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足の太い中年おじさんが好きそうな音楽

作者: ムクダム
掲載日:2026/10/05

 何のことかと思われるかもしれないが、私が学生時代に読んでいた音楽雑誌に出てきた言葉である。気がつけば学生時代も遠く離れて古い記憶を辿っているので、一言一句再現できていないかもしれないが、概ねこのような言葉だったと思う。

 当時私が好きだったアーティストの音楽アルバムがこのように評されており、学生ながらカチンと来たことを覚えている。しかし、同時に妙に腑に落ちるというか、得心が行く言葉だと感じ、今に至っても印象深く記憶しているのである。

 身体的特徴を嘲るだけの言葉であれば、不快感が先に立つばかりで、いつまでも心に残ることはなかったはずであるから、「足の太い中年おじさん」は人間の内面的な部分にまで踏み込んだ表現であり、どのような人間にも普遍的に存在する気質を言い表しているのではあるまいか。


 では、「足の太い中年おじさん」の気質とはどういうものか。このような言葉で評されたその音楽アルバムの内容から逆算してみよう。

 何らかの差し障りがあるかも知れないので、具体的なアーティスト名やアルバムタイトルは伏せておくが、ボーカルは女性で、淡い恋心やら、近づいたり離れたりする恋人の機微やら、ふんわりと綺麗な言葉で綴られているが改めて考えると何言っているのかよく分からないような気持ちを歌い上げる曲が多かったように思う。赤裸々な感情を開きなかったよう調子で歌い上げる曲もあった。

 それを何と言い表せば良いのか。


 答えは「青春」ではなかろうか。


 言ってしまえば、「足の太い中年おじさん」はどこか青春に心残りがあるのである。何なら、今からでも青春のような気持ちを味わったり、青春の一幕のような出来事に巡り会えたりできないかと期待をしていると言っても間違いではない。 

 実際に華々しい青春時代を過ごしていたかは問題ではない。ありもしないものを手に入れたいという夢想家的な気質こそ、「足の太い中年おじさん」の本質である。

 だから、「足の太い中年おじさん」は青春の匂い、若さを感じさせるものに引き寄せられるのである。また、若者に気に入られたいという気持ちも根っこは同じである。「足の太い中年おじさん」は若者と仲良くなることで、自分も若者になりたいのである。

 そういう弱みを的確についてくる音楽を評して、「足の太い中年おじさんが好きそうな音楽」というのだと私は結論づけたい。

 音楽に限らず、自分が好きなものが「足の太い中年おじさん」の好みに合いそうなものかちょっと気にしてみると良い。もしも思い至ることがあれば、晴れてあなたも「足の太い中年おじさん」の仲間入りである。


 あんまり悲観しないでいただきたい。どんな美男美女であっても、いつかは「足の太い中年おじさん」になるのである。見目麗しいアイドルも、鋼のように鍛え上げた体を持つアスリートも、キラキラ輝くセレブ気取りのYouTuberも、いずれは過去の記憶に後ろ髪を引かれて、ちょっと滑稽で、ちょっと情けなくて、ちょっと惨めな生き物になるのである。

 テクスチャを幾重にもまとって非現実的な容姿を手に入れたVtuberも、画面の向こうにいるのは生肉を抱え込んだ現実の人間であるから例外ではない。こっそり中身が入れ替わっていることもあるかも知れないけれど、そうなると最早別人である。

 そしてなんと言っても、最終的に人間の行き着く先はみんな平等に肉の削げ落ちた骨である。

 死んでいる時間に比べれば、生きている時間などほんの刹那に過ぎない(仮に100歳まで生きたとして、それ以外の時間、何千何万何億年という歳月は死んでいる時間である)のだから、そんな一瞬の間に人よりも余分な肉がついていることを気にしても仕様が無い。むしろ、肉をつけていられるごくごく限られた時間にその感覚を楽しもうという気概があっても良いではないか。

 私もあなたも、彼も彼女も、みんな「足の太い中年おじさん」となれば良いのである。終わり

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