第84話 ホワイトデー
今日は土曜日、朝から大規模スーパーへとシンと二人で行く。春の訪れを感じさせるような穏やかな晴天で気持ちいい。
二人の肩にかけたマイバッグには1週間分の食材が多く入っている。
一華はバレンタインデーのお返しが貰えるだろうとわくわくしていた。
二人はマンションまで帰って来て、食材を冷蔵庫や棚に片づけていった。
お昼までには、まだ時間がある。一華はこたつでサンを撫でて時間を過ごす。
「一華、忘れ物したみたいだ。ちょっと、買ってくる。」
「えっ? 今から? 何忘れたの? また今度じゃダメなの?」
「あぁ、今すぐ必要だ。一華はサンとお留守番していてくれ。」
「うん、いいけど……。」
「何か、他に欲しい物あるか?」
一華は表情を曇らせて、口にした。
「……マカロン。」
「お前……マカロンって……わかった。買ってくる。」
「気を付けて……。」
サンもこたつから顔を出してシンの方に顔を向けて
「にゃにゃん……(俺もおやつ欲しいにゃ。)」
「……行ってくる。」
シンはサンの要求には答えず玄関を出て駅の方へ足を向けた。
さっきまで、あんなに晴れていた空に、いつの間にか空一面に雲が広がり始めていた。
シンは足を速めて目的地へ向かった。
目的地である駅ビルの出入口には浩輔と直哉が待っていた。
「悪い、遅くなった。」
「いいよ。一華に黙って出て来たんだろ。」
「あぁ、一人にさせたから寂しそうだった。」
「逆に、悪い事させたな。さっさと買って帰ろうぜ。」
シンは浩輔、直哉の後に続いて催事場に上がって行った。
催事場にはバレンタインデーのお返しを求める男性だけでなく、自分へのご褒美を求める女性も訪れていた。
「お前たちは何を買いに来たんだ?」
「ホワイトデーのお返しは飴とかクッキーだろ?」と浩輔。
シンは一華にバレンタインデーに教えてもらったことを思いだした。
「それがお菓子にも意味があるらしいぞ。」
「どんな意味があるんだ?」と直哉。
「確か、マカロン、マフィン、カップケーキは『あなたは特別な人』、キャンディは『あなたが好き』、ドーナツは『あなたが大好き』、マロングラッセは『永遠の愛を誓う』、バウムクーヘンは『幸せが続きますように』、クッキーは『友達でいよう』、マシュマロ、グミは『嫌い、お断り』、キャラメルは『安心する存在』、チョコは『あなたと同じ気持ち』、ホワイトチョコは『気持ちを受け取れない』だったと思うが……。」
「シン、お前、よく知ってるな!?」
浩輔が目を丸くして言う。
「一華に教えてもらった。」
「そうか、なら、クッキーはダメだな。」
浩輔は自分が候補に挙げたクッキーを選択肢から外す。
「チョコの『あなたと同じ気持ち』に答えるものか……。」
「出掛けに一華からマカロンを買ってくるように言われたから、まずはマカロン買いに行ってもいいか?」
「あぁ、行こう。……マカロンって……。」
「『あなたは特別な人』だな。」
「シンからあげるには一華にはピッタリか。」
「そうか……、そうだな……。」
浩輔が納得した事を聞いてシンは腑に落ちた。
「ドーナツやカップケーキより、マカロンの方が貰ったらテンション上がるかな?」
直哉は真由にあげることを考える。
「キャンディはありきたりだから、俺もマカロンにする。」
浩輔はお菓子の意味を考えて決めた。
マカロン売り場に来た三人は陳列棚を見て悩む。種類はあり過ぎるし、個数が少なすぎても物足りない。
「3倍返しか……10個入りで大丈夫か!?」
シンは一華の言葉を思い出していた。
「3倍返しってなんだ?」
「本命が3倍返し、義理や友チョコの場合は1.5倍ぐらいらしい。」
「それも一華からか。」と浩輔。
「あぁ」
「「3倍か……。」」
浩輔と直哉は貰ったチョコの相場を考えていたが、わからない。
「3倍かどうかはわからないが、俺も10個入りにする。」
浩輔は理那から貰ったチョコが見るからに「ザ・本命」と言われるようなチョコだったことを思い出した。
直哉も真由からのチョコを思い出していた。こちらも見るからに「本命」と思えるチョコだった。
「いろんな種類があるな……。」
シンは店員さんに希望のマカロンを伝える。
「とりあえず、季節限定のいちご、桜、紅茶を1個ずつと、定番のショコラやピスタチオ…あとはこれとこれ、……これで10個を詰め合わせてラッピングしてください。」
浩輔と直哉も別の店員さんに理那、真由が好きそうなフレーバーを伝えていく。
三人はホワイトデー用にラッピングされたマカロン入りの紙袋を受け取って目的は達成した。
が、シンだけは、ここに来た目的は別にあった。
「お前たちはまだお返し買うのか?」
「俺は、これだけだ。家族には別のもの買うから、他の店で買うことに決めている。」と浩輔。
「俺も、ここではこれだけだ。」と直哉。
「そうか、ならここで別れよう。」
「「あぁ、じゃあな」」
シンはここで解散することを告げて、他の店舗の売り場に歩いて行く。
浩輔と直哉は催事場を出て行った。
シンは本来の目的地である売り場に来ていた。
「これ、ください。」
シンは5個入りのギフトを指さしてホワイトデー用にラッピングしてもらう。
紙袋に入れてもらったものを受け取ると足早に催事場を出て行く。
シンは一華にメッセージを送った。
(お昼にハンバーガー買うが何がいい?)
ピコン! 一華のメッセージが帰ってきた音だ。
(照り焼きと〇ニポテとアイスティのセット)
シンはハンバーガーショップに寄って、一華のセットと自分用のダブルバーガーのセットを購入した。
外に出ると空一面に雲が広がったままだ。シンはサンからのおねだりは聞かなかったことにして足早に帰っていく。
「ただいまー。」
「おかえりー。」
「これ一華に頼まれたマカロン。」
シンは催事場でホワイトデー用にラッピングされたマカロンを紙袋に入ったまま一華に手渡した。
「先にハンバーガー食べないか。」
シンは一華が紙袋の中を覗く前に、お昼にすることを提案した。
「うん、温かいうちに食べる。」
一華は紙袋をダイニングテーブルの隅に置いて席に着いた。
一華とシンはお昼にハンバーガーを食べて、お腹を満たしたが、一華は自分の〇ニポテを差し出した。
「少し、〇ニポテ食べて。」
「いいのか?」
「うん、おやつにマカロン食べるし、ハンバーガーで充分足りてるから。」
「じゃ、ソファに移動しようか。」
一華とシンはソファに移動して残りを食べることにした。
〇ニポテと一華のアイスティー、シンのアイスコーヒーをお盆に乗せてこたつの上に置く。
一華はシンから預かった紙袋を持ってくる。
「開けていい?」
「あぁ」
一華は紙袋の上にあるマカロンの箱をこたつの上に置く。
「ん?」
更に紙袋の中を覗く一華。
「これ……。」
更に下にあった箱を取り出してこたつの上に置いた。
「二つあるんだけど……。」
「あぁ、最初のが一華に頼まれたマカロンで、今置いたのが、俺からのバレンタインデーのお返しだ。」
「私、お返しにマカロン頼んだつもりだったんだけど……。」
「どっちにするか迷ってたんだが、一華からマカロンって言われて吹っ切れた。それに、浩輔と直哉からはマカロンを送るのはピッタリって言われたよ。」
「えっ? 浩輔君と直哉君も一緒だったの? いつの間に約束してたの?」
「昨日、誘われてた。一華には内緒で。」
「そうだったんだ?」
「二人は何買ったの?」
「二人ともマカロン、中身はそれぞれ違うものをチョイスしてたと思うが……。」
「マカロンの意味って知ってたの???」
「俺が教えた。一華から聞いたそのままに。」
「それで、マカロンを理那と真由に送ったんだー。」
「あぁ。」
「それで、これは? どうして?」
「いいから、開けてみろ。」
一華はシンに促されて、お返しと言われた箱の方を手に取りラッピングを外していき、箱を開けた。
「……これ、マロングラッセ……。」
一華はシンの顔を見つめる。泣きそうだ。
「俺の気持ちだ。」
「……これの意味、わかってるんだよね……。」
「あぁ、『永遠の愛を誓う』だろ。」
一華の目から大粒の涙が溢れて頬を伝った。
その時、快晴の上空からポタポタと大粒の雨が降ってきた。天気予報は快晴だったはずだ。
帰ってくるまでは空一面に雲が広がっていたはずだったが……。急に天気雨が降ってきた。
一華の涙が止まらなくなって来た。シンがホワイトデーに出掛けて行って寂しかった。その気持ちが今では、愛に満たされている。
「本当はまだ、マロングラッセを贈るには早いかと思ったんだが……俺の気持ちを示そうと思ったんだ。」
「嬉しい……。」
一華は笑顔で大粒の涙を流している。
外では天気雨が勢いを増していき止みそうにない。
「一華、泣くの止めてくれないか? 外が大変なことになってる。」
シンは一華の頬を拭いながら一華を落ち着かせようとする。
「へっ?」
一華は勝手に流れてくる涙を止めるほどあざとくはないが、シンの言葉に一瞬で涙が止まった。
すると、天気雨も止んだ。外には大きな虹も出てきている。
「一華、お前の気持ちと天気がリンクしているようだ!?」
「えっ? リンクって?」
「一華が泣くと雨が降る。気持ちが沈めば雲が広がる。喜んだり楽しければ快晴だ。今日がまさにそうだ。気づいてないのか?」
「えっ? 天気の魔力が私の気持ちとリンクしてるの?」
「そのようだな。」
「喜怒哀楽で天気がコントロールできるんだ……!」
「それはコントロールしてるとは言わない。気持ちとは切り離して制御する事をどうやれば……。」
せっかく「永遠の愛」に浸っていたのに、シンの頭はすでに「魔力の制御訓練」へと切り替わってしまった。
一華はシンの気持ちを受け取って嬉しかった気持ちが置き去りにされた気分だ。
(せっかくいい雰囲気だったのに! シンのバカ!)
一華が心の中で毒突くと、美しかった虹はみるみる消え、空には再びどんよりとした暗雲が立ち込め始めた。




