終 章:そして旅人は
そして旅人は、影の町を抜け――
たどり着いたのは、 "ブルックヒル" -Brookhill-
吹き抜ける風は、丘を越えたところに広がる草原の大地を優しく撫でている。
緑の絨毯のように美しい丘を、私はしばらく黙って見つめていた。
「あら、久しぶりね。どうしたのこんな朝早くに?」
草原に目を奪われていると、不意に後ろから声をかけられた。
「おはよう、随分と疲れた顔をしているなぁ。ちゃんと眠れているかい」
急いで振り返ると、そこには、この町でパン屋を営む老夫婦が立っていた。
そして彼らの後ろに広がるのは、草原と青々とした海。
やはり、旅の途中に見た町々の姿は、ここにはなかった。
「ええ、おはようございます。ちょっと歩きたくて…」
「あらあらそうなのね。私ったら挨拶を忘れちゃって。ふふ、おはよう。朝の散歩は気持ち良いわね」
おじさんもおばさんも、変わりなく元気そうだ。
この二人が作るパンは、私が知る限り一番の美味しさを誇っている。
私の住む町からはかなり離れているが、それでも、わざわざ数日かけて食べに訪れるくらいには本当に美味しい。
それからほんの少しの間、
今年も草原に美しい紫のベロニカが咲いているだとか、少し離れたストーンヴェイルという村の鐘の塔が近いうちに壊されてしまうだとか、そんな世間話をして、午後にパンを買いに行くと約束をして二人とは別れた。
ここは、あの名も知らず巡った町とは違う。
地図にある確かな町。
色がある。日差しは穏やかで、頬に触れるのは心地よいそよ風。
なぜここにいるのか。どうやって来たのか――
時間が経つにつれて、頭に霧がかかったように思い出せなくなる。
見渡す限り、
そこには確かに、私の知っている景色が広がっていた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次回が最終回となります。
明日10月12日(日)に更新予定です。
よろしくお願いいたします。




