第79話 動物病院
高校では3学期が始まり、遅い所でもお正月休みが終わった。
冬の寒さが一段と深まる今日、一華とシンはサンをキャリーバックに入れ動物病院に来た。
以前、動物病院に来た時の一華は、待合室に溢れる動物たちの不安や痛みに共感していまい、体がとても辛かったが、何回も満月パワーを注入したお陰か今日は共感の魔力に飲み込まれることはなかった。
「一華、体は辛くないか?」
「……大丈夫。みんなの辛い気持ちは感じるけれど、飲み込まれることはないみたい。」
順番が来た。サンの名前が呼ばれ、一華とシン、そしてサンは診察室に入って行く。
「もうそろそろ、サンの去勢手術をお願いします。」
シンが獣医である先生に言う傍ら、一華はサンの背中を撫でている。
(サンちゃん、ごめんね。)
「手術は来週の土曜日なら空いてるよ。今から全身麻酔ができるか検査してから判断して決めようか。」
「はい。よろしくお願いします。」
サンは少し震えてるように見える。怖いはずだが、検査中、鳴きもせず我慢しているようだ。
(サンちゃん、えらいね。痛いよね。ごめんね。)
サンの検査を終え、一華がサンを抱き上げるとしがみついてきた。結果が出るまで三人は待合室に戻った。
一華は落ち着かせようと、サンの背中をずっと撫でている。
結果が出たようで、サンの名が呼ばれた。三人で診察室に入って行く。
「検査に問題ない、手術できるよ。今度の土曜日でいい?」
「はい。」
「じゃぁ、前日の20時頃以降は食事を抜いて、当日の朝は水は控えて、朝9時ぐらいに来院して。問題なく終われば当日の夕方には帰れるから。それと、当日は洗濯ネットに入れてから来て。一緒に術後服かエリザベスカラーを持参できる?」
「わかりました。よろしくお願いします。」
サンは一華の腕の中からキャリーバッグに移される。シンが今日の検査費用の支払いを済ませて、三人は動物病院を後にした。
帰りにサンの術後服を購入するため、隣のペットショップで寄った。
「***(サンちゃん、何色がいい?)***」
「***(青がいいにゃ。)***」
サンの希望通り、青色の術後服を購入してマンションに戻った。
◇◆◇
今日はサンの去勢手術の日だ。
前日の夜から絶食させられているサンはお腹が空いている。おまけに今日の朝も絶水だ。一華はその前に、飲ませようと温かいお水を用意した。
「サンちゃん、今日はもうお水飲めなくなるから、今のうちに飲んで。温かいよ。」
サンはお腹が空いているのを紛らわすようにお水を飲む。
「にゃにゃーん……(一華、お腹すいたにゃー。)」
力なく鳴くサン。
「そうだよね。ごめんね。我慢させて。手術中の安全を確保するためなんだって、サンちゃんのためだから我慢してね。」
一華は申し訳なさそうに諭していく。
一華とシンは着替えと朝食を済ませて動物病院へ行くために準備する。
キャリーバッグとこのために用意した大きめの洗濯ネットを持ってくる。
サンはお水も飲み終え、こたつで寛いでいた。
「サンちゃん、出掛ける前にトイレいける?」
サンはこたつから出てきて、トイレに入った。なかなか出ないようだ。少しの間、目を閉じて座っていると、ちょろちょろと出たようだ。足をぴっぴと振って出て来る。
「サンちゃん、行こうか。怖くないから洗濯ネットに入ってくれる?」
「にゃにゃんにゃ……(俺、先生襲わにゃいぞ。)」
「うん、わかってる。でも、先生にはわからないから、みんなと同じように洗濯ネットに入れて行かなくちゃいけないの。大丈夫? 入れる?」
「にゃん……(わかったにゃ。)」
洗濯ネットに大人しく入ったサンをキャリーバッグに入れて、シンが背負って動物病院まで出掛けて行く。
動物病院では受付してキャリーバッグのままサンを預けた。
「***(サンちゃん、いったん帰るね。夕方迎えに来るから、大人しくしていてね。)***」
「***(わかったにゃー。一華のためにゃから、これくらい平気にゃ。)***」
「***(またな。頑張れよ!)***」
帰りがけに、テレパシーで声を掛けて一華とシンは動物病院から一旦帰宅した。
◇◆◇
サンがいないリビングは驚くほど静かだった。
「サンちゃん、いないと静かだねぇ。」
「かといって、サンは寝てばっかりだけどな。」
一華は夕方になるまで、気が気じゃなかった。いくら簡単な手術でも、サンの体に傷をつけることに悪いことをしたと思っていた。自責の念に駆られる。
(魔界に返していたら、去勢手術を受けさせることはしなくても良かったのに…。)
(ううん、私が猫に変身することがなかったら……)
一華は去勢手術を受けさせることは自分のせいだと思っていて、悲痛な顔をずっとしていた。自分の体に傷をつけられるように不安や痛みに共感してしまっていた。
「一華、人間界に留まることを選択したのはサンだ。一華のせいじゃない。気に病むな。」
「うん。」
「それに、魔界に行けば、猫族を去勢することはできない。仁華になった時はサンよりも他の猫族に気を付けなければならない。」
「そうだった……。サンちゃんだけじゃないんだ……。」
「サンは魔界での仁華の護衛役だな。」
「うん。」
「手術から回復したら、護衛役としての鍛錬を始めさせるか!?」
「えっ? 早速、鍛錬させるの? 帰るのまだ先だよ。」
「鍛錬は早ければ早いほどいい。まぁ、サンは口だけだろうが。」
「うーん、確かにこたつばかり入ってて、キャットタワーに登ったところ見てない気がする。」
「1歳になれば元の大きさに追いつくだろうから、それからでもいいが……。」
そろそろサンを迎えに行く時間だ。二人は準備をして動物病院に向かった。
動物病院ではサンは既に全身麻酔から目覚めて、術後服を着て大人しく寝転んでいた。
慣れない術後服を着たサンが少し可愛く見える。そのまま、キャリーバッグに入れる。
「1週間後、傷口チェックするから受診して。それまでは、ケージの中で大人しくさせてね。激しい運動もジャンプも避けるように。」
「はい、ありがとうございました。」
「サンちゃん、帰れるよ。」
「にゃん……(帰るにゃん。)」
サンが動物病院に来て初めて鳴いた。
「帰ろう帰ろう。よく頑張ったね。」
動物病院を後にした三人は、マンションに帰り着いた。
一華はケージの中に暖かいもこもこベッドを入れて、サンをキャリーバックからケージのベッドに移した。
「にゃにゃーんにゃ……(こたつは入れにゃいにゃか?)」
「化膿するとダメだからね。こたつは傷が治るまで我慢だね。」
「食事も明日は、いつもの半分程度だ。食欲有れば数日で元に戻せる。」
「にゃにゃんにゃ……(まんまもすくにゃいにゃか?)」
「ごめんね。」
「にゃにゃーんにゃん……(一華、謝ってばかりにゃ、もう謝るにゃー。)」
「うん。」
「おっ、サン、男前だな。一華を想いやって。」
「にゃにゃーんにゃーん……(当たり前にゃ、俺は仁華の護衛にゃから、これくらい当然にゃ。)」
「えーっ? サンちゃん、私とシンが話してたの聞いてたの???」
「にゃにゃんにゃーん……(退屈だったから、病院から意識を飛ばして聞いてたにゃー。任せとけにゃ!)」
「あぁ、頼むぞ。鍛錬も始めるからな。」
「にゃんにゃん……(そんな事は聞いてにゃいにゃ。)」
「お前、自分に都合の悪いことは聞いてないのか?」
「にゃん……(聞こえなかったにゃ。)」
「サンちゃんはいい子だね、賢いよねとか言ってたんだけどねー。」
「にゃんにゃーん……(それは言ってにゃかったにゃ。)」
「サン、聞こえていなかったのではないのか?」
「にゃんにゃー……(嘘ついたにゃ。全部聞いていたにゃ。)」
「サンちゃん、嘘ついちゃダメだよ。」
「にゃんにゃーんにゃん……(ごめんにゃ。鍛錬はもう少し大きくにゃって暖かくにゃってからにするにゃ。)」
「本当? サンちゃん、頼りにしてるよ!」
魔界の小さな騎士が誕生した。これからは、一華(仁華)をシンと一緒に護衛していく任を負うことになる。……ということは、高い警戒心、状況判断能力、そして必要に応じて物理的な力を行使して安全を守る責務を全うするため相当な鍛錬が必要になってくる。




