発つ魔王様、あとを濁さず3
「どうして」
黒靄のかすれ、震える声に、私は笑う。
『どうして』だって?そんなの、決まっているでしょう。
「ただの自己満足。」
決して、貴方のためじゃないよ。
さっきまでの現状の『拒否』は最期まで貴方のことしか考えなかった娘のため。
彼女は、先の無い自分の未来よりも、愚かに道を外した魔王の行く末を案じたの。
自分の行く末を全て受け止めて、それでも憂いたのは自分のことではない。
もしかしたら、安い三文芝居と考える人もいるだろう。それでも、私を揺り動かしたのは彼女の叫びだった。
「私はね、Happy Endが好きなの。
それで貴方たちの結末はどうしても認められなくって。」
だから、力を行使した。
使えるものを使わないなんて、ただの愚か者。
柄にもなく正式な形を取っての行使だったけれどもね、でも、私に委ねてくれたその潔さに敬意を表してかな。
うふふ、と笑いが零れ落ちると、男共は金縛りにあったかのように、身動きしないでこちらを見つめている。
どうしたんだろう?
首を傾けるとすぐに、はっと意識を取り戻す。
「全貌は掴めんが、なにやらきな臭いことを話し合っておるな。
それにラキアス様が関わっていて、魔王の息子と言うことか?」
混乱した様子のクルトの、常の彼ならしないであろう纏まらない言葉は、彼の心中を物語るのにふさわしい。右耳を手でかきむしりながら確認をとる姿に憐れみは浮かばない。その動作で服の装飾がぶつかり合い、しゃなりと震えた。
訳が分からない、と言った風情でこちらを眺めやる男共は、全てを知った私からしたら間抜けと言う以外にない。だから、
「私が答える義理はある?」
「混乱に落としたという点でならあると思うよ」
にっこり
そう表現するにふさわしい笑みを浮かべた王子の言葉に、ラキアスでさえもその瞳を混乱に染めて説明を求めた。ゲル状の知的生命体も、困惑気に体を揺らしている。まあ、ね。君はさっぱりわからんだろうね。
「とりあえず一つ言えることは、騎士団長はそこにいる魔王と悲劇の少女との間に生まれた息子ってことくらい」
「だから、どうやってだい?」
えー、個人情報すらないのこの世界。普通、手の内を明かす?
もうこの世界の人間、非常識すぎ。
「ねえナディ、これに私は答えなくちゃいけないわけ?」
「いえ、まさか」
瞬時に『否』と返すスライムの姿に安心する。いつの間にか私のすぐそばにやってきていた彼に驚くが、二の腕を捕まれ、耳元で囁かれた。「その為の力ですか?」
どの為かわからないが、まあ言わんとしていることは判る。「そうだよ、私はこの結末を迎えるために使ったんだ」囁き返すと、少々くすぐったそうに身をよじるスライム。…………うん、どこからか痛々しい視線が突き刺さる。
「あのう、勇者様、一つお聞きしても?」
存在をすっかり忘れていたカワウソからの問いかけに、可愛い子には耳を傾けなければ、と瞬時に反応する私の体。え、ナディは可愛くないのかって?……ごめん、私はスライム愛好家でもないんだ。
「あなたとそちらにいる超美形さんはどのようなお知り合いで?」
先ほど、斬っても切れない関係があると仰ってましたよね?
カワウソからのもっともな指摘に、たじろぐ私。どう説明すれば角が立たないんだろう…?
ちらりと横目でスライムを確認すると、なぜだかニタアァ…と表現するにふさわしい姿がある。とても嫌な予感がするので、奴が口を開く前に説明してしまうことにする……が、一足遅かった。
「濃いお付き合いをさせて頂いております☆」
「いやいやいや、違うから!捕食者とエサの関係だから!」
とてもおちゃめに紹介してくださりやがるスライムに、私の張り手がクリーンヒット。
「照れないでくださいよ、ハニー」
「黙れダーリン、事実無根をほざくな」
おまわりさーん、ここに変態がいますよー。
「勇者様、俺というものがありながら……!!」
「ねえ、何でそこでそのセリフが入るの?!さっき否定したよね。むしろお前との関係って何?!」
「はははははは、ぽっと出の男が出る幕なんてないんですよ。そこで私とユウ様の熱いバカンスを指をくわえて見ているがいい!」
「黙れっつったよね、私。」
バカンスってなんだ。休暇中でもないのに何を言ってやがるこのスライムは。
あまりの気持ち悪さに、スライムの足(きっと脛くらいだろう)に思いっきり足を振り下ろす。
―――ぐにょり
さらに気持ち悪くなった。うわ、なんかうっすらピンクになってる。「ハァハァハァ」あれ、過呼吸?
ところでどうしてカワウソさんは嬉しそうなのでしょうか?つぶらなお目目がとても輝いているのは何故でしょう?
「よっしゃ、三角関係ー!無気力乙女を超美形が奪い合うラブサクセス……」
よし、聞かなかったことにしよう。
話が一切進まないので、いい加減に魔王に話を振る。
「あのさあ、魔王は彼女のためにどうしたいの?」
「復讐を、彼女を失った償いをさせたい」
ストレートの言葉に、クルトは眉をひそめた。ジェームズは少々考えている表情で、ゆっくりと首を振った。彼にも理解できなかったらしい。
「それをずっと考えているの?」
「まあ、な。彼女を失ってから、ずっとそうだ」
ふ、と悲しみを背負うかのように重く沈み込む黒い靄を震わせて語る魔王。
「後悔したんだ。
どうして、あの日あの瞬間、彼女を独りにしていたのかって。そうだったら、彼女は今この場で笑っていたかもしれない。
もし、黒竜国と狂った血の集う国が友好関係であったとしたら、」「馬鹿じゃないの」
黒靄が唖然とする。
「『後悔』ねえ」
その気持ちにどう対応するのかは貴方の自由だけれどもね。
でもねえ、私個人としては後悔って、次に進む糧になるものだと思っていたから。嫌味でもなんでもなく、沈むことだけによく労力を割けるなあと関心しているんだよ。
確かに、人は貴方の大切なものを奪ったよ。でもさ、少し考えてみてほしい。本当に、人だけが奪ったのかって。貴方だって奪っているじゃない、って色々言いたいことはあるんだけれども、まずは一つ。
悪いけれど、
「人と貴方たちが理解しあえるなんて未来永劫訪れないよ」
この言葉に、誰もが驚愕の表情を浮かべた。ナディでさえも、少々驚いた顔をしている。
どうしてだろうか、と考えたところで自分の立場を思い出す。
そっか、私は勇者なんだっけ。
普通は両者間の仲を取り持って『貴方方は理解しあえる!』って熱く諭して、平和をもたらすんだっけ。
………………。
うわあ、としか言えないや。
だって、人同士でも理解しあえないっていうのに、どうして手を取り合うことができるのかわからない。それでもするというのなら、人同士の争いをすべて解決してから取り組めといいたい。
そもそも、人というのは違う存在を排除したがるものだよ。教育によって互いの存在を受け入れているだけだ。
そして、自分たちだけで解決しろといいたい。
私に押し付けるな。
そしてまあ、ナディが驚いたのは、私が人間である身で魔族を率いているから、こういった考えは持たないと思ったからかな。
「彼女の望みを、無視するのなら勝手にすれば」
決めるのは貴方で、それによりこちらの世界がどうなろうと知ったことか。
でもねえ、
「それによって、彼女が悪し様に言われることもあるってことを忘れなければね」
国を混乱に落とした悪女。
そういわれても仕方がないかなあ。色に狂った愚王。うん?この場合、愚魔王かなあ?まあどうでもいいや。
「結局、あなたが彼女を殺したことに変わりはないし」
貴方があの時彼女の手を離さなければ、今この場でこの瞬間笑っていられたかもしれないね。
貴方の好きなあの笑顔で、澄んだ声で貴方の名前を呼んでくれたかもしれないね。
徐々にお気に入りが増えていることに驚愕を隠せませんでした。
あれ、目の錯覚か。
ラストが少々驚きの方もいるだろうなあ、と思って書きました。