魔王様の知らぬところでみっしょんいんぽっしぶる
もふもふなペットさまの話です。
彼の秘密が暴かれる回です。
◇もふもふしいペット様は大蛇とぬいぐるみに頭痛を与えました◇
いつの間にかテディは席を離れ、その場には大蛇―――アリーのみが存在していた。
祈るアリーの前に、音もなく滑りよる黒く大きな影がひとつ。
肉球を本来の用途に最大限用いた結果、アリーは侵入者に気付けなかった。
「さてさて、未だ我が主は戻らぬのか?」
声を発されて、ようやく彼女は黒い獣に気付く。
くつくつと哂う大きな猫は、軽やかに尻尾をくゆらした。驚いた彼女は彼の種族の総称を思わずといった風情で呟いた。
「星獣様…」
「その名は好まん。主が下さった名前があろう」
「そう言われましても…」
戸惑った笑みを浮かべるアリーに気を悪くした彼は、尾をくゆらし鈴の音とともに姿を変化させた。それはまさしく人の姿となった。黒い獣のいた場所には、黒の着流しを身に纏う長身の男……瞬時にアリーはその姿を視界の外に追いやった。ええ、もう全力で。―――――何故か?それは至極簡単な理由である。理性を失わないためであった。廃人にならないためともいう。意味が分からないかもしれないが、当事者にとってみれば笑い事ではない。
それというのも過去の魔王様との初対面から見てもわかるとおり、この星獣様、物凄く美形様である。
美形ランク付けなどというものがあったら、確実に『SSS』のさらに三つほど…否、数段上だろう。この国の美形代表のスライムが『傾国の美男子』であるとするならば、この星獣様は『世界を破滅させる美男子』…………否、もはや次元が滅びるほどの美男子であった。ついでに彼には危険フェロモンを常に身に纏っている。獣の姿である時には抑えられているソレだが、ひとたび人型となれば……あら不思議、魂を抜かれた魔族集団の出来上がり。再起不能もあるよ☆だ。鼻血を出すよりも魂が抜けるほうが早いとか、もう桁違いな美形である。そんな彼について過去の文献にはこう書かれている。『その美は凶器。その美は魔族を殺せる。』と……。発見した当初は、詩的だと笑った一文であるというのに、残酷にも同朋の犠牲を持って明らかとなってしまった。(出来ることならば知りたくなかったが)
そんなわけで、
「本当に申し訳ありませんが、その姿はやめてください」
大蛇は土下座する勢いでさっきの獣様に戻ってくれと懇願した。プライド?命にはとって変えられないよね。
「ならどうすればよいかわかるだろう?」
紫色の切れ長な瞳が、紅を塗ったかのように色づく口元が愉しそうに形を作る。
(めんどくせえええええええええええ)
「レオン様、判りましたからこれ以上兵士の数を減らさないでください」
「ふむ、それでよい。」
鈴の音とともに男は獣の姿に戻る。そして満足げに部屋から出ていった。実はこの美獣様の変身により、兵士が数名使えなくなってしまった。まことに幸運なことにも彼らの命は無事であった。しかし一週間ほど休ませなければならない。
獣が室内から完全退去したことを確信した大蛇は、そろりそろりと視線を元に戻し、大きなため息を吐いた。よかった、自分はまだ生きている。ああ、本当に頭が痛い。
そんな時、
「失礼します!」
アリーの内心の荒れ模様を知ってか知らずか、新たな風が吹いた。新兵が書簡を持ってアリーの前に進む、相手の目がうるんで頬が紅潮しているのはいつものことなので気にしない。
「誰から?」
「樹竜国です。なんでも、星獣様に関することだそうで・・・」
(おっふぅおおおおお、またかよおおおおおおおおおお)
アリーは心中で溜息を吐くという器用なことをした。
書簡に嫌々ながらも目を落とした瞬間、立ちくらみがした。どないしようと頭を抱えていると、上司に近い存在であるテディ=ベア=ストラトス=ティファーニアが現れた。これはもうこいつに解決させろという魔王様の思し召しよね?そう考えたアリーはテディに丸投げすることに決めた。
「ってわけでテディ頼むわ」
「接続詞がおかしくないか?!
……いや、何が発生したんだ?」
『発生』うん、的確な表現だ。現実逃避しつつもそう考えるアリーはテディに手短に説明する。
「樹竜国から星獣様の帰還懇願………ついでにあの方は樹獣様ですって」
「うわあ…なにその理解が追いつかない暴露話」
樹竜国……森との付き合いを重要視する国であり、所謂土地に見捨てられたら生きてはいけない国である。
樹竜国が何故月竜国に星獣様がらみで書簡(嘆願書)を送ったのかというと、土地イコール精霊というところに起因する。判る人にはわかるかもしれないが、レオンは精霊の一種なのである。それも樹竜国には『樹獣様』と呼ばれているほどの――――――。
「これで判明したわ。あの星獣様は樹竜国の基盤になっている『樹獣様』だったのね……」
「ただの星獣ではないと思っていたが、まさか土地精霊の核だったなんて……星獣をペットにするのも規格外だったのに、よりによって何故樹獣様をペットにしやがったんだあの魔王は…………!!!!!」
アリーは崩れ落ち、テディは血の涙を流した。そんな二人を青ざめた顔で見る新兵は、無礼を承知で恐る恐る二人に問いかける。
「あの、星獣様がどうかされたのですか?」
「うん?ああ、魔王様のペットの星獣様ことレオン様が樹獣様だったんだあははははっはは」
「すみません、自分は無知なので『樹獣様』とやらがよくわからなくて…」
新兵の疑問に、復活したアリーが壊れたテディの答えに判りやすく付け加えた。
「所謂月竜国でいう、月竜様よ。判りやすく言うと、レオン様は樹竜様」
「え”」
新兵は固まった。
それが本当なら、これ開戦ものじゃ……?
「レオン様――――――――――!!!!!!」
いきなりアリーが城内を震わせる勢いで渦中の獣物たる獣様を呼ぶ。
「何だ騒々しい」
先ほどと変わらぬもふもふしい獣姿で登場した美獣様は、面倒くさそうに近寄った。
「何でただの星獣でいてくださってくれなかったんですかどうしてわざわざ樹竜様なんですか――――――!」
落ち着いていたように見えた大蛇は、実はまだ壊れていたらしい。
そんな彼女の姿に、樹竜様は首をかしげ「知るか」と答える。至極真っ当な答えのはずだが、どうしてか理不尽にしか聞こえない。その答えにヒートアップした大蛇はさらに言葉を続ける。
「そもそも、なぜ樹竜様がペットなんてされてるんですか!月竜様は眠られてるというのに、どうしてあなただけが起きていられるのです」
「悪いが、今はまだ災厄が近いとだけしか伝えられないのだ、竜血の巫女よ」
美獣様は申し訳なさそうに告げる。その姿を見て冷静さを取り戻したのか、アリーは巫女としての本分を思い出し、深く礼をした。
大蛇の暴走は止まったと、ヌイ族出身の男が恐る恐る本来ならば話しかけることすら敵わないはずの存在・樹竜に問いかける。
「あの、樹竜国のことはどうしたら……?」
「放っておけ」
バッサリと、切り捨てられた。
「いや、でも嘆願書が・・・・・」
「知らん」
取りつく島もない。
「開戦ものなんですけど?!」
「我は主のモノだ。所有物が勝手に消え失せていたりしたら、主は悲しむであろう?」
ええ、それはものすごく想像できますが、国の行く末がかかっているので納得していただかないとこちらとしてはどうしようもないのですが?すると「それにな」と鼻を鳴らした樹竜様が続ける。
「土地には十分力を与えてやったんだ。あと数百年は持つ」
(((いや、そういう問題じゃないと思う)))
三人の内心が重なった。
その国の名を冠した竜が、その国にいるだけで恩恵を授かるのはどの国も同じだ。故に、どの国でも竜がその国にとどまるのが当然だと考えている。ちなみに月竜は月竜国のどこかで眠りについているのだそうだ。今代の魔王は一度会ったことがあるというのだから、多分本当に月竜国のどこかにいるのだろう。
頭が痛いアリーとテディは考えることを放棄した。
もういいや、樹竜様が『嫌』と言っているからもうそれでいいよね。――――――彼らは後に、この迷断を全力で後悔することとなる。
あはは、うふふと嗤いはじめた二人に、新兵は再度恐る恐る問いかけた。
「大丈夫ですか…?」
「「むり」」
二人の声が重なった。
そんな三人を我関せず、頭痛の種たる樹竜様こと美獣様はもふもふしい体を揺らして、のっそりと昼寝へと向かったのであった。
……はい、本編書けよ、って話ですよね。
でも、この話を凄く入れたかったんです。
多分次こそ、勇者編の本編は終わりです。