010――商業都市
――カルリア候国。首都ロレン。市場。
「で、特に有益情報は無いのか」
とりあえず、市場の入り口、先程解散した場所と同じ所で他のメンバーと合流する。
とりあえず、情報を交換し合ったのだが、ほとんど得られなかった。
「痛いよぅ……」
「…………乱暴」
「まぁ自業自得だな」
「少々可哀そうですけどね……」
頭を押さえて涙目な2人は最初っから戦力外だとしても、緋音や琉青さえ情報を集められなかったというのは結構意外だった。
リーアは魔物を何匹か使って聞き耳を立てていたようだし、緋音も裏通りのそのテの相手から情報を集めてきている。
普通に市場で聞き込みをして集まる情報には限りがある。が、俺達の様な情報収集の仕方をすれば、下手人や貴族の会話なども盗聴出来るわけで。
第一王女、ローレス派、その他大勢の人間の策略ならば、まず間違いなく分かる。
それでも情報が無い、と言う事はつまり、大掛かりな事ではない。裏に居るのは少数派、と言う事だ。
あるいは、余程情報戦の得意な手合いなのか……。
「ともあれ、この街の中に居ないのは確かだな」
「別荘を使っているといった情報も無い」
「そうなると、この街以外の何処かに潜伏していると考えるのが妥当でしょう」
第二王女は、さっきの地下室の会談からしてまず逃亡中だろう。
となると、バレにくい場所に居る可能性が高いんだよな……。
「うーん……あ、リーアはスパイにグレイ・ビーを張り付けておいてくれたか?」
「もちろん。見つけたのは30人ちょっとだったけど、全員に付けといたよ」
リーアの魔物の1つ、グレイ・ビー。
基本的な見た目は、名前の通り体の色が灰色の蜂だ。ちなみに、俺達がこちらで発見した恐らく新種の魔物の内の1匹。
雄の全長は3cmほどで、擬態能力があり体表面の色を変えられる。さらに、特殊なフェロモンを発し、居場所を雌に『発信』いう特徴を持つ。
雌は全長30cm以上で、雄からのフェロモンを『受信』し、常に居場所を知り続けることが出来る。
まぁつまり、生体版発信機だ。
グレイ・ビーの雄を、誰かの背中にでもくっ付けておけば、雌がフェロモンを『受信』できる範囲内で居場所を特定できる。
しかも、ただの機械と違い、意志を持つ虫なので、状況によって、『服の中に隠れる』『部屋の片隅に隠れる』『別の人物に乗り移る』なんて行動が出来る。
余談だが、食べるとうまい。
肉汁、と呼んでいいのかは知らないが焼くと旨い汁が出る。
まぁそんな訳もあって、『グレイ・ビー』と言う名前を付られた、非常時は真っ先に胃袋行になる虫である。
「なら、スパイが姫様を見つけたら分かるか」
今、街の中にいるスパイにはグレイ・ビーを付けたので、街の外から入ってきた奴はすぐ分かるし、街の外に出て行った場合はその場所を追う事が出来る。
まぁ、あの姫様が捕まるなんて滅多にないので、駄目元だが。
「後は、こっから近い街を虱潰しに行くしかないか……」
基本的に、この世界において街の外というのは、魔物溢れる超危険区域である。
そのため、魔物避けの外壁に囲まれていない場所で武器も持たずに長時間過ごしたら、ほぼ間違いなく死ぬ。
まぁ、武器も持たずに魔物、それも超上級の奴等が居る山で昼寝したことがある人間が、ここに居るのであまり説得力は無いが。
「ここから近い街は何処があったっけ?」
「えーと、……とりあえず南に500kmほどの所に1つ、北に700kmほどの所にも1つ、東に1800kmの所に1つ、後は南西に1000kmの所に1つ。でしょうか」
地図を持っている琉青が答える。
ちなみにこの地図は、この世界で市販されている地図が、出来があまりにも悪いので俺が作った物だ。
なにせ大雑把な道の長さと街の方向しか書かれて無いうえに、距離が合っていたためしが無い。
さらに、大陸全土の地図など存在せず、街々の地図を張り合わせて使われている。
まぁ、あまりにもひどいので、影で調べて作った訳だ。
「となると、南西の街が怪しいかもな。俺があの姫様なら、南の街を経由して南西の街に行く」
姫様が失踪してから約2週間。
姫様が、全速力の馬車で丸一日かけて約100km移動できるとして、5日で南の街へ。その後、1日で補給して10日で南西の街へ。
恐らく、それが一番遠くまで逃げられるだろう。
「となると、車で南の街まで行って、簡単に捜索した後、南西の街へ行くのが追いつくには良いでしょうかね」
俺達の『車』は緋音の休憩込みで丸一日で約1000km移動できる。今日の午後で南の街へ。その後一泊して、次の日に南西の町方面に走っていれば追いつける算段だ。
……改めて思う。どんだけチートなんだよ。
「んじゃ、とりあえず出発準備。緋音は車を、リーアは魔物を何匹か先行させて、レウムはさっきのお土産を積み込んでくれ。琉青はここで俺と待機」
「分かった」
「おっけ~」
「分かりました」
「…………了解」
さて、上手く捕まってくれるといいが。
――カルリア候国。商業都市リビン。
カルリア候国首都ロレンから北に700kmほどの所にある、商業都市リビン。
今年初めての雪が降り、積る事も無く地面に染み込んでいる。
そして、その雪の降る街の中にある、民宿と呼んで差支えない小さな宿。
その一室に、第二王女は居た。
「さて、爺や。間諜どもはこれで全部?」
民宿にある、大小20の部屋全てを貸し切り、その中で丁度真ん中に位置する部屋に、黒色の塊があった。
いや正確には、黒い服で全身を固めた者達の死体が、部屋の真ん中に折り重なって倒れていた。
第二王女は、それを見下ろすように部屋の入り口付近で壁に体を預けている。
「はい。相変わらず見事な腕前ですね。姫様」
新しく、部屋に爺やと呼ばれた60歳ほどの執事服を着た男が入ってくる。
「人を殺す事を褒められても嬉しくは無い。それより爺や、茶を」
「はい。そうおっしゃられると思いまして既にここに」
ティーセットの乗った盆を机に降ろした、爺やがその場で紅茶を注ぎ、第二王女がティーカップを受け取る。
「流石爺やは気が利くな。使い物にならん護衛どもとは段違いだ」
「はは、あの者どもと比べられてはいかに老兵と言えど、怒りますぞ」
「そうだな、すまん。聞き流せ」
第二王女は、どこかのギルドが考えたのと同じように南の街から南西の街へ逃げる予定だったものの、護衛と称して街を出る際についてきた兵達が、ローレス派であり裏切り者である事が判明したため、ここリビンへと逃亡していた。
「まったく、ローレス派に付くのは良いが、私を殺そうとするとはいい度胸だ」
恐らく、ローレス派全体の意志では無く末端の人間が、フローレス派へと傾き始めた勢力を危ないとでも思ったのだろう。
それにしても、捕まえたり人質を取ったりするならまだしも、王女そのものを殺害しようと考えるのはそうそうある事ではない。
食事等に毒が盛られるのは日常茶飯事としても、ナイフ片手に部屋に乱入するなど、正気の沙汰ではない。
「だが、護衛兵達が向こうについている以上、自分の身は自分で守らねばな……」
乱入した1人目を仕留めたは良いものの、親衛隊を始めとした者達も裏切り、本格的な暗殺者も何人か仕向けられた以上、あれ以上城に居るのは危ない。
この時期に城を離れてしまえば王位は第一王女に決まったも同然だが、第二王女はそこまで王位に執着してはいない。
そもそもフローレス派は穏健派で、現状維持を掲げている。
ローレス派の様に現在の平和協定を破ってでも領地を広げるべきだという主張も国としては必要だが、それは今いるべき思想では無い。
今は国力を高め、蓄えるべき時期なのだが……。
「まぁ、あの老害どもには無理な事か」
権力を握ろうと躍起になっている家臣団の目には、恐らく戦時の国民の苦しみなど移ってはいない。
真の支配者とは、全ての国民を見ることが出来る者の事を指すのだ。
権力だけを夢見、戦争を繰り返した国の行く先など目に見えている。
「ところで、姫様。毎日のように間諜に追われているのです。早々に引き揚げ次の街へと移動したほうがよろしいのではないですか?」
「そうだな。爺や、足の確保は?」
「既に。馬5頭に食料燃料等装備は全て揃えてあります」
間諜は全て処理したたものの、いつまでも間諜からの報告が無ければこちらに居る事がバレてしまう。
ここは休憩をはさまず、街をすぐに出るのが得策である。
「しかし、この先はあの雪山を超える事になる……専用装備があっても、2人では少々辛いぞ?」
商業都市リビンのさらに北には、カルリア候国の国境線でもある山脈、天険ウォースがある。
数年前に噴火し、火砕流によって既存の道は全て使えなくなっており、現在使えるのは新しく出来た1ルートのみ。それも、足場が未だ悪く、崖も多いため落馬したら最後、まず間違いなく命を落とす羽目になる。
さらに、この時期からは雪が降り始めるため、山越えの成功率は30%以下となる。
無論、山越えに失敗したら最後、雪の下に埋まって春になるまで凍りつく他に道は無い。
「ですが、この道を選んだ以上、それ以外の道は無いでしょう」
北の国境線に近く、隣国の文化が入ってくる街リビン。
つまり逆を言えば、隣国からの侵略をうけた時に真っ先にに攻撃される土地。
カルリア候国ではここ数十年間戦争は起きていないが、この時代、いつ戦争が起きても不思議ではない。
そのため、この辺りにある身を隠せる大きな街といえば、商業都市リビン程度しか無い。
幸い非戦争時であり、国境線のチェックは甘く、亡命することは簡単ではある。
というか、この雪が降る時期に山に登る者などほぼ居ないため、国境警備など殆どされていないのだ。
「山を越えられるかは、神のみぞ知るといった所か」
「ですが、この爺やが命に代えてでも姫様を無事に送り届けてみせましょう」
無論、1人2人の命を懸けた所で、山越えの可能性など変わりはしない。
だが、爺やは断言するように言った。
「まったく……。無駄死には許さないぞ」
「もちろんですとも」
「……さて、ならば明日、出発する。それまで私は休憩しておこう。爺やも『自主警備』もほどほどに休んでおけよ」
「気づかれておいででしたか……。それでは失礼いたします」
街に雪は降り続け、そして地面へと溶けていく。
日が済み、宵闇が街を支配しても尚、深々と。