無いが。
「どうやら霧消術式が周囲に展開してるようですよ、旦那」
後ろからグラウが声をかけてきた。
霧消術式とはその名の通り霧を消す術式。たぶん。俺の記憶が合ってれば。
術式というのはこっちの世界特有の技術の事。魔法モドキだ。
大雑把にいうと、特定の幾何学陣である術式を刻んで魔力を流すと、魔術が発生するらしい。地球人には魔力が無いので詳細は不明。
とにかく、基本何でもありの便利技術だ。
まぁ術式を刻める人間が極端に少ないらしく、あんまり普及はしていないのだが。
俺はこっちの世界特有のファンタジー技術だと認識している。
まぁこの手の、元の世界とかけ離れた事柄には滅多に会わないからその程度の認識でも問題は無いのだ。
術式は、刻む時間が掛かるので実戦では使えないし。せいぜいこうやって予め視界を広げておく程度が限界。
それに、触っただけで使えなくなるほどデリケートなので、無効化するのも簡単だったり。
「解析とかして、弱点でも探せるか?」
細かいことは知らないが、元の世界の回路の類と仕組み上は似たようなものらしい。
となれば、その回路をショートでもさせれば、一気に戦力をそぎ落とせるが。
「いんや、ヴェルメリオならまだしも、齧った程度の俺じゃ無理だ」
だが、グラウは頭を振って出来ないと答える。
「そうですか……となると、先輩の力で強引にいくのが手っ取り早いですかね」
琉青が結論を出す。
これにて軍議は終了。
敵前で作戦会議なんて嘗めてるにもほどがあるが、まぁ作戦らしき作戦は無いのだから問題は無い。
「ま、分かり切っていたことではあるがな」
『エクストラ』の戦術は単純明快。
『圧倒的戦力を以ってして、敵を押し潰せ』
「面倒だ、さっさと終わらせるぞ」