第62話 進路調査
2学期の中間テスト終了後、生徒たちに配られたのは1枚の紙。2学年以降の進路希望調査が行われる。
文理選択だけでなく、志望大学など明確な希望がある場合は具体的に書いていく。
一華は目の前の真っ白な進路希望調査票を前に、目を閉じてじっとしている。
一華は困った。志望大学があるわけもなく、ましてや将来の夢も興味も特に考えたことがない。
この学校を選んだ理由は、実に女子高生らしいシンプルなもの。「制服が可愛い」「プールがない」「今の偏差値で届く」。そんな平穏な日常が続くと思っていた矢先、自分が「魔界のプリンセス」であることを知り、将来の設計図はすっかり書き換えられてしまった
将来を考えていなかった一華に、高校生活を送る中で何か興味や夢を見つければいいとシンに言われたが、特に興味を惹かれるようなことも無ければ、夢や目標も持てていなかった。
サンは一華の事が気になりシンに話しかける。
「にゃにゃーんにゃ……(シン、一華はにゃにしてるにゃ?)」
「進路をどうするか思案中だ。」
「にゃにゃ……(進路とにゃ?)」
「ああ、2学年以降のコース選択だ。」
「もう、シンもサンちゃんもうるさい……静かにして。」
「得意な理系でいいじゃないのか?」
「本当にそれだけで決めていいのかなぁ!?」
「文系に進んで、成績落とすより、得意な分野を伸ばす方がいいだろ。」
「うーん……」
「何をそんなに思案しているんだ? 文系に進みたいのか?」
「理系って、将来、何かの役に立つのかなぁ!?」
「教科そのものではなくて、理系の考え方、論理的思考だ。物事を構造的に捉え、本質を見抜く力。それは何をするにしても武器になる。」
「論理的思考を育てるための理系ってこと?」
「その上で、新聞や読書で知識や教養を深め、人間観察を通じて洞察力を養い、多角的な視点を持つことは授業以外でも身につけることは可能だ。」
「なるほどー。」
「更に、魔界に行けば、プリンセスとしての教育が始まるだろう。少しはらしい振る舞いを身につければいい。」
「はっ? プリンセス教育って何?」
「魔界でのアズサ様を見ただろ。」
「ヒラヒラしたドレス着てたよね。」
「一華も一緒だ。今のままの振る舞いで、ドレス着用した自分を想像してみろ。」
一華はママのドレスを想い浮かべながら、自分に当て嵌めてみた。
「かわいい?」
「か、かわいいが……美しい姿勢、優雅なしなやかさ、マナーにダンス。それが出来るか?」
一華は真剣な表情のシンを見つめる。
「い、いきなり、そんなセレブみたいなこと出来ないよ。」
「だから、教育する時間を設けるんだ。」
「それまでに、少しは身につけろと!?」
「その方が、一華も楽だろ。」
「その時までに、満月様にプリンセスの魔力を覚醒してもらう。」
「ふふっ、そんな魔力があるか。」
シンは鼻で笑いながら、冷たく言い放つ。
「ははは、ないかぁ……」
一華が思案しだして静かな時間が流れる。
「プリンセスの教育は魔界できちんと受ける。ここでは、自由に振る舞う。」
一華はまだ、高校生として自由にいたい。シンに向けて言い切った。
「わかった。進路調査はどうするんだ?」
「理系で出す。」
「にゃにゃにゃーん……(決まったにゃ。)」
「文系思考のため、休日は遊びに行く。決まり!」
「お前、一番楽なとこ取ったな。」
「ふふっ、シン、ありがとう。これで心おきなく高校生活送れるよ。」
シンは満面の笑顔でお礼を言う一華を前にして、(一華の心の安定が一番だ。)と納得させることにした。
◇◆◇
朝のホームルームで進路希望調査票を提出した。シンは一華と同じように記入した。
理那と真由が話しかけて来た。
「一華は進路、何書いたの?」
「理系」
「私も理系なの。」と理那が喜ぶ。
真由は「文系」と顔を曇らせる。
「理那が理系選ぶなんて、どうして? 真由と同じと思ってたけど?」
「それがね、浩輔が理系だからなの。」
浩輔の家は開業医だ。結構大きい。浩輔が医師を目指すことは既定路線だ。
「医学部志望だと、理系でもクラス分かれるよね。」
「うん。だから、看護師か薬剤師目指そうかと……。」
理那は一華の耳元で囁く。
「えっ? もしかして一緒に働くため?」
「うん、その先も考えてる。」
「その先って……結婚?」
顔を赤らめた理那は「うん。」と肯定する。
「うっそー、そこまで進展してたの???」
「ふふっ」
将来を決めた理那は幸せそうだ。
理那は浩輔と同じクラスとなり、2学年からは分かれそうだ。
「直哉は何にしたか知ってる?」真由に聞いた。
「ううん……まだ、聞けてない。」
「そっかー、お昼休みに聞いてみる?」
「うん。」
◇◆◇
お昼休みとなり、六人がお弁当を広げている。
怖くて聞けていない真由の代わりに理那が直哉に聞いた。
「直哉は進路調査に何書いたの?」
「俺? 国立大学の理系。」
「えっ?」
真由は泣きそうだ。
「将来目指しているものって決まっているの?」
「俺、IT系希望なんだよ。できれば起業したい。」
「そこまで、目標決めてるんだ。」
明確な夢を語る直哉。一華は、自分とは対照的に将来を見据えている直哉達を眩しく感じた。
一方、真由の顔が曇っていることに気付いた。
「真由、クラスは分かれるけど、同じ大学目指さないか?」
「えっ?」
「大学で俺のサポートしてほしいんだけど!?」
「私、文系だよ。サポートなんて出来るの?」
「文系でも広報やマーケティングなどもあるし……ダメか?」
「ダメじゃない……!」
泣き出しそうだった真由の顔にようやく笑顔が戻った。しかし、いつも一緒にいた六人と離れることには少し不安だった。
「学校では今迄みたいに一緒にいることは難しいけど、お昼は一緒に食べればいいし、放課後も一緒に帰れるだろ。」
「うん、そうだね。」
「そうそう、休みの日は今迄みたいに遊びに行こうよ。」
理那も真由達とクラスが分かれることに寂しく思っていた。
それまで、静かに聞いていた浩輔が口を開いた。
「シンたちは? 大学は?」
「大学は行かない。高校卒業したら両親の元に引っ越す。」
「そうかぁ、高校卒業したら会えなくなるんだね。」
「うん、そうだね。帰ってこれないと思うし。」
一華はシンにアイコンタクトしながら答える。
シンは一華の言葉に頷く。
(やっぱ、帰って来れないんだぁ。)
「六人が一緒にいれるのも、1年の時だけかぁ。」
「そうだな、クラスが分かれれば、今まで通りとは行かないだろうが、体育祭や修学旅行は一緒だ。」
「たまには待ち合わせすればいいしな。」
「そうそう。」
1年A組として六人で笑い合える時間は、思っていたよりもずっと短く、かけがえのないものだと全員が悟った瞬間、寂しさを振り払うように交わされた約束。一華は、限られた「普通の高校生活」を心ゆくまで謳歌しようと、改めて思った。




