発つ魔王様、あとを濁さず4
全力で謝罪を申し上げます。
遅くなりました。そして、やはり終わりません勇者編。
「僕、が殺した……?」
唖然としてつぶやく黒靄に、私は少し首をかしげた。
「それ以外に何があるの?」
戸惑いの表現が正しい黒靄の様子を眺めやると、別の者の声がかけられる。
「勇者様、どういうことなのか説明が欲しいかな」
亀の言葉に、眉を寄せるナディ。まあ、ね。『お前何様?』って言いたいんだよね。たかが世継ぎが一国の王に対する言葉づかいでもないし、彼ら魔族は人間に好感情を抱いていないからね。
だから、私は腰元の剣を抜き、亀王子の喉笛に突き付けた。
「何様?」
にこり、と笑顔を張り付けて問うと、ひゅっと喉の奥を鳴らし、亀は半歩下がる。
その動きに合わせて、私もさらに剣先を奥へ進める。動かないほうがいいよ、とカワウソを警戒しながらの警告。兎は頭がいいのか、動かない。ふふふ、そうだよね、私は貴方の切り札だもの。
私の人生を狂わせた本人が、私の行動を抑制するなんて、おこがましいにもほどがあるよね?
「ねえ、『何様』って聞いているのだけど?」
剣先を、冷や汗を流したまま凝視する亀に、もう一度聞く。
若鷹は少々考える様子で、黒靄の傍に待機していた。彼の宣言通り、私の行動を阻害しない。王族を守らなくていいのかと思うが、私にとってみればこちらの方がありがたい。
黒靄は、私の恩が聞いているのか、手出しは一切してこない。もしくは、先ほど浴びせられた言葉に固まっているだけかもしれないけれど。
「ユウ様、答えづらいのではないかと」
スライムが、提案するその内容は肯定したくもなるが、ここでしたがうと相手が助長する可能性が否めないので、聞き流す。
「ねえ、答えないの?」
剣先がふれた。と、同時に白兎から鋭く「止めろ!」との声がかけられる。
「 イ ヤ 」
この世界に来てから、もう限界だったのだ。
くだらない争いに巻き込まれて、国家機密をボロボロ語る王族に強制される。
結局彼らは私を駒としてしか考えていないってわかってはいたのだけれども、傷ついている自分がいることは確かだった。
バカだ、と思う。自覚のないところで、期待していたんだ。
私が、「人」として存在出来るはずがないって、判っていたのに。
この世界なら、私が『魔王』としてでなく、本来過ごすはずだった『人間』として接してくれるんじゃないかって思っていた。
でも、無理だった。
一応は人間かもしれないけれど、『勇者』としての生を決めつけられ、他とは違う扱いをされた。
私だって女子なわけだから、平穏に生きて好きな人とともに歩みたいとか思うんだよ。恋愛云々は置いておいても、一市民としての生をまた歩みたいんだ。
それは今できないって判っている。
呼ばれたからには、彼らが私に役割を押し付けるのも当たり前だって。
「私がどうしようと、貴方に止められる権利があるの?誘拐犯さん」
笑顔で言うと、白兎が顔を曇らせ、視線を逸らした。
事実を述べただけなのに、どうしたのだろうか。ナディが少々心配そうな表情をして、こちらを眺めている。うん、性格が悪いのは今更だから気にしないで。
「このレイピアがどういった性能かは、白兎の方か詳しいでしょう?」
勇者の剣ではない闇属性の暗黒なものを、その存在を強く見せるように刀身を回す。亀の首筋に傷をつけないように注意をして。
「無事に済ませたいなら、余計なことはしないで」
ねえ、だから教えてよ。
貴方は、『人間』として生きられることのできない私に、どういった立場からものを言っているのかを。
王子から勇者へ?もしかして魔王?
それとも、人から『異質な存在』?
だからさ、
「教えてよ」
視線を王子から逸らさぬよう、しかりと見つめると、空気が凍る。
決して言葉を発しようとしない彼の口が動くのを待っているのに疲れ、さらに言葉を発しようとすると、暖かなもので口を覆われた。
「もうやめましょう」
若鷹の腕が私の体を絡めとり、口元から眼もとへと移らせる。
視界をふさがれた私は、若鷹の声だけに意識を持っていかれた。
おお、これぞ噂のマニアックプレイ?
背後でいくつもの息をのむ声が聞こえる。
「あなたが、何に憤っているのかは判りません。
ですが、ずっと堪えていたのは知っています」
若鷹のもう一方の手が剣を持つ方の手に覆いかぶさり、剣先をずらされたことを知る。柔らかい力だったのに、いとも簡単に逸らされたことに驚愕する。
カラン、と地に落ちたレイピアが、手を伸ばしても届かないところに転がり落ちる。
「泣いてください」
囁かれた言葉は、私の心に沁みこんだ。
「もう、気を張らなくてもいいです。
その分私が、あなたを守ります。だから、どうか」
切なそうに語られる言葉は、私の心を揺らした。
何で、そんなことを言っちゃえるのかな?
育ちの良さとかいうものだろうか。もしかしたらあの時、女性に優しくしなさいと言ったからかな。
嗚呼、本当にいい男に育ったね。
私は、嬉しいよ。
でもね。
「そこまで」
ナディアスが止めた。
若鷹の左手をどかし、声のする方向を見るとスライムのぽよんぽよんした体表が警戒の色を帯びている。
どうしたのか、彼の視線は鋭く、こちらを射ぬくように見ている。
ふむ、自分たちの魔王には飴が必要ではないから、甘やかすな、ってことかな。
大丈夫、自分の立ち位置は判っている。
差し伸べてくれたその腕に縋れたらどんなに良かったかな。
こんな目がなければ、若鷹の本来の外見を見て、笑っちゃうけど恋なんてしていたかもしれない。波乱万丈な恋愛になりそうだけど、結局最後は幸せになれたかも。
でも、無理だよ。
小さな少年の、行く末を壊したくない。
「ナディ、帰ろう」
「…畏まりました。」
未だ警戒の色を解かぬスライムに、手を伸ばす。
私がこれ以上貴方の行く末に干渉しないように、お別れだ。
はい、伏線はりすぎですね。
若鷹との関係は、とある短編を投下してから、番外編を書こうかなーとか。
もしも気になるぜ…という奇特なかたがいらっしゃったら、プロット形式ですけど語らせて頂こうかと。