第74話 年越し準備
クリスマスが終わると一気に年越し準備に追われる気分にさせられる。一華もその中の一人だ。
「シン、買い物に行くよ。」
一華はシンを年越し準備のため、スーパーへと買い物に誘った。シンを連れて師走の街へと繰り出す。
お留守番のサンは電気を消したこたつに残し、リビングのドアはしっかりと閉じてから、二人はスーパーを目指す。
「今日は、何を買いに行くんだ?」
「正月飾りとか鏡餅、年越しそば。」
「正月飾り? 鏡餅? 年越しそば?」
「正月飾りは玄関に飾るの。28日か30日に飾るの。」
「日にちも決まっているのか?」
「なんかね、一夜飾りはダメだから31日はダメで、29日は『二重苦』の日だからこの日もダメで、結局、28日か30日のどちらかになるんだよね。」
「なるほど。」
「正月飾りっていろいろ形があって、地域によって形が違うんだけど、昔ながらの飾りを飾る家や、好きなものを飾ったりするの。」
「どんな形のものを飾るんだ?」
「見てからだけど、リース型とかかわいいと思うんだよね。」
「あと、鏡餅とは何だ? 餅が鏡になるのか?」
シンらしからぬ天然な疑問を口にするシンを突っ込むことなく訂正する一華。
「ううん。神様へのお供え物だよ。大きなお餅を2段重ねた形のもので、上に橙を乗せて飾るの。大きさもいろいろあって、お餅も本物をそのまま飾ったり、鏡餅の形をした容器の中に切り餅が入っていたりするの。しかも、部屋ごとに小さな鏡餅を飾ったりもするんだよ。」
「何を何個買うんだ?」
「玄関用の飾り1個と、リビング用に大きな鏡餅1個、シューズボックスの上に小さめの1個だけでいいかなぁ。」
「年越しそばとは何だ? 普通の蕎麦と何が違うんだ?」
「大晦日に食べるお蕎麦の事だよ。」
「大晦日は12月31日で、その日ならいつ食べてもいいの。蕎麦が切れやすいから、今年一年の厄災を断ち切って……、細く長いから、細く長く生きるっていう意味合いがあって、みんな縁起を担ぐために食べるの。」
「蕎麦アレルギーの人とか、地域によっては蕎麦の代わりにうどんだったり。翌日の元旦には年明けうどんを食べてるところもあるんだよ。」
「年明けうどん?」
「うどんは白いから、赤いものを載せて、紅白にしてるんだって。」
「なるほどね。これも縁起を担ぐのか。」
「たぶん。それに、お正月の三が日は、包丁を使えないし、家事は休むから『おせち』を用意するんだよ。そのおせちにも食材ごとに意味合いが込められていて縁起を担ぐの。おせちを作るのは大変だから、高いけど買った方がいいの。」
「縁起を担ぐことがメインでいろいろ用意するのか。 なんか、年を越すのは一大イベントだな。というか、今まで以上に大変じゃないか!?」
「ママと一緒の時は、ママが全部必要な物を買って、ただ、言われるがまま手伝ってただけだけど、自分でやるとなると、こんなに大変だったんだって思う。買い物だって、お正月に食べたいお菓子とか、新しい服も買いに行くから、ものすごい荷物の量になるんだよ。車のトランクいっぱいになってた。」
説明しながら歩いているとスーパーに到着した。店内は琴の音が響いている。お正月ムード一色だ。
「雰囲気はお正月だな!」
「この音楽に踊らされて、みんな高くてもカゴいっぱいに買っていくんだよ。」
「お店の作戦勝ちだな。」
「ほんと、そう。私たちも踊らされようね。まずは、正月飾りだね。」
「いろんな形があるな。」
「マンションだから、これなんかどう?」
一華の手にはリース型の可愛らしい手頃な正月飾りが握られていた。
「あぁ、それにしよう。」
「次は鏡餅だね。リビング用って言ったけど、サンちゃん大丈夫かな。届かないよね。」
「言いつけは守るだろ! 一言脅しておけばいいさ。」
「もしかして送り返すって?」
「あぁ」
「優しいパパなのか、厳しいパパなのか、シンって、どっちなんだろうね。」
シンは動揺して目が泳いでいる。
リビング用には切り餅が中に入った鏡餅にして、シューズボックスの上には小さな鏡餅を購入することにした。
「年越しそばは?」
「私が好きなのは、冷凍の鴨南蛮そば……これこれ」
一華は冷凍食品コーナーから鴨南蛮そばを2個カゴに入れた。目についた冷凍のエビの天ぷらと冷凍うどんもカゴに入れる。
「おせちとお刺身、握り寿司は31日かなぁ。」
「シンはお正月、何食べたい?」
「肉だな。」
「だよね。ローストビーフ、すき焼きかな。食材は31日だね。今日買えるのは、すきやきのたれだけか。」
一華はすき焼きのたれをカゴに入れる。
「お正月はお屠蘇飲むんだけど、アルコールは買えないからどうする? お茶じゃ、気分が載らないでしょ。ノンアルコール飲料買って帰らない?」
「気分をあげることは大切だ。」
ノンアルコール飲料が並べられている棚を見る一華とシン。
「たくさん種類があるな! 何がいいんだ?」
「いつでも飲めるから、飲めそうなものを片っ端から1缶ずつ買おうよ。」
「そんなに飲むのか?」
「別に、お正月過ぎても飲めるんだし。シンはビール系とかチューハイ系飲みたい?」
「試したいな。」
「じゃぁ、好きなの適当に入れてこう!」
シンはビール系、チューハイ系、ワイン系が多い。一華はピーチやオレンジ、ブドウやイチゴなどの果汁系をカゴに入れて行った。
「結構入ったね。これぐらいにしないと重くて持って帰れないよ。」
「会計にするか。」
今日もまた、打ち出の小槌で支払いを済ませ、一華は正月飾りの袋を持ち、残りはシンが両手に持って帰る。
かなり重いはずだ。来た道を戻って行く。が、買い物はまだ終わっていない。
生鮮食品は31日と決めているが、服を買いに行かねばならない。
◇◆◇
翌朝、一華はシンを買い物に誘った。
「シン、今日も買い物行くよ。」
「は? 今日も行くのか?」
「うん、今日は衣服とかタオル類とか年始用に新調するの。」
「冬休みは夏休みと違って大変だな。」
「ほんと、一度に済ませられたらいいんだけどね。やっぱ大きさを変える魔力が欲しかったな。」
「残念ながら、満月様は一華には与えてくれないんだろうな。」
「必要性を感じていないからかなー。」
「身を守るためじゃないしな。」
「そっかー。身を守るための覚醒かぁ。」
「でも、数回往復することが1回で済むことは、身を守ることに繋がらないのかな?」
「そう思うなら次は願ってもいいが、人間界では使えないぞ。」
「えっ? そうなの?」
「あぁ、街中で使えない魔力だからな。」
「だね。仕方ない、さぁ出掛けよう。」
今日は駅の地下街にあるショップを目指した。
二人はお正月用の服をそれぞれカゴに入れていく。一華はこの国の古くからある習慣を思い出した。
「シン、年越しする夜は、新しい物を身につけるんだよ。」
「何を身につけるんだ?」
一華は恥ずかしそうに、シンから顔を背けてテレパシーで答える。
「***(下着…)***」
「***(…あぁ、買ってくる……一華はどうするんだ?)***」
「***(後で寄りたいお店あるから、そこで買う……。)***」
「***(ちょっと、ここで待っててくれ。)***」
シンはいくつか下着をカゴの下の方に隠して持って来た。
全てシンが打ち出の小槌で支払いを済ませ、自分のカゴの分は自分で袋詰めしていった。
一華の寄りたいお店に向かうと、いかにもランジェリーのお店だった。
「(ここは乙女の聖域だ。入るべきでは無いな。)俺はここで待ってるから、ゆっくり買ってきていいぞ。」
「スマホに軍資金送って。」
「あぁ、そうだった。いくらぐらい必要だ。」
「1万円。」
「多くないか?」
「女の子のものはこんなもんだよ。」
シンは一華の言う通りにスマホに送金し、一華の袋を受け取り、お店の外で待つことにした。
「***(ねぇ、シン、ここから先、私の思考……読まないでくれる?)***」
「***(わかった、約束する。)***」
一華はシンの真剣な顔を見つめて、安堵してお店の中へと足を運んだ。
思考を読まれないと思うと一華は安心して、好きなものを選ぶことが出来た。
可愛いものがたくさんある。一人でなかなか来れない一華は、計算して軍資金いっぱいまで買い物をして出て来た。
「お待たせ。」
一華の満足げな顔を見ると、シンも自然と笑みがこぼれる。
(きっと、いいものが買えたんだろう。)
最後にタオルを買って二人は帰宅することにした。
◇◆◇
帰宅が遅くなったため、少し遅い昼食をとった後、正月飾りなどを飾ることにした。
「シン、これを玄関ドアの外に飾るんだよ。目線より高い位置にかけて。」
「ここぐらいでいいか?」
「うん、ばっちり。次は鏡餅だね。」
鏡餅を箱から出して、付属の三方台を組み立てて、敷紙を置き、飾りを挟むように鏡餅を容器のまま置く。その上に橙を置いて完成だ。
「リビングに置きたいけど、テレビの横だと低いし、サンちゃんも気になるだろうから、キッチンカウンターに置こうか!?」
「ここか?」
「うん、いいね。小さいのはそのまま出して、玄関のシューズボックスの上に置くの。」
「これで終わりか?」
「うん、これでお正月準備は終わったね。大掃除はいつもシンが綺麗に掃除してくれるから必要ないでしょ。」
「後は、年末の生鮮食品だー。」
怒涛の正月準備が一息ついたことで、こたつに潜り込んだ一華は、万歳しながら床に沈んでいった。
絶好のチャンスだとサンが目敏く、一華のお腹に飛び乗った。一華は万歳した腕でサンの体を優しく包み込んでいった。
「サンちゃん、終わったよー。」
「にゃにゃーん……(一華、お疲れにゃー。)」
「なんか、このまま、お昼寝したくなっちゃった。」
「にゃにゃーんにゃ……(一華と一緒にお昼寝にゃー。)」
サンは一華と一緒にお昼寝できると喜んでいるが、シンとしてはサンに一華を取られている状況だ。
「一華、こたつで寝ると風邪ひくぞ。」
(……一華を労いたいのは俺も同じだが、サンに先を越されるとはな。)
「あぁ、そうだね。我慢だね。でも、こたつの暖かさに抗えるかなぁ……。」
瞼が重くなって来た一華は、呼吸が規則正しくなってきた。もう既に一華のお腹の上で寝息を立てているサンを気が進まないが、仕方なく二人をそのままにした。
(こたつでの居眠りは風邪をひくと注意したものの、あの幸せそうな寝顔を見せられては、無理に起こすこともできない……)
シンは話し相手がいなくなり、少しだけ寂しそうに、けれど穏やかな表情で本を手に取った。




