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異世界の革細工師

掲載日:2026/08/08

 地平線まで続く乾いた赤い砂。風変わりな家の作り。地面まで庇の伸びた屋根や、低く作られた埋まるような壁は強い風を受け流す工夫だろうか。


 俺が生きていかなければならないこの世界は、日本とは気候も植生も大きく違う。もちろん常識も。


「タキガワ! 凄いだろう、こんなでっかいゴーヒを見るのは初めてだろう?」


「はい、こんな大きいのもですけど、このゴーヒ? 自体も初めて見ました。こんなデカいのが砂に潜るんですか……」


 目をキラッキラさせた髭もじゃのドワーフがバシバシと背中を叩いてくる。


「もっとちゃんと見て! 大物なんだぞ、全身で喜べ! 歓声上げて飛び跳ねろ! ほら!」


 世界で二番目くらいにウザいこのおっさんは、サディオール師匠。隻眼隻腕の解体屋だ。腕を失うまでは腕利きの鍛冶師だったらしく、今でも街の職人たちから一目置かれている。


 師匠の指さす先を見ると、トラック程の大きさの生き物の死骸が、石造りの大きな門をくぐって運び込まれて来た。腕くらいある太い棘が無ければエイに似ているか。


 脳内で『剛緋』と当て字した姿は日本どころか地球にも居ない生き物だ。


「食べるトコ少ないし旨くも無いけど、腐りにくいから良い保存食になる。手取り足取り教えてやるから解体やってこうか。働かないヤツのメシは無いからな、俺の左腕代わり位にはなれよ?」


「がんばります!」


「俺、左手は色ぉんなコトに使ってたからな?」


 ニヤリと笑って俺にウインクしてくる。この師匠の元にいるお蔭で俺も仕事にありつけているとはいえ、かなりうっとおしい。




 砂の中を泳ぎ何でも食らう巨大なエイのような生き物、ゴーヒ。サディオール師匠の弟子たちと協力して解体を始めると、ツンとする匂いが溢れかえる。


 地球に居た頃に読んだ本では、血の匂いは『鉄錆のような』と表現されていた。


 そんな文章を書いた人は、きっとこれ程の巨大生物の血の匂いは経験していなかったのだろう。


 口の中を切ったくらいなら鉄錆の匂いかもしれないが、これほどの量だとそんな生易しいものじゃない。


 初夏の日差しにも似た熱波の中で、灼けた砂に沁み込んだ大量の血の猛烈な生臭さは、あっという間に鼻を麻痺させてしまった。


「こいつを見た事無いなら、そりぁ運が良いって事だな。砂漠でこいつを踏むと満腹になるまで追ってくるんだぜ。荷物は殆ど食われる。俺の腕も食われた。はっはっは!」


 全然笑い事じゃない事を楽しそうに口にしながら、ゴーヒの肛門の周りをナイフで抉る。


「ココはね、流石に柔らかい。俺のハートと一緒。硬いのは顔と背中。俺は他にも硬い所がある。わかるかな?」


 師匠の言葉を右から左にスルーしながら、傷口に腕を突っ込み内側にスペースを作る。すると師匠がそこにナイフを突っ込み、内側から外側へと片刃のナイフを滑らせていく。内臓を傷つけてしまうと周りの肉が汚染されてしまうのでこうして内側から外へと腹を開けるのが良い。


「首を落としたら、肛門から首まで縦に裂いて消化器官として繋がっている内臓を丸ごと取り出すからな。腐り蛇なんかは内臓も乾かして燃料にできるが、こいつは臭いからそのまま埋めるぞ」


「はい。食べたりはしないんですよね?」


「くせぇのよ。それに、こんなの食べたら早死にするぞ!」


 日本では牛などのモツ肉も食べたりもしたが、ここでは内臓食の文化は無い様だ。おそらくだが、普段は砂ごと小さな虫などを食べていると思うので、内臓にも砂が多いのだろう。日本の焼肉屋などではモツはたっぷりの水で洗うが、ここでは水は貴重だ。他にも寄生虫や毒の問題もあるのかもしれない。郷に入っては郷に従う。無理に日本文化を当て嵌めようとしない方が良い。


「もう、一年にもなるのに知らない事ばかりだ」


 一年といっても、季節が一巡するまでに俺の数えている限り六百日以上かかってる。この世界の公転周期は明らかに地球とは違う。そのくせ一日は二十四時間だったりする。この世界にやって来たばかりの頃はそこに不思議な一致を見出して、過去か未来、もしくは並行世界の地球なのではと想像していたのだが、冷静になると当たり前だった。日が昇って次に日が昇るまでの一回の自転が一日。それを約数の多い数字で割っただけだ。自転一回にかかる時間がどれくらいだろうと、一周で一日だし、それを使いやすい長さに割った物が時間。だから多分、一秒の長さは地球の長さと違うのではないだろうか。そんな想像も、この世界が地動説ならという前提の妄想でしかない。何しろここはあんなデカい化け物が地面を泳ぐ世界だ。見た事は無いが魔法もあるらしい。つまり、自分の生まれ育った地球での常識は何一つ信用できない。


 目に入りそうな汗とうっかり浮かんだ涙を服の袖で拭うと、のこぎりで骨の隙間を切り広げる。周りの人の好意で仕事をさせて貰うのではなく、自分の腕で仕事をできるかどうかが、ここで決まる。そう、この解体は就職活動の一環ともいえる。ゴーヒの血と脂に、自分の汗が混じりドロドロになりながら重い肉塊を担いで運ぶ。食っていく為に。




 ある日突然、剣と魔法のファンタジーに異世界転移した。社会人三年目でようやく仕事に慣れてきたと思ったのに、資格も勉強も人脈も全てリセットされたが、だからと言って代わりに何か凄いチートを得たわけでも無い。何も持たない若造の俺は、周りに沢山迷惑を掛けながらこの世界の事を学んで生き延びた。それからもいろいろあって、何とか日銭を稼いで生きていけてはいる。だけどそれは、周囲の善意に支えられてのものだ。ひとり立ちして、受けた恩を返さなければならない。


 その為にも、今日の巨獣ゴーヒの解体を成功させて、良い革を手に入れたい。




 異世界に転移や転生をしたらどうやって活躍するか、そんな妄想は日本にいた頃に何度もしたことがある。だが、現実に転移してみるとそうそう上手くいくものでは無かった。


 なぜなら、知識や技術というのはさまざまな前提となる土台があって成立するものだ。例えば、料理にはそこそこに自信があったが日本の調味料が手に入らなければ再現は出来なかった。なんとか再現できたマヨネーズも、異世界人の口にはあわなかったようで不評だった。俺は料理チートを諦めて、今では自分用に作るだけになっている。


 料理での失敗の後、俺は仕事の知識や技術で活躍をたくらんだ。しかし、職人の世界は親子や徒弟で繋がっており、コネが無いと飛び込めない世界だった。子供の頃から手伝いをさせてお互いに顔を知っており、何かあったら親が責任を取れる。その環境で初めて、食っていけるだけの技術を手間暇かけて教えてくれるのだ。ある日唐突に現れた異世界人などという存在は、どこにも地縁の無い不審者でしかなかった。自分がなってみて初めて、時代劇の島流しや江戸所払いという言葉の重さを感じ取った。あれはコミュニティから切り離されてしまう事がキモなのだろう。積み上げてきた信頼をリセットされてしまうと、一から信頼を積み上げなければならない。


 そんな環境の中、幼い頃から長い時間をかけて技術を身に着ける職人という職業は異世界人には荷が重かった。俺は職人への道をあきらめた。




 傭兵や兵士などの荒事ならばどうか。なにせ魔物に巨獣に人間同士の戦争もある消耗の激しい世界だ。需要はいつだってある。だが、戦闘という行為で身をたてるのも至難の業だった。俺が転移してきたこの世界には、ゴブリンなどの手軽なモンスターはもういない。オークやオーガなども含めて、人類に明確に敵意を向けてくる敵性の亜人というものは全て狩り尽くされている。


 地球で考えてみればわかるが、和平があり得る相手ならば戦争を止める事は出来る。でも絶対に和平があり得ない相手との戦争はいつまでも続く。


 そして、人間の持つ知恵と悪意というのは地球でも異世界でも変わらないらしく、飲みの席で聞いた話によると、人類は恐るべき執念で彼らの生活圏を奪っていったらしい。


 人には無害だが、犬には毒となる食べ物などがある。種族が違うのだから当然だが、ゴブリンにも同じような植物があった。それは研究され、試行錯誤しながら大量に栽培されて、ゴブリンの住む森の植生を塗り替えた結果、彼らは滅んだ。


 歓楽街で避妊の為の魔法が開発されると、それはたちまちの内に改造されて不妊の呪いとなり、オークの王を狙って実行された。その間、オークを狩る事は認められたが王への手出しは無用とされた。最も強い雄が多くの雌に子を産ませる社会であるオークは、こうして数代の世代を経て地上から根絶やしにされた。


 人型生物を捕食する食物連鎖の頂点であるオーガはもっと簡単だった。とある宗教にオーガを滅ぼせと神の啓示があったのだ。信者は暗殺集団に依頼し、自らを毒漬けにしてオーガに食べられる事で神の意志を体現した。


 このようにして、人を害する人型種族は滅ぼされていった。いまや、人が争うのは人間同士か巨獣相手だけだ。人より小さな獲物は道具を工夫して一方的に狩るので、駆除と呼ばれる。街の中でもお構いなしに出るので危険はあるが、蟲や小動物の駆除を争いとは呼ばない。


 蜂や蠍のような小規模な駆除ならばともかく、大型魔獣を相手にした戦闘は専門の職能を備えた集団による高等技術だ。戦う相手を知り、誘導し、罠や投槍で弱らせて狩る。クジラ漁に近いだろうか。当然、素人が手を出せるものではない。


 人間相手の戦闘はなおさらだ。スパイの介入を防ぐために、出身地の同じ者たちでチームを組ませる事もあって、余程の英雄でもない限り異世界人の入る余地はなかった。


 そんな世の中で、単純肉体労働や人手が足りない所へのお手伝いで糊口をしのいでいた俺だが、水売りや肥料運びなどをやっている時にこの世界に無い職業に気が付いた。それが『革細工師』だ。




 革細工。


 この世界にはドワーフが居る。鉄を愛し鉄に愛された鍛冶種族。彼らが居るので鉄製品の性能が高く、そして、鉄鉱石が豊富なので安価に数多く流通している。さらに魔物は鉄の匂いを嫌うので魔除けにもなる。使わない理由がないのだ。


 そんなわけで、大きな槍を何本もさして失血死させた魔物や巨獣の穴だらけになった皮を見て『もったいない』と呟いた俺には憐みの目が向けられた。皮を食べようとしていると思われたらしい。素材に使うという発想が無かったのだ。


「いや、違うんだ。食べようって言うんじゃない。確かに俺の故郷には靴を煮込んで食べる映画があったけど」


 なんて事を言ったので、下宿の大家さんから干果やビスケットのような保存食をたくさん貰ってしまった。


 申し訳なさと恥ずかしさで、靴だけじゃなくて鞄とかは革だったし、鉄よりも軽いから強度が要らない部分になら素材として使えると思ったんですよと熱弁していたら、それがサディオール師匠に聞こえてしまったのだ。


「お前、鉄より軽くて加工しやすいってのは本当か。こんなボロ皮が何か使えるものに化けるのか」そう言って肩を掴んできた時の表情はかなり怖かった。




「さて、骨も肉も外した。屋根やら壁やらに使う事もあるが、この皮ってのはほとんど使い道のない部分だ」


「ええ。このような生き物の『皮』を、腐らないように加工して『革』にしていきます」


「お前が夜中にチマチマやってた研究の成果か?」


「ええ。これでいけるはずです」


「せっかく覗きに行ったのにお前は真面目な事しかしない。もっと人に見せられない事して?」


「何やってんですか! 俺は生きるのに必死なんですよ!」


 この人、行動に芯のある信頼できる人なのだが、言動が不真面目すぎて本当に厄介だ。




 俺は日本にいた頃、趣味で革細工をやっていた。とは言っても動物の解体なんて見た事も無いし、材料も工具も全て手芸屋さんで買っていた。それはここには無い。材料を手に入れる所から始めなければならない。


 それでも、地球から俺が持ち込んだ知識の中で、活かせそうな物はこれだと思っている。


「よし、ここの部分の皮、貰っていきます」


「いいぞ。獲物は倒したやつが英雄だからな、一番いい所の肉を持って行く。その後は運搬や解体で働いたもの達が持って行く決まりだが、皮は最後まで残るからな。今日の解体のお前の取り分はそれだ。……あとで余りがあったら持って行くから扉は開けておけ、な」


「ありがとうございます!」


 いつも物が足りないこの土地で、獲物で余るものなんてないはずだ。それでも師匠は、なんだかんだと都合をつけてくれる。一度だけ振り返って頭を下げると工房を兼ねた小さな家に駆け戻る。




 地球ではクロム鞣しとかタンニン鞣しとかの手段があったが、要は生物の皮を腐りにくくする加工だ。お茶や柿なんかに含まれるポリフェノールが作用するとか聞いた事がある。鞣し液なんてのを通販で買えるわけでは無いので、工夫しなければならない。


「よう、タキガワ! 今日もスライム掃除か?」


「いや、革をやる」


「おー、とうとう準備できたのか。ボクも見てていいかな?」


「嫌だけど、いいぞ」


 ゴーヒの皮を担いで走る俺に、ふわりと飛んでついてきたのは、妖精のクリムクラム。10センチくらいなら可愛かったのだろうが、30センチほどの大きさで、雌雄同体らしいので女の子ですらない。布地の多い服を着ているがゴスロリ着た男の娘と思えばワンチャン……だめだ、性格がクズ過ぎて可愛く思えない。小さいせいか手先が器用なので裁縫屋をやっており、革細工についての相談に乗って貰っている。だが、厄介な事に、こいつは手癖が非常に悪いのだ。何度も貴重な甘味を食われたり、骨を削って作った針を勝手に持ち出されたりしている。種族特性として個人所有の概念が薄いという話だが、それも本当だかわからない。


 個人的に関わりたくないタイプだが、腕が確かな上に前例のない革細工職をやるにあたっての後ろ盾の一人なので蔑ろにできない。


 自宅兼作業場に皮を持ち込むと、大きな桶に入るサイズに切り分ける。はみ出した端切れ部分で試作をする。桶の中には数日掛けて集めたスライムだ。スライムと呼んではいるけれど、デカい蛞蝓のような生き物で、落ち葉や小動物の死骸なんかを食う死肉漁りだ。


「うげぇ、気持ち悪い。ホントに飼ってるんだ?」


「こいつら妖精も食うらしいな?」


「妖精蟲は丸のみにするけど、さすがにボクらのサイズだと食われねぇよ」


「アレは食うんだ……」


 妖精蟲ってのは5センチほどの人型の飛行害虫だ。可愛らしい外見は擬態で、集団で生き物を襲う。ぶっちゃけ、肉食のトンボだ。ラケット状の捕獲具で叩けば簡単に落とせるのだが、体格の小さい妖精族からすると天敵だったりする。妖精族が人間の街で暮らしたがる理由の一つが、この天敵を避けるためだという。


 この世界には危険な生き物が多い。人が滅ぼしたものも多いが、小型の生き物も油断すると容易く人の命を奪ってくる。だからこそ、軽量で安価な防具は商売になるはずだ。


「なぁ、この皮で本当に妖精蟲が防げるのか?」


「妖精蟲とか腐り蛇が噛みついてくるのは首、手首、足首だろ?」


「うん、血とか汗のにおいのする所な。本能でわかってんだろうね」


「そういう所を硬い革で覆うだけでもだいぶ違うと思うんだよ」


 まだ脂のついた皮の上にスライムを這わせる。こいつらは何でも食うがある程度えり好みをする。スライムに食われた死骸はペタンコの皮だけ残る事が多い。皮が最後まで残るのだから、不要な部分を除去するのにスライムが使える。


 その後には虫除けに使われる渋み草の搾り汁に漬ける。北の方にこの草だけが大量に自生する谷があるらしい。そこには魔物も近寄らない為、魔物除けの効果があると信じられている。信じられているのだが、師匠のようにこれの匂いを付けていても食われる人が居る。


 おそらくこの渋み草は虫除けの効果はあるのだろう。そしてこれが大量に自生している場所には虫が来ない。だから虫を食料とするような小動物も来なくて、食物連鎖にならないのだろう。そしてこの渋みの成分は革を収縮させる効果があった。それに気づいた俺はイケると確信したんだ。


「でもさ、鉄でいいじゃん」


「成長の早い子供に鉄靴とか履かせられないでしょ」


「そりゃね」


「これだとサイズ調整しやすいから、子供が腐り蛇に噛まれるのを減らせるよ」


「おお、それいいな!」


「あと、鉄だと君らは付けられないだろ」


 腕のいいドワーフ職人が鉄を軽く加工できるといっても、妖精が着て飛べるほど軽くはならない。


 そういうと、クリムクラムはキョトンとした顔をした。


「ボクらも身に着けられるの?」


「そうだよ。子供とか、鉄を身に着けられない、小さい種族に向けて薄くした革で防具を作れば、虫の牙とか針なんかは通さなくなるでしょ」


「もしかして、ボクの為に?!」


「売れたら儲かるんだから俺の為だよ」


 両手を広げて抱き着いてくるクリムクラムをデコピンで弾き飛ばすと、ため息をついた。何故かこの世界、変なヤツ多くないか?




 それから数日。皮から余計な脂肪などをこそぎ取り、汁に付け込んで干したものを、型に合わせて切っていく。型は木の皮で作り、断ちナイフはお金を溜めて買ったものを徹底的に研いだ。


「俺の分は後回しなんだって。すぐ作ってくれりゃいいのに」


「お前にやったらすぐ他の妖精が盗ってっちゃうでしょ。まずは他の職人に見せる用の物を作って、こいつの工房を認めさせるのが先なの!」


 俺の後ろでサディオール師匠とクリムクラムが喧しく見守る中、手早く作業を進めていく。


 よく研いだナイフで革の裏面を削いで薄くしていく。狙った薄さになってきたら、グル芋の煮汁を薄めた物を塗り付けて指で伸ばしていく。これはとても安い芋なので食用としてもよく食卓に上るのだが、べたべたしていて糊としても使われている。日本でも障子を貼るのに米の糊が使われていたと聞いた事があるので、違和感はない。


「その芋食うの、この街じゃお前だけだよ」


「いやー、よっぽど食い詰めた連中は食うけどさ。味しねぇじゃん。それ主食にするなら砂食った方がマシだよ、よく食えるね」


「好き好んで食ってるわけじゃねぇよ」


 そうは言うけど、割と悪くないと思ってる。こっちの人は味の濃い物で他の物を食べるって言う習慣がないようで飯が単調なのだ。俺は塩漬け肉を細かく切った物を、この味無しの芋に乗せて食べている。とはいえ、今の使用用途は糊だ。


 革細工に使う糊。これは、日本にいた頃はトコ面処理剤という名前で売っていた。革は皮膚の側が銀面で、その裏側をトコ面と呼ぶ。トコ面は繊維がけば立っているので糊で固めないとすぐボロボロになってしまう。ワイシャツの襟を洗濯糊でパリッとさせるのと同じように、糊で革の裏面をつやつやにする。グル芋の煮汁を薄く塗り、ガラス片やヘラでゴシゴシと圧力をかけていくと、皮膚の裏面にあたるケバ立った側が驚くほどツルッツルになっていくのだ。これは中々に気持ちがいい。


 トコ面の処理が終わると、次はナイフで切った端側だ。ここはコバと呼ばれる。切りっぱなしだと手触りが悪いので、ここにも糊やワックスを塗り込んで磨いていく。


 塗って固めてヤスリで削る。使うのは番手の高い紙やすりや、もしくは不織布が使われる。だけどここでは専用の磨き道具は手に入らないので、木片を何種類か用意して溝を掘り、ザラ付き加減によって仕分けてヤスリの代用として使う事にする。これを手触りが良くなるまで何度も繰り返す。


「ずいぶん、工程が多いな?」


「それ、細かい作業みたいだけど結構力いるの?」


 二人が気になって覗き込んでくるので、磨いた段階に応じた物を無言で手渡す。二人は順番に指で撫でていき、触り心地を確かめて頷いた。


「屋外で使う実用品としてはここまででいいんじゃないか」


「子供が身に着けるならこの位はいるのかも。あとボクのはもっとスベスベにして」


 それぞれのパーツができあがったら、磨いた事で反り返ってしまったヘリをヘリ落としで削いで綺麗にする。これは彫刻刀で代用できた。


 刻印などを打刻して模様を付けるのならここの工程でやっておきたいところだが、今回は不要なので飛ばす。種族によって縁起のいい模様や文字を身に着ける風習があるケースもあるので、いずれは刻印や焼き印も作る必要があるだろう。


 革の組み立ての順番を確認してから、革の端から3ミリ程の箇所にナイフで軽く線を引く。コンパスがあれば使いたかったが、手に入らなかったので木の棒とナイフを縛り付けた物の間に指を挟んで代用する。これは縫う箇所のガイドだが、縫った後の糸を埋め込んでほつれにくくするためでもある。


 ナイフで描いた線の上に、フォークを押し当てて跡をつけていき、縫い目間隔を調整してから錐で穴を開ける。


「そのまま針で縫っちゃダメなのか?」


「ドワーフならできるかもだけどボクとかだと針が通らないよ」


「革は布より硬いから普通に縫おうとしたら針が折れる。だから、あらかじめ穴をあけるんだ」


 糸の両側に針を付けて、開けた穴に通す。


「その糸も何か塗ってるね、それは何?」


「蜜蝋だよ。糸の耐久度を上げてる。あと糸も少し太めのを使った方が良いと思うよ」


 二人の質問に答えながら、一目ごとに引き締めながら縫っていく。大きなパーツを曲げ、立体を作る。縫い終わったら小さなハンマーで軽く叩いて縫い目をナイフでつけた溝へと埋め込んでいく。


 できあがったのは、足の甲まで覆う脛あてだ。


 クリムクラムが蹴っ飛ばすとポコポコと硬くて軽い音がする。師匠ができたばかりの脛あてに噛みついて引っ張り始めた。


「やめてやめて!何してんの」


「これで千切れるようなら意味がないでしょ!」


 師匠は噛むのをやめない。歯形が付くが噛み切れてはいない。


「そうだけどさ。あとこの後に油塗り込んだり蝋塗ったりもするよ」


「仕上げ処理でそんなに強度はかわらんだろう。革でどれくらい防げるかを見たい」


「じゃ、使って見てくださいよ」


 師匠のデカい足の甲に脛あてを置き、脛あてに固定した紐をサンダルの紐にくぐらせて縛っていく。靴ひものように紐を交差しながら脛にフィットさせ、最後に紐の上に別の革を垂らして蓋にする。膝から下を完全に覆った形になる。


「……これは、俺の脚に合わせて作ったのか」


「はい。足の甲の広さと膝までの高さは合わせました。でも調節も効くので他のドワーフでも使えますよ」


「やらん。俺のにする」


「気に入りましたか?」


「歩きにくい。かかと側はパーツ分けろ」


 部屋の中をウロウロと歩き回り、膝や足首を曲げる。そういえばドワーフ族はだいたい新しい物好きだった。気に入ってしまったようだ。


「本当はブーツにしたかったんですが」


「やめた方が良い。靴職人の仕事とぶつかる。これならどんな仕事ともぶつからない。それにこの硬さならサソリや蛇に噛まれても平気だ」


「これ、仕事にできますかね?」


「欲しがるやつはいるだろう。親方衆には俺から話通しておく。もう少し大きい工房に引っ越せ。今日からお前は革細工師だ」




 師匠の言葉に鳥肌が立つ。やっと、地面に足が付いた。そんな気がした。


「何ニマニマしてんだよ、気持ち悪い。さっさと俺の分も作ってくれよ、雨期になると妖精蟲増えるんだから」


「お前がつけられるほど薄くしたら強度が足りるかはわからんぞ」


「厚さと重さ、使う皮の部位とか、色々試します!」


「そうしろ」



 革細工師 タキガワコウイチ。この世界で生きていきます。

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