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第三章:愚者の病(影) ― 〃 ―

◆ 影 ― 悪意(上)

小さな村の教会。

静まり返った村には似つかわしくない、華麗なステンドグラスが聖堂を彩っている。

淡く鮮やかな光が祭壇を照らし、その奥に、ひっそりと懺悔室が構えている。

ステンドグラスの光も届かないその場所で――今日も、懺悔が行われていた。


「神父さま、私はずっと、胸の重さを抱えて生きてきました。

あの時、私たちの村は皆、恐怖に呑まれて誰かを疑い、傷つけてしまいました。

私は、幼い頃からよく知る人を、無実に違いない大好きだった人を、魔女だと言ってしまいました。

それがどれほどの悲しみと破壊をもたらしたか、今になっても思い出すだけで胸が裂けそうです」


一瞬、沈黙が深く落ちる。

蝋燭の炎が揺れ、格子の向こうに彼女の気配だけが残る。

随分久しぶりにこの声を聞いた気がする。

僕は数年前までこの教会で働いていたが、突然現れた新しい司祭に仕事を譲ることになった。

だから、数日前に戻ってきた僕には、この慣れ親しんでいたはずの声も、どこか薄れてしまっていた。


「私は、自分を守るために友を欺き、兄は私の手を離し、父は隣人を蔑み、村の人々は皆

あの人を魔女と呼び、尊ぶべき命を踏みにじったのです。

そして何より、私はいつでも、兄であり、友人であり、父や誰にでもなり得たと思うのです。

何かが違えば、誰かを見捨て、蔑み、踏みにじられていたかもしれない。

誰かが誰かを裏切り、そして、明日の誰かは私なのだと畏怖し、逃げ続けました。

…臆病なままの私はまた、誰かを殺してしまうかもしれないと恐れてなりません。

いくら心の暗闇を照らしても、主の望まない死を何度も願ってしまうのです。


…今日までの主な罪を告白しました。赦しをお願いいたします」


彼女の最後の言葉は、空気ごと凍らせた。


僕は思った。

これは彼女だけの懺悔ではない。村の人々だけのものでもない。

我々教会もまた、この恐怖の連鎖に加担していた。

真実を見つめることなく裁判を開き、罪なき者を裁いた我々の責任は彼らよりも重いと気付いている。

だから、赦しを与える立場である僕自身が、今、この沈黙の中で赦しの重さに怯えている。


赦されてしまえば、罪が遠くなる気がして恐ろしい。

生き延びたことが、裏切りに思えてしまう。


それでも僕は、静かに言葉を紡ぐ。


「あなたが語ったことは、神だけでなく、この地に残された者にとっても深い意味を持つことです。

あなたの罪は、確かに過ちでした。しかし、恐れの中で生きることもまた、私たち人間の姿の一つです。

ですから、村の古い墓地へ行き、“疑われた者たち”の前で、心から語りかけてください。

誰かが思い出す限り、彼らは忘れ去られない」


赦しとは、罪を消すことではない。

そして誰もが、主の赦しをすぐには受け入れられたりしない。

でも、だからこそ、いつか赦しを受け入れられるよう、その重さを抱えて生きていかなければならない。

残された者として、この先もずっとその重さを背負わなければならない。

その業は、何も彼女だけのものじゃない。

…だから、せめてともに背負おう。

儀式の中で、僕はそう願いながら言葉を続けた。


「神に立ち帰り、罪をゆるされた人は、幸いです。どうかご安心を」


その後、彼女は静かに礼を言い、懺悔室を出た。


僕は、現れたかと思えば身勝手に去っていった

あの不真面目な前任者の業務を引き継ぎ、また幾人もの懺悔を聞き続けた。


そしてその日の夜、一人になった時ふと思った。


「本当に悔いているなら、赦しなど望まない方がいい…きっと君もそう思っているのだろう」

彼女が、口を開くたびに喉が詰まるようだったのを思い出す。

魔女と呼ばれたあの娘は勿論だが、君も村の人々も、被害者には違いない。

たとえそれが受け入れられなくても。


たらればを言うなら、もしあの時、僕がすぐに君の所に向かっていれば、もう少し今が変わっていたのではないか。

僕が母さんの教えを守って司祭なんかになっていなければ、家族は壊れなかったかもしれない。

そう悔いてならない。


でも、それでも。

我々は神の子として赦しを乞わなければならないし、

君は、また微笑む日々を送れるように、赦されなければならない。

君と同じ、弱く愚かな僕はそう思っている。

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