第二章:愚者の町(下) ― 霧と時計塔と影の町 ―
不安や死にまつわる表現がありますので、ご不安のある方は閲覧にご注意ください。
◆ 霧の町
訪れたのは、霧の町。
いつも霧に包まれ、稀に――夜だけ晴れる。
霞む世界で、雷鳴が絶え間なく空を裂く。
心臓を震わせるその雷轟は、どこか心地よい。
「おーい。あんたぁ、こんなところで何してる?」
――え、霧で前が見えないって?
「ははは、そりゃあんた、そんなもの見なくていいだろう」
「見れば、苦しくなるだけだ」
視界が曖昧なこの町では、現実の輪郭すらもぼやけてゆく。
この町に集うのは、放棄の愚者。
責任も、現実も、苦しみも――思考することさえも手放した者たち。
深く考えるな。
考えたってどうせ、見えるわけじゃないんだろう?
「なぁ、ずっとここで休んでいけよ」
――ここでは、誰も責めたりしない。
あんたは見たくないんじゃない。見えない、だろう?
…ほら見ろ、あんたは悪くない。
鼓膜を破くほどの雷鳴に胸が高鳴っている。
…何かを待っているんだろう?
いつだって先が怖いなら、立ち止まればいい。
生きたくないなら、いつだって息を止めればいい。
…楽になりたいよなぁ?
「幸い、この町には原因が山ほどある」
――死んでもお前のせいじゃないさ。
この町の人々は、奪われることを望んでいる。
◆ 時計塔の町
霧の町の隣にあるのは、時計塔の町。
立派な塔の下で、男は忙しなく歩いていた。
「うーん……うーん……どうしよう。時間がない。
時間が足りない。ああ、忙しい。とても忙しい」
同じ場所を行ったり来たり。
こちらの声には見向きもせず、
うろうろと、表情を変えて歩き回る。
この町は、優柔の愚者が集う町。
何もせず、何も成せず、
時計が二周するのを待ち、安堵する。
いつか来る終わりを待望し、
来たる未来に怖気づく。
それは、停滞。
彼らは進むことを望まない。
ただ「時間」という概念のみに縋り、
「我々も進んでいる」と錯覚する。
針は進む。歯車は回る。
――だがこの町は、
同じ轍を、永遠になぞるだけ。
◆ 影の町
時計塔の町の次に着いたのは、影の町。
口を噤み、そこに在るべき義務を捨てた者たちが集う町。
……
………………
『こんにちは』
…………
返事はない。
敵意もない。ただ、怯えと恐れだけがある。
皮肉や侮蔑、他責に冗談、悪口、陰口、自慢と誇張。
他者から投げられた言の刃を反芻し、
自らを滅びへ追いやる弱き者。
ここは、自責の愚者の町。
やがて嘘の罪を真実と認め、
ありもしない過去を事実と言った。
傷つくことに怯え、傷つけることを恐れた。
耳を貸さねばいいものを、苦言と思い心を開けた。
忘れてしまえばいいものを、戒めとして自ら手を出し、涙した。
いつしか過ちを犯す己の愚劣さを知り、
他者の罪を自分に重ねた。
罪人と自分は同じだと悟り、慢心を赦さぬために──
それはさながら“無い罪”で自らを裁く調停者。
弁護の権利を与えない愚者は、ただ黙し、
罰を粛々と望んでいる。
唯一の救済は、忘却。
あるいは――。
時を告げる鐘だけが、静寂を破る。
聞こえる断罪は、すべて虚構。
生まれたことを憎み、
無垢であることを願った凡人の町。
どうか、どうか、あなたに祝福を。
嘘なき者のみ、静寂を──




