五感ソウサ
三回見たら死ぬ絵。そんな都市伝説を聞いたことはないだろうか?
三回見たとかいう縛りを付けずに見たら死ぬ、それくらいの強い呪いがあってもいいのに。それに私ならそれでも呪いを解くことができるけど──
「到着いたしました」
私がそんなことを考えていると目的地に着いたらしく、案内役の県警の者が車を停めた。
某県某所の海が見える岬の先にある別荘。ある小金持ちの家族が長期休暇の時に使っていた。ここで昨年の夏、この家族の中学3年生の長女が自殺した。
母親はピアノのレッスン講師で地元でピアノ教室を営んでいた。元は音大を卒業後にプロのピアニストになる夢があったらしいが、夢は叶わず、しかし、講師として好きなピアノに関わることはできていた。
やがて結婚して娘が産まれ、そして母親は娘に自分の夢を託すようになる。よくある話だ。
娘も必死にレッスンをして上達してくるのだが中学に進学した頃から伸び悩むようになる。その頃、娘と同じ中学校の別の女子生徒が頭角を現してきた。中学の行事で生徒のピアノの演奏をする時にその生徒が学年代表で演奏をするようになってしまったのだ。
母親は昨夏、娘を連れてこの別荘にピアノの特訓をしに来た。高校から音楽科のある学校へ進学して、その先は音大、そしてプロの道。娘は音楽科へ進学する実力は十分にあったのだが、母親はそれでは満足できずにここで特訓をすることを選んだ。ここなら防音室もあり、周りに他の民家もなく二重に音を気にする必要はない。娘の友達も来ないから他の誘惑もない。そう考えたのだ。
一日十二時間近いレッスン、母親と二人きりで気の休まることもなかった。
そして、夏休みの最終日に娘は疲労とストレスから倒れて帰らぬ人となり、その後この場所で呪いと化した。
今年の夏、娘の死から一年が経ち別荘を売却のために片付けに来た母親が誰もいないはずのこの場所でピアノの音を聞き精神に異常をきたして閉鎖病棟に入院した。
その後に来た父親はなんともなかったが、次に売却のための見積もりに来た不動産屋は死亡した。その後も家具などを持ち出しに来た整理業者も音を聞いた後におかしくなり、除霊に来た霊能力者も耳栓と射撃の競技時に使うヘッドギアで対策をしたがその程度では意味もなく死亡してしまった。
そして、私に白羽の矢が立ったのだ。
耳栓程度で防げるわけないじゃん。
その程度の民間の霊能力者は死んでも仕方ないと私は思っている。霊と向き合う覚悟が足りないのだ。
「お連れいたしました」
案内役が先に到着していた他の警察の人間やこの別荘の所有者である呪いと化した父親、それに不動産屋に私を紹介する。
「警察庁特務係のウメです。よろしくお願いします」
警察庁の特殊な犯罪──今回のような呪い、霊能力や超能力、怪異や怪物、それに悪魔、そんなような連中を相手にするのが私たちの仕事だ。名前は呪い対策でコードネームで名乗ることになっている。
「私はあの子の父親です。どうか、呪いを解いて安らかに眠らせてあげてください」
呪いと化した娘の父親は一歩前に出て私の手を握った。この父親以外は私を胡散臭い女が来たなという目で見ている。
身長は140センチもない。黒髪の三つ編み、目も口も大き過ぎて気味が悪いと思う人もいるだろうし、幸い鼻は小さいがバランスが悪いといえば悪い。眼鏡に白い大きなヘッドフォンを首に付けたまま。夏なのに長袖のパーカーにダボ着いたズボンにスニーカー。さらに身長に迫る勢いの対人対霊どちらにも使える長刀を背負っているのだ。
これで警察庁の人間って言われても不審に思うのは当然だ。
しかし、自分の五感のバランスを自在に操れる私だが能力を使った後に反動もある。眼鏡もヘッドフォンも特注品で能力を使った後に上手く視力や聴力を調整できない時に助けてくれるのだ。長袖でいるのは触覚を守るためだし、本当はマスクも常にしていたいが、そこまでやると流石に不審者が過ぎるので我慢してる。
「わかりました、私に任せてください」
父親にそう返事をした。
防音室のピアノとはいえ漏れ聞こえてこないとも限らないので、目視はできるが別荘からは離れたところに集まっていた。
私は一人で別荘に向かう。
少し進んだところで残った連中が何やら話しているので、いつものことながら聴力を調整する。
「あんな訳のわからない感じの女で大丈夫なのか?」
「一応、警察庁からの派遣なんでしょ。変な格好でしたが大丈夫でしょ」
先にいた警官と不動産屋だな。
「あの、この会話も聞かれるかもしれないのであまりそういうことは……」
案内役の警官が嗜めてくれている。
「こんなに離れてるんだぞ、聞こえるわけがないだろ」
「いや、それが本人がその気になれば聞こえるようでして」
「化け物かよ」
「まあまあ、化け物には化け物をぶつけろとよく言うじゃありませんか」
最後のは不動産屋だな。化け物呼ばわりは慣れてはいるが先の警官も不動産屋も若い女を化け物呼ばわりするなんて、私がその気になればお前らなんて霊を退治するより簡単に殺せるんだからな。
さて、そろそろ別荘に近づいて来た。ムカつく会話を拾うために聴力を上げていたが、それでピアノの音を私の耳が拾ってしまっては本末転倒なので聴力は完全にオフにする。
私は五感をゲームのパラメーターの配分をいじるように変化することができる。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、これらを合計100の数字を割り振る。普段はすべて20にしてある。今みたいに聴覚を上げたい時は他の数値を下げて聴覚に振り分ける。また五感のうちの一つを外して第六感をセットすることで霊の姿を感知することができる。視覚はよほどのことがない限り外さないので、大抵は味覚を外す。
ただ、今回は音を聞いたらアウトのようなので聴覚を外すのだが、一応、呪いになって約一年だし、元は女子中学生だし対話が可能なら対話で済ませたいと思っていたのだけど、耳が聞こえないと対話できないし、どうしようか。
そんなことを考えながら五感をセットし直して、呪いの家に入っていく。
多分、ピアノの音は鳴り始めているのだろうが全く聞こえない。
場所を聞いていた一階の端、海が見える防音室の扉を開ける。
ピアノの前に少女の霊がいた。
第六感のおかげで見えている。
恐らく死んだ時の姿なのだろう。薄手の白いパジャマを着ていた。
私が普通に立っている上に自身のことを認識していることに驚いているようだった。
それはそうだろう。死ぬこともあるくらい強力な呪いの音を発しているのに私は平然と立っているのだから。
「私は君と話合いに来た」
出来れば祓うのではなく、自身で成仏して欲しい。
ただ、対話ができるのか──そもそも彼女の望みは何なのかだろうか?
もしこの世に対する恨みだけで呪いと化しているなら対話は難しい。母親は手にかけたが父親にだけ手を出さなかったのは何故だ?
少女は口を動かしている。
対話の意思はあるようだが、聴覚を失っている私には聞こえなかった。
ピアノの音を止めてくれとお願いしたとしても止めてくれる保証がない。もし止まったとしても何かのきっかけでまた鳴り始めたら対応が間に合わないかもしれない。
「すまない、耳が聞こえないんだ。筆談はできるか?」
呪いと化して一年。まだサイコキネシスとかできないかもしれない。どうやって意思疎通を図ればいいのか悩んでいると彼女は上に指を向けた。
どうやら二階に行けということらしい。
しっかり間取りを確認していなかったが、この別荘で彼女が寝泊まりしていた部屋があった気がする。
言われた通りに二階に向かうことにした。
別荘だけあって寝るに困らないような感じで最低限の家具があるだけだった。
彼女はここで最期を迎えた。朝、起きてこないのを心配した母親が様子を見に来たらベッドの上で亡くなっていた。流石に一年が経過しているので彼女の私物は無いように見える。
部屋に置いてある学習机を彼女は指をさす。
引き出しを開けるように言っているみたいなので開けようと引っ張ってみるが、鍵が掛かっていて開かない。
非常事態ということにして鍵は壊させてもらう。
背中の長刀を抜き鍵の部分だけ切り抜く。本当は一刀両断する感じで机を割った方が早いのだが何が入っているか分からない状況ではそれはできないと思い、私にしては繊細な対応をしたつもりだ。
引き出しを開けると手紙が出てきた。
お父さんへ──
封筒にはそう書いてあった。
「これを父親に届ければいいのか?」
彼女は私の問いに対して頷いた。
「分かった、これは必ず届ける」
まだ彼女は何か言いたそうだったが、まだ音を聞くわけにはいかない。わたわたと手を振っているたり、手紙を指さしている。
「あぁ……なるほど。中身を読まないでくれ、ってことか?」
彼女は頷く。
「心配しなくていい。このまま渡すから」
私はその気になれば視覚と第六感を組み合わせて手紙の中身を見ることができるが、女子中学生の父親への気持ちを覗くほど不粋ではない。
「これで成仏できそうか?」
まだ呪いになって一年も経っていない。この世への未練さえ断ち切れば自分で成仏できるだろう。
私の問いかけに微笑んだ彼女は消えていった。
成仏できたのだろう。
ただ、私はここで聴覚を戻すほど間抜けではない。
こういう時は本来なら死刑囚を使って音が消えたか確認するのがセオリーなのだが、そんな用意はない。
あのムカつく警察官か不動産屋にその代わりをやらせよう。
成仏して音が消えていればいいし、消えてなかったら犠牲になってもらってまたやり直せばいい。
私の身にここで何かがあるよりは、あのようなどうしようもなさそうな前世代の人間に犠牲になってもらった方がいいのだ。
とりあえず手紙を父親に渡そう。
きっと父親へは変な感情は持っていないはずだから何ともないはずだ。もし、父親にも危害を加えたいならこの家に来た時に母親と同じようにすればいいわけで……ただ、この手紙は何か不穏な気配がしないでもないが……
まぁ、それは仕事で頼まれたものではないので確認はしない。透視して私に何かあってもいけないからな。
さて、戻るか──そう思った時に上司からスマホにメールが入ってきた。
『三回見たら死ぬ絵が国内で見たかった。どうやら本物みたいだからウメに除去を頼みたい』
三回というのが少し気に入らないが、ここより面白そうな案件が来た。
案内役の警官に頼んで早くここから帰りたい。
彼は私のことを悪く言ってなかったから厄災に巻き込むのは避けてあげたい。最寄り駅まで私を届けさせればこの場からは離れられる。
残りの三人は……まぁ、運が良ければ何もないでだろう。この後の運命は彼らの日頃の行い次第だ。
そんなことよりも次の依頼が楽しみで仕方ない。
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