第56話 ハーベストムーン(ブラッドムーン)
「『9月の満月は「ハーベストムーン」って言って、「収穫」や「感謝」「新しい始まり」の象徴で、感謝の気持ちを伝える、人間関係の深化、新しいスタート、心の浄化に関する願い事や、今ある幸せを継続させる願い事がおすすめ』なんだって。」
一華はケージ内の掃除を済ませて、サンを撫でながら、スマホの画面を見ながら言う。
「体育祭や文化祭の準備などが始まって、満月のことを忘れていたな。もうすぐか。」
「にゃーん……(俺も願い事するにゃ)」
「サンは何をお願いするんだ?」
「にゃにゃん……(内緒にゃ)」
「私はやっぱり、まずは魔界語が話せるようになって、サンちゃんとお喋りしたいなぁ。」
(やっぱ、これは外せないよなぁ。)
「にゃんにゃん……(俺も一華とお喋りしたいにゃ。)」
「魔界語が話せるようになって、新しいスタートを切るぞー!」
「にゃー……(おー!)」
「いつなんだ?」
「今日からなんだけどね……皆既月食が同時に起こって、赤銅色に染まる『ブラッドムーン』になるんだって……でも、それが……午前3時過ぎ頃らしいよ……。」
「午前3時か……」
「でも、今まで満月になる時刻は重視しなくても魔力は覚醒したから、皆既月食前でも大丈夫だと思うんだけど……、『ブラッドムーン』だとね、非常に神秘的でエネルギーが強いらしいから、頑張って起きてみようよ。」
「うーん、夜中に起きるとなると、明日の朝は起きれるのか?」
シンはブラッドムーンよりも、明日の起床を心配する。
「頑張って起きる……。」
一華はそうは言ってみたが、はっきり言って自信はない。でも、嘘はついても『ブラッドムーン』は見たい。
「授業中、寝るなよ。」
「うん、頑張る。」
一華は言うのは簡単だと言わんばかりに返事だけは良い。
「仕方ない。目覚まし掛けて、リビングに3時集合な。」
「うん、やったー!」
「にゃん……(にゃんにゃー!)」
サンも一緒に起きて魔力を覚醒させるつもりらしいが、そもそも、サンも満月で魔力が覚醒するものなのかは、誰も知らない。
今日は早寝するため、寝つきを良くするカモミールティーを飲み、ブラッドムーンに備えることにした。
◇◆◇
未明の夜が明けきらない時間帯、午前3時、スマホから目覚ましのミュージックが鳴る。
一華の耳に心地よい音楽が聞こえているだけで、なかなか起きられない。
「うーん」と伸びをしながら、脳を覚醒させていく。「うんしょ、うんしょ」とベッドに腰掛けるように体を起こした。
シンは目覚ましのアラームが鳴ると同時に体を起こす。
ベッドから抜け出して、一華の部屋の前で、コンコンと2回ノックをする。
「一華、起きたか?」
「シン? うん、起きた。リビング行くから。」
「あぁ、わかった。」
シンはリビングまで行き、照明の電気をつける。サンが眩しいと起きて、伸びをして欠伸もする。
ケージのロックも解除してドアを開ける。サンはのそのそとケージから出て来た。
そろそろ満月の瞬間の時間になる。
一華も起きて来た。ブレスレットを外して、「仁華に変身」と唱えて黒猫仁華に変身して瞬間を待つ。
シンがリビングの窓を開けると、暦の上ではもう秋でも、熱帯夜の蒸し暑い空気が流れ込んでくる。
肌にまとわりつくような不快な空気を感じながらもベランダに出た。ブラッドムーンを確認した後、結界を張る。
仁華とサンもベランダに出る。シンは衝撃に備えてすぐ後ろに移動した。
仁華は空を見上げ、バンザイするように前足を月に向かって伸ばし、ブラッドムーンのパワーを思い切り受け止めた。
仁華は心の中で強く唱える。
(ブラッドムーン様。魔界語が話せますように! 私を成長させてください! お願いします!)
シンは真剣に一華(仁華)の成長を願う。
(一華(仁華)に魔界語を授けてください。成長させてあげてください!)
サンは仁華の真似をして、空を見上げ、バンザイするように前足を月に向かって伸ばし、ブラッドムーンのパワーを思い切り受け止めた。
(*****の魔力を覚醒させてにゃー。)
次の瞬間、月光を浴びた仁華とサンの全身を、巨大な電流に貫かれたような凄まじい衝撃が襲った。意識が白く弾け飛び、全身の毛が逆立つほどの激しい痙攣に見舞われる。
シンは衝撃に耐えながら、すぐに仁華とサンを抱き上げてリビングに入る。
仁華とサンをソファに横たえて、窓を閉めて結界を解除した。
シンは仁華を撫でながら
「一華、一華! おい、一華、大丈夫か!?」
弱々しく答える仁華。
「にゃにゃ…… (大丈夫にゃ)」
「本当か? 何か変わったことは?」
「にゃにゃ~ん、にゃ……(今のところ、目に見えては変わったところはにゃいよ、ね?)」
魔力感知にも異常は見られず、シンは安堵して、今度はサンを気遣う。
「サン、大丈夫か?」
「にゃにゃ…… (大丈夫にゃ)」
「変わったことは?」
「にゃんにゃ……(にゃいにゃ。)」
サンもいつも通りに見え、魔力感知にも異常は見られず安堵するシン。サンをケージの中に入れて、眠るように撫でてあげた後、ドアを閉めてロックを掛ける。
シンはソファの仁華に「一華に戻るか?」声を掛ける。
「にゃ~ん……(一華に戻るにゃ)」
仁華は、閃光を放つことなく、静かに一華の姿に戻った。
「体はどうだ? 疲労感は?」
シンは一華にブレスレットを着けながら体調を確認する。
「衝撃を受けた影響は残ってるかも。他には特に感じてない。」
「このまま、寝られるか?」
「うん」
「じゃぁ、部屋に戻ろう。少しでも長く寝る方がいい。」
サンはもう既に寝ている。
シンはリビングの照明の電気を消して、一華に付き添ってリビングを出て行く。
二人は部屋の前で「「おやすみ」」と言って自室に戻って行った。
◇◆◇
朝、いつもの時間に目覚ましのミュージックが鳴った。
一華はいつも以上に眠い。しかし、頑張って起きることを前提に、ブラッドムーンのパワーを受けることにしたのだ。何としても起きなければと「うんしょ、うんしょ」体を起こす。目は瞑ったまま、なかなか開くことが出来ない。
冷たい水で洗顔して無理やり目を覚まさせた。キッチンに行くと、既にシンが起きてお弁当と朝食の準備をしていた。
「おはよう」「おはよう」
一華はサンの朝食と水を準備する。
「サンちゃーん、おはよう。ご飯だよー。」
一華はサンに挨拶をしてケージのロックを解除してドアを開けてあげる。
「にゃーんにゃ……(おはよう、一華)」
サンは一華の挨拶で起きた。
離乳食を食器であげているうちに、自動給餌器のトレイを取り出して、不在時の食事分をセットする。
シンと一華の朝食をテーブルに並べる。
「一華、体調はどうだ?」
「眠いけど、特に変わった感じは……しないなぁ。」
「本当か? サンの『おはよう』は聞こえてないのか?」
「聞こえたっけ???」
一華は眠すぎてサンの挨拶も頭に入らず、食事も進まない。目は閉じたまま箸を持っている。
「一華、眠すぎて食べてないじゃないか。」
「うん、口を動かすより眠たい。」
「だから、言ったじゃないか……授業受けられるのか?」
シンはため息をつくも、優しく問いかける。
「どうだろう……瞼に目でも書くか……」
「はは、それは、寝る前提だろ。……休むか?」
「さすがに、寝不足で休むって……できないでしょ。」
「仮病にするか? ……うーん、今回は腹痛とか。」
「あ、今、丁度、腹痛でいいかも。」
「いいのか?」
「うん。」
一華の顔がみるみる笑顔になっていく。
シンは腹痛が丁度いいという意味がわからない。
「じゃぁ、学校に連絡しておくぞ。」
「うん。」
「少し寝たら、勉強するからな。」
「うっ、うん。」
一華はまさか、勉強させられるとは思っていなかった。
(鬼か悪魔が下りてきたのか?)
二人は食事を終えると、片づけて、一華は自室に戻りベッドに入る。シンは学校に一華が腹痛のため自分は付き添いすると連絡を入れた後、自室に戻り、少し眠ることにした。
シンは、勉強を遅れさせないため、鬼か悪魔が下りてこようとも、一華にはやっぱり甘いのは変わらずだ。
◇◆◇
お昼前に起きたシンは、リビングに入ってきた。カーテンを開けていくと、サンが気づいて起きた。
一華がセットした離乳食がもうすぐ開く時間だ。
シンは、一華の部屋まで行き、コンコンと2回ノックした。
「一華、起きられるか?」
「シン? うん、今起きる。」
「もうそろそろ、お昼の時間だ。お弁当を食べよう。」
「うん。待ってて行くから。」
シンはキッチンに行き、お弁当とお茶の準備をする。
一華が起きて来た。ダイニングテーブルに着く。
「体調はどうだ?」
お弁当を食べながら、シンは一華の体調を確認する。
「寝たからスッキリ!」
「魔力覚醒の自覚はないのか?」
「ないよ。」
シンは一華の魔力覚醒を感知しているが、本人が否定していることに不思議がる。
「本当に自覚無いのか?」
「ないよ。」
「じゃぁ、食事後は、今日の授業の勉強をするぞ。」
「うん。」
昼食を済ませて、一華はリビングに教科書とノートを持って来た。
シンはサンを抱き上げてソファに座っている。
一華としては習っていないページを勉強するイメージは数学以外は読むだけだ。
とりあえず、教科書を読むことを始めた。
「にゃにゃーんにゃ……(シン、一華はにゃにしてるにゃ?)」
サンはシンに一華の事を聞いてきた。
「一華は今日休んだ分の勉強だ。」
「ねぇ、シン、サンちゃんが『一華は何してるか』って聞いた?」
「あぁ、聞いてきたよ。」
「えぇー、うそー。サンちゃんの言葉がわかるんだけどー。」
「やっぱりな。何回聞いても自覚無いっていうから、俺の勘違いかと思ったよ。」
「だってー、今初めてサンちゃんの声聞いたよ。」
「朝、『おはよう』って挨拶してたぞ。」
「にゃにゃん……(一華、おはようって言ったぞ。)」
「そうなの?」
「朝は寝ぼけてて、脳まで届いてなかったんだな。」
「そうみたい。」
「良かったな。これで俺の通訳なしでサンとお喋りできるな。」
「うん。」
一華はシンからサンを受け取り、思いっきり撫でまわす。
「サンちゃん、内緒のお話しようね。」
「にゃにゃん……(しようにゃん。)」
「お前たちで内緒の話って、俺の悪口だろ。」
「どうだろうね。」
「にゃん……(ね)」
一華はもう勉強どころじゃない。
これで魔界語の勉強もしなくても良くなった。後は高校の勉強も魔力でできるようになるだけだと次の満月にお願いをしようと企みだした。
シンは自分がいない所で、一華とサンが何の話をするのか不安だった。




